機械設計 連載「B to B向け機械設計のポイント」
2025.11.27
第1回 顧客の要望事項を正しく把握するポイント
技術力向上カウンセリングオフィス 布施 裕児
ふせ ゆうじ:代表 1989 年4 月、旭硝子(現・AGC)入社、パソコン用ハードディスク向けガラス基板の加工技術開発、営業などに従事した後、液晶用のガラスを扱う事業部に異動となり、液晶用ガラスの梱包容器/ 梱包材料の設計開発を17 年以上担当。途中、1年半ほど知財部兼務となり、特許戦略構築、出願推進活動も経験。2023 年4 月、同社を早期退職。現在は中小企業の技術支援や組織改革支援、セミナー講師として活動中。(一社)製造業総合支援 副代表。資格:上級心理カウンセラー[(一社)日本能力開発推進協会]。
新連載にあたって
筆者はもともとプロセスエンジニアであったが、2000年に液晶用のガラスを扱う事業部に異動となった。当時、液晶テレビの市場拡大、大型化に伴い、液晶向けのガラス板も生産増、大型化、薄板化が進み、既存の梱包容器では対応できなくなり、新しい容器の設計開発が必要になった。しかし、梱包容器を設計開発する部署が社内になく、筆者は技術営業の仕事をしていたが、顧客、工場、商社、容器製造企業の協力をもらいながら、全体をコーディネートする形で、まずは一人で梱包容器の設計開発を進めることとなった。
機械設計の素人が、納期に追われ、多くの失敗や苦悩を経験しながらも対応せざるを得ない状況から、メンバーも増え、また別の苦悩をかかえながらもリーダーとしてチームを運営し、なんとか17年以上の長きにわたって任務を全うすることができた。
毎日のように、人も時間もない中で、どうすればよい?と苦しんでいたが、悲しいかな、やはり、うまくいかないのは教科書的なことに十分対応できていないことが原因である場合が多い。
この連載では、人も時間も限られた中で具体的にどのように機械設計を進めていくか、筆者の経験から、これが大切なポイントと思うところを紹介していきたい。具体的には、設計を実際に進めるプロセスを想定し、顧客の要望事項の確認、設計開発計画書への落とし込み、アイデアの絞り出し、デザインレビューや試作、設計検証、リスク評価や信頼性評価、さらにリーダーの役割で大切と思うことなどを紹介していく予定である。
当時の筆者のように人も時間もない中、もがき苦しんでいる方の少しでも参考になれば幸いである。
はじめに
顧客の要望事項が設計開発の大切なインプット情報になるので、正しく把握していないと結果は当然うまくいかない。顧客の要望事項を正しく把握することが設計開発の良し悪しを左右すると言っても過言ではない。
しかし、時間がない中、顧客の要望事項を正しく把握するためには、それなりの切り口で情報収集することが大切になる。
今回は、その切り口を紹介し、顧客の要望事項を把握するポイントを考えていく。
顧客について
筆者が長年担当してきたガラスの梱包容器の場合、容器投入ラインの設計担当者が顧客の窓口になるのが一般的である。しかし、実際には、製造部や品質保証部など商品の良し悪しを判断する部署が後ろに控えている。
本来、顧客の窓口の方が各部署と折衝して顧客の要望として取りまとめてもらえればよいが、必ずしもそうはいかない。担当者によるところも大きい。窓口以外の部署ともチャンネルを持ち、商品の良し悪しの話ができることが大切となる。また、顧客によって各部署の力関係やキーマンなど、顧客の社内事情を理解しておくことも大切である。
そのためには、やはり営業など顧客対応する部署に技術的なこともある程度理解してもらって、要望事項を引き出してもらうことが必要不可欠になる。
顧客の担当窓口の方を飛び越えるわけにはいかないが、広く情報を集めているのといないのとでは協議内容に大きな差が出ることになる。
対外的な顧客ではなく、社内にももちろん商品の良し悪しを判断する顧客がいる。要望事項を引き出していくのが大切なのは言うまでもない。
顧客の要望事項は広く洗い出すことが大切であるが、優先順位をつけて対応していくことが必要である。優先順位に関しては開発目標や設計仕様に落とし込んでいくことを解説する回で紹介予定である。
「狩野モデル」について
顧客の要求事項、要求品質を把握するのに有名な「狩野モデル」1)を使うと考えやすい。狩野モデルは図1 に示すように、物理的充足状況を横軸に、使用者の満足感を縦軸に取り、物理的充足状況が不充足の場合と充足の場合のそれぞれの満足感の現われ方の組合せによる両者の対応関係から、品質要素を以下のように区分している1)。
図1 物理的充足状況と使用者の満足感との対応関係概念図
1.魅力的品質要素1)
それが充足されれば満足を与えるが、不充足であっても仕方がないと受け取られる品質要素。
2.一元的品質要素1)
それが充足されれば満足、不充足であれば不満を引き起こす品質要素。
3.当たり前品質要素1)
それが充足されれば当たり前と受け取られるが、不充足であれば不満を引き起こす品質要素。
筆者なりの言葉で言えば、魅力的品質とは他社との差別化、他社にない強み、と言える。しかし、言うのは簡単だが製品の品質のみで他社との差別化を図るのはハードルが高い。営業戦略と合わせて自社の強みは何なのかについて商品の品質に限らず総合的に検討することが大切になる。したがって、魅力的な品質に関する要望事項を引き出すのは設計開発者よりもより営業に近い部署のメンバーが行うのが望ましいと考えている。
一方、一元的品質とは、他社との比較で評価される性能/スペックと言える。他社のレベルをはるかに凌駕するレベルであればそれは魅力的品質にもなる。
最後に当たり前品質であるが、これは取りこぼしが許されない制約事項とも言える。不充足であればクレーム/改造要請に直結する品質である。具体的には安全性や使い勝手、信頼性や使用工程の要請事項であることが多いが、必ずしもそれに限らない。
顧客の要望事項を把握するのに、一番難しいのはこの当たり前品質である。なぜなら、顧客が当たり前と思っていることは、わざわざ要望事項としてこちらに伝えてこないからである。こちらから積極的に確認、協議することが必要になる。
図面で事前に確認してもらったり、実際に使ってもらったりすることで当たり前品質は確認すればよいのでは?と思われている方もいると思う。筆者もそう思い、たくさんの痛い目に遭ってきた。図面をどう判断するかは顧客任せであり、図面に記載しきれない情報もある。実際に使ってもらっても、問題があればかなりの時間が経ってから連絡が来ることもある。
数多くつくる商品のような場合は後で改造することとなって費用がかかったり、据え置きの装置のような場合、手離れが悪く、最悪、検収が遅れたりすることも想定される。
設計開発者が承認図をもとにつくったと主張しても、使えないと言われれば終わりである。と考えることが必要である。
顧客の要望事項を正しく把握するポイント
1 .魅力的品質を正しく把握するポイント
魅力的品質を把握するポイントを図2 に示す。魅力的品質を引き出すには顧客の潜在ニーズを引き出す必要がある。そのためには直接の顧客だけでなく、市場や業界のロードマップなど、いろいろな情報から、直接の顧客と未来について議論することでニーズを引き出すことが大切となる。
その際、顧客でも適切な方(キーマン)と議論をすることが大切である。また、具体的な形がない状態なのでメーカー側としても、シーズなどからコンセプト、あるいはストーリーを組み立てながら協議していくことが大切になる。
2 .一元的品質を正しく把握するポイント
一元的品質を把握するポイントを図3 に示す。仕様書などでスペックを提示し、サンプルを評価してもらえれば、そのフィードバックが顧客の要望事項と考えられる。
設計開発者にとっては実際に設計や開発を進めるにあたっての開発目標に直結するため非常に気なる品質であるが、要望事項として把握するのは難しくはない。
常に他社品との比較で議論されるため、他社品との比較で評価してもらうことも大切になる。
3.当たり前品質を正しく把握するポイント
当たり前品質を把握するポイントを図4 に示す。どこが問題になりそうか十分確認することが大切であるが、顧客は製品のことが当然ながらよくわかっていない。
したがって、設計開発者が実績のある既存品と何が違うのかを明確にして、顧客とどういった問題が起こる可能性があるのか、あらかじめ協議をすることがどうしても必要になる。議論に際しては使用実績のある量産品との違いを明確にして、実際に使用するにあたって問題点がないか確認すること。懸念点があればさらに確認することが大切になる。なぜなら量産品は問題なく使われているため変更点に焦点を当てて議論するのである。
量産品が他社品しかなければ、あらゆる手段を使って他社品の情報をかき集めることが大切になる。他社品もない、まったくの新製品であれば先手必勝。われわれの商品で工程設計をお願いすることになる。
そのため、魅力的品質や一元的品質の要望事項は設計開発者が時間もない中、前面に出る必要はないと考えているが、当たり前品質はやはり設計者が顧客と直接議論することが大切である。
まとめ
・ 顧客の要望事項を幅広く収集するには営業などに広く要望を引き出してもらうことが大切である。
・ 顧客の要望事項を引き出すには狩野モデル1)を当てはめると考えやすい。
・ 狩野モデルには魅力的品質/一元的品質/当たり前品質がある1)。
・ 魅力的品質は他社との差別化を考えることが大切。必ずしも製品の品質ではなく、営業戦略などで総合的に考える必要がある。設計開発者が引き出すよりも営業や企画などの部署が担当するのが望ましい。
・ 一元的な品質は性能品質、常に競合他社と比較される品質、顧客の評価結果がそのまま要望事項となる。
・ 当たり前品質とはクレームに直結する取りこぼしの許されない品質。制約事項とも言える。実績のある物とどこが違うのかを明確にして設計開発者が直接議論することが大切となる。
次回は、当たり前品質を具体的に確認していくうえで大切なことをもう少し具体的に紹介する予定である。
参考文献
1)狩野、瀬楽、高橋、辻:魅力的品質と当たり前品質、日本品質管理学会会報『品質』、Vol.14、No.2(1984)、pp.147-156