プレス金型メーカーの永井製作所は、「人の成長」に重点を置いたデジタル活用を推進している。未経験者が中心となって働く同社では、ベテランが多い金型現場にありがちな“知っていて当然”は通用しない。3次元CADや生産管理システム、MR(複合現実)ゴーグルなどのデジタルツールをフル活用し、「誰でもできる金型づくり」を模索する。「今までとは違う形で金型をつくり続けられれば、それが社会貢献」と語る永井慎也社長の視線の先にあるものとは。
――金型メーカーらしくないポップなホームページ(HP)が目を引きます。
永井
2017年に社長に就任したとき、まず人を採らなければという意識がありました。当時の社員はベテランばかりで、社長の自分が一番年下という状況が続いていたからです。そこで、IT導入補助金を活用して当社にとって初めてのHPを2018年に立ち上げました。製品ではなく、社長である私の顔写真をトップページにもってくるなど、若い人に少しでも興味をもってもらえるような“採用寄り”のHPを心がけました。
金型メーカーとは思えないポップなデザインが目を引く同社のホームページ(引用:永井製作所ホームページより)
――実際に採用面での効果はありましたか。
永井
HP開設直後から応募があり、2022年には新卒を含めて7名を採用しました。間違いなくHPがあったからです。初めてHPをつくったときは、「型屋がHPなんて…」という雰囲気が社内にも社外にもありましたが、わずか8年で時代は変わったなと思います。今のHPは2025年12月にリニューアルした第二弾で、さらに見やすく、内容も充実させました。
――HPからは想像がつきませんが、60年以上の歴史があるそうですね。
永井
1961年に創業した売り型専門メーカーです。もともとは冷蔵庫や業務用空調設備、自動販売機などの量産用プレス金型を主に受注していましたが、主要顧客だった大手電機メーカーの事業縮小を機に2005年頃から自動車向けのプレス金型を手がけるようになります。ただ、慣れない自動車金型で利益を出すのは難しく、新規顧客の開拓に力を入れてきました。
現在は家電や複写機などの電気機器関連、住宅設備を中心とする設備関連、自動車部品の3つが柱となっています。扱うのは手のひらから人の背丈くらいまでのサイズの部品で、単発型が6~7割で残りが順送型。新規の金型を年間300型受注できるキャパシティがあり、そのほかに金型修理も年間250型ほど手がけています。最近は銅製バスバーやデータセンター向けの筐体、機構部品の金型が増えている印象です。
製作した金型の例。最近は銅製バスバーやデータセンター向けの部品が増えている
継続できる仕組みづくりが強み
――金型メーカーとしての特徴は?
永井
社歴が長くいろいろな金型を経験しているので、対応力は他メーカーに比べてあると思っています。昨今は顧客であるプレス部品メーカーも多方面に手を広げていますから、さまざまな製品分野に対応できるのは強みです。ですが、技術的な強みは何かと言われると、超高精度や超大型の金型はできませんし、複雑な工程設計を必要とする金型に対応できるわけでもありません。営業活動では「70~80点の会社」とお伝えしています。とはいえ、人的ミスを極力減らし、70~80点の力をコンスタントに出し続ける仕組みづくりには自信があります。そのために、さまざまなデジタルツールを現場に実装し役立ててきました。
西部電機の高精密ワイヤ放電加工機「SuperMM80B」による高精度ピッチ加工
――2024年に経済産業省が選ぶ「DXセレクション」の優良事例に選定されています。DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んだきっかけは?
永井
HPの開設もそうでしたが、人を採りたい、若い人を採用して会社を次の世代につなげたいという思いがまずはあったわけです。ただし、昨今の人手不足で“若い経験者”を採用するのは至難の業。外国人や子育て中でフルタイム勤務が難しい女性など、これまで採用してこなかった層にも採用枠を広げる必要がありました。そうすると、経験者はほぼ採用できません。2022年に7名採用したときも、プレス金型の経験者は1名だけ。
一方で、ベテラン勢が徐々に退職し未経験者と入れ替わっていきました。技術を教えようにも教える人自身が早々にいなくなる。新しく入った人には、できるだけ早く一人前になってもらわなければなりません。そうした中で、デジタルや最新テクノロジーの活用により人の成長を促し、「誰でもできる金型づくり」を目指してきました。
打合せのしやすさを考え、中央にテーブルを配置したオフィス
見える化で「誰でもできる」を実現
――具体的に、どのように「誰でもできる」を実現しているのでしょうか。
永井
いろいろありますが、キーワードは見える化です。「工程ごとの進捗」や「金型の中」、「金型の形」、「熟練者の頭の中」などを見える化しています。例えば当社の現場では、大画面のモニタで金型製作の各工程の進捗が把握できるようになっています。
これは、異業種から転職してきたスタッフの一言がきっかけでした。その方は、設計が終われば機械加工に入り、熱処理や研磨を経て組付け・仕上げに入る、必要があれば機械加工に戻すといった金型製作の“流れ”を知りませんでした。考えてみれば当たり前なのですが、われわれからしたら見える化するまでもないことでも、そのスタッフにはわからなかった。「『そのくらいわかるでしょ』って言われましたが、先月入社したばかりでわかるわけありませんよね」と指摘されてハッとしました。
金型加工現場に設置された大型モニタ。工程ごとの進捗や金型部品の3次元モデルを確認できる
――現場の誰もがわかっていることだから、どこにもルールが明記されていなかった。
永井
そうなんです。最初はExcelを使って金型の各部品の工程順や進捗状況を見られるようにしました。続いて安価な市販の生産管理システムを導入しましたが、使っていくうちに「こういう情報を、こういう形で見たい」という要望が高まってきました。そこで群馬県立群馬産業技術センターの協力を得て、Microsoftのデータベース管理システムAccessを使った見える化システムを構築し、現在もブラッシュアップを続けています。
――金型の中の見える化とは成形シミュレーションのことですか。
永井
ええ。シミュレーションもHP同様、私が社長になるまではまったく使っていませんでした。導入のきっかけは群馬県のDX関連の補助金が使えたことと群馬産業技術センターの協力を得られたことです。ただし、当社の場合、シミュレーションはトライ回数の削減ではなく、教育目的に導入しました。トライの様子を見て金型の中で板がどう動いたのかを想像し、金型修正に活かすには10年は経験を積まなければなりません。でも、シミュレーションでなら、見えない金型の中を見ることができる。スタッフの成長に大きな差が出ます。
――金型の形を見える化する方法は?
永井
3次元設計です。未経験者は2次元図面から“つくるべき形”を想像することができません。そこを3次元モデルによって見える化するわけです。図面を見ながらでは技術的な会話に加われない新人でも、3次元モデルを見ながらなら「この黄色い部分は何の意味があるんですか?」とか質問できます。ほかにも、NCプログラム作成用の3次元モデルへの変換が容易で人的ミスを防ぎやすいという効果があり、実際にミスも減っています。そもそも若い人にいまだに2次元設計をしている会社に入ってくれと言うのは無理がある。当社でも「3次元設計をやりたい」と入社したスタッフはいますが、いまどき2次元設計をやりたい若い人はほぼ皆無でしょう。
――3次元モデルはわかりやすいだけでなく、見た目もいいので若い人の興味を引きそうです。
永井
そうだと思います。当社は数年前に金型の組付作業の教育用として、金型の3次元モデルを浮かび上がらせてそれを動かしながら作業を説明するMR(複合現実)ゴーグルを開発しました。それを群馬県のデジタル技術関連の体験型イベントで展示したところ、学生や若い女性、子どもが列をなして体験してくれました。
県内企業が自社のデジタル技術を披露していて、「うちなんかに興味をもつかな」と心配したのですが、実際には金型を知らない多くの人たちが、MRゴーグルをかけて金型の組付作業をやってみたいと思ってくれた。ゲーム感覚で金型の組付作業に取り組んでくれた。それがすごく印象的でした。最新のデジタルツールが若い人たちと金型をつないでくれたのです。
開発したMR(複合現実)ゴーグル。体験型イベント「ぐんまデジタルランド」で注目を集めた
――DXの推進にあたって一番重要なのは?
永井
やはり私自身の覚悟ではないでしょうか。くじけそうになるときもありますが、まずはトップの覚悟がなければ始まりません。また、伴走支援者としての群馬産業技術センターの存在も大きいです。覚悟があっても自分にデジタル技術の専門知識があるわけではないので、いかに伴走支援者の協力を得ていくかは重要です。
――逆にDXでの課題はありますか。
永井
社内のデジタル人材をどう育成するか、あるいはどう獲得するかは課題ですね。金型設計やNCプログラムの作成ならば問題ありませんが、何かトラブルがあったときに社内のシステムをいじれる人材はまだいません。伴走支援者に任せるという考え方もありますが、緊急時は社内にデジタル人材がいるというのが理想です。
持続可能なビジネスモデルを模索
――経営ビジョンとして「社会貢献」を掲げています。この意味は?
永井
2つあり、1つ目はわれわれのつくっている金型自体が社会を支えているという意味です。大学卒業後の2004年に入社し、金型の組付け・仕上げを担当する中で客先でのトライに立ち会う機会が多くありました。そこで、自分たちのつくった金型から生み出された製品が社会を構成しているという感覚を得ました。社会貢献はそこから自然に出てきた言葉です。2つ目は、金型という基幹産業の支えになりたいという意味です。今、多くの金型メーカーが従来の形で何とか金型をつくり続けようと頑張っています。ですが、それが難しくなったとき、当社のように従来とは違った形で金型をつくり続けられれば、それこそが社会貢献になるのでは、と。
――顧客からの評価も変わりました。
永井
社長になりたての頃は経営的に非常に厳しい状況でしたが、2026年はすでに約10社の新規顧客を獲得しました。HPやDXの取組み、若手の存在を理由に挙げていただくケースが多いです。技術レベルは70~80点でも、長く伴走できる会社だと顧客に認識されたのでしょう。それに、今は70~80点でも、技術は仕事を続ける中で培っていける。やはり“人”が大事なんです。
ながいしんや:1979年10月15日生まれ、46歳。専修大学法学部卒。2004年、永井製作所に入社し金型の組付け・仕上げを担当。取締役を経て2017年、社長就任。新しいデジタルツールの調査・活用が趣味。休日は家族旅行でリフレッシュする。