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機械設計 連載「若手技術者戦力化のワンポイント」

2025.05.30

第12回 自社の要素技術力向上に若手技術者をどう関与させるか

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FRP Consultant 吉田 州一郎

学術論文執筆“だけ”に業務時間を割かない

 繰返しになる部分もあるが、学術論文を執筆する中堅技術者は企業組織の一員であることを忘れてはいけない。学術論文を執筆するとなると、技術者の悪い癖である専門性至上主義により、そればかりに時間を費やし、企業組織の一員としての日常業務がおろそかになる中堅技術者もいる。論文を執筆できる環境に中堅技術者がいるのであれば、それは中堅技術者“個人”の挑戦を企業組織が認めている(黙認している)にすぎず、それを理由に目の前の業務が遅れてしまっては本末転倒だろう。技術者の普遍的スキルは、日常業務を自分事として、熱心に取り組むことで最も向上することを考えれば、それをおろそかにしてはいけない。

 このような話をすると、「考える時間がない」といった趣旨の主張をする中堅技術者もいるだろう。そのような中堅技術者には、ぜひ当社のコラムを一読いただきたい2)。自分以外に原因がある(時間がないなど)という、いわゆる外的統制の発言をしているような中堅技術者の成長は遅かれ早かれ止まるだろう。

学術論文掲載前のレフェリーとの対話を徹底し、中堅技術者の成長につなげる

 先述のとおり、学術論文は投稿すれば必ず掲載されるわけではなく、レフェリーによる掲載可否の検証が行われる。科学誌によっては複数名で行われることもある。レフェリーは投稿者と無関係の専門家が選ばれ、その学術論文が科学誌掲載にふさわしいか否かを判断する。

 一度の査読で掲載許可が下りることは少なく、何かしらの質疑、もしくは追加データ取得の要望が出ることもある。これに対し投稿者は議論をする、もしくは追加の実験や試験を行うといった対応が必要となる。これこそが“組織の外での腕試し”だ。学術論文投稿者である中堅技術者は、この議論を楽しんでもらいたい。企業組織内では出てこなかった異なる視点や、鋭い指摘などに遭遇できるだろう。この対応は頭脳的負荷もかかる(図2)。しかし、自らが安全地帯にこもっていたという事実を痛感できたとすれば、中堅技術者がさらなる成長の足掛かりをつかむという意味で、リーダーや管理職にとっても望ましい機会と捉えてほしい。
図2  レフェリーとのやり取りは中堅技術者の成長の足掛かりとなる

図2  レフェリーとのやり取りは中堅技術者の成長の足掛かりとなる

若手技術者には学術論文投稿より前に技術チームに貢献する必要性を理解させる

 ここまでは、学術論文投稿に挑戦する中堅技術者向けの内容を記述した。ここからは若手技術者に対し、リーダーや管理職がどのような指示を出すべきかについて述べる。

 比較的仕事に熱意があり、成果を焦るような若手技術者の中には「学術論文の投稿に挑戦したい」という気持ちを持っている者もいるだろう。これは仕事に対する熱意としては素晴らしく、そのような社員が自社、そして自らの技術チームにいることは喜ばしい、とリーダーや管理職は感じていただきたい。ただ、実際に若手技術者が今回紹介したような学術論文投稿に挑戦すべきかと言われれば、技術者育成の観点からは間違いなくNOとなる。

 若手技術者が学術論文投稿よりも優先して理解すべきは、技術チームへの貢献の重要性だ。自らがプレイヤーとして結果を出すことはもちろんだが、それ以前に自らが技術チームの“メンバーの助けとなっているか”の方が重要だ。若手技術者には、技術チームへの貢献が初期段階で求められることを理解させるのが第一歩なのだ。このような貢献を通じた周りとの信頼関係の構築がなければ、さまざまな技術業務推進のチャンスをもらえず、スキルアップの機会を失うリスクに将来直面することになる。そのような状態では、学術論文投稿は高根の花となってしまうだろう。

学術論文投稿を目指してまい進する中堅技術者の支援を通じた若手技術者の貢献

 学術論文投稿を目指す中堅技術者に対し、若手技術者はどのような形で関与させるべきかを考える。この関与が既述のとおり貢献の場合、その代表例は“学術論文執筆に必要なデータの取得”だ。学術論文執筆に必要なデータは膨大になることもある。これをすべて中堅技術者一人で担うのは難しいだろう。若手技術者がこのデータ取得の一部を担うことは、中堅技術者の“時間捻出”に直結する。このような中堅技術者の時間捻出は、若手技術者が技術チームに貢献できる典型的な例といえる。それ以外にも、化学構造式の描写、フローチャート作成、表の作成やデータ整理、写真撮影、化学分析、外観観察、シミュレーション実施など、その範囲は広い。

 華やかに見える学術論文執筆に比べると、これらの業務は一見地味な作業となるかもしれない。しかしながら、若手技術者の技術チーム貢献という観点では大きな意味を持つ(図3)。
図3  一見地味に見える業務も若手技術者の技術チーム貢献の観点では大きな意味を持つ

図3  一見地味に見える業務も若手技術者の技術チーム貢献の観点では大きな意味を持つ

挑戦する中堅技術者の大きな背中は若手技術者に将来的な安心感を与える

 学術論文を科学誌に掲載させる、というのは企業に勤める技術者にとって簡単なことではない。筆者も同じ経験をしているのでよくわかる。筆者もそうであったが、組織内に学術論文投稿の前例がなければなおさらだろう。しかし、リーダーや管理職は、若手技術者育成の観点からも中堅技術者を学術論文投稿に挑戦させるべきだと考える。

 その最大の理由は、「若手技術者に今いる組織で自分は成長できるという安心感を与えられる」ことにある。若手技術者を含む若い社員が早期に離職することに関し、昨今上昇傾向にあるとの情報も散見される。しかしながら、厚生労働省の統計データを見るとその割合は変わらないか、むしろ若干の低下傾向にある3)。若年層の人口が減っていることを考えれば、その絶対数は減っていると判断できる。

 だからといって企業側が安心できると言いたいのではない。問題は伸びしろのある、どちらかというと優秀な若手社員、そして若手技術者の“離職動機”に問題があるのだ。筆者も顧問先に加え、複数の企業において離職を判断した数名の優秀な20 歳代の若手技術者に離職動機を尋ねたところ、「この組織にいても自分が成長できると感じなかった」という趣旨のものが多かった。この課題解決には“若手技術者自身が成長できるという安心感を持てること”が必須である。学術論文投稿に挑戦する中堅技術者の背中を若手技術者に見せることは、その課題解決に向けた特効薬なのだ(図4)。
図4  学術論文投稿に挑戦する中堅技術者の背中は若手技術者に将来成長できる実感を与える

図4  学術論文投稿に挑戦する中堅技術者の背中は若手技術者に将来成長できる実感を与える

まとめ

 企業の要素技術力向上は研究開発によって可能となる。研究開発業務推進の効率を高めるためには適切な予算に加え、それを担う技術者の育成が不可欠だ。査読のある国際科学誌への学術論文投稿は、研究開発業務の中核を担う中堅技術者の育成に最適であるため、内向きにならないよう中堅技術者にはレフェリーとの議論も含め、ぜひとも挑戦させたい。

 そして、中堅技術者は日常業務をきちんとこなしながら、時間を有効活用することで学術論文の執筆や関連する評価を進める姿勢が求められる。学術論文に関した業務だけに注力してはいけない。

 これに対し若手技術者は、二足のわらじで業務にまい進する中堅技術者を支援することで、技術チームに貢献する重要性を理解しなければならない。スポットライトの当たる技術業務を担えるのは、組織内での信頼関係が構築された後なのだ。

 学術論文投稿に挑戦する中堅技術者の支援を通じ、若手技術者は自らが将来成長できる可能性を感じられるだろう。このような流れこそが、向上心のある技術チーム構築の基本となることを、リーダーや管理職は押さえておきたい。
参考文献
1 )研究開発活動への取組と課題
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H29/h29/html/b2_3_2_3.html( 参照 2024̶06̶05)
2 )「考える時間が無い」と主張する技術者
https://www.engineer-development.jp/column-2/no-time-to-think(参照2024̶06̶05)
3 )新規学卒就職者の離職状況(令和2年3月卒業者)を公表します
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00006.html(参照 2024̶06̶05)
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