これまで本連載(『工場管理』連載中の「拝聴!ニッポンの工場長」)では、全国の工場長の方々にモノづくりの醍醐味や苦労を伺い、未来へのまなざしを紹介してきた。AI・DX の進展に伴ってシミュレーション技術や予測精度が高度化し、大胆な挑戦がしづらくなっている昨今、「未来人材」の育成は最大の課題といえる。しかし聞こえてきたのは「失敗していいからやってみろ、と背中を押しても、現場が動かない」という声だ。
そんな閉塞感を打ち破るヒントを与えてくれるのが、家電やおもちゃを“本気で魔改造”するNHK の異色番組「魔改造の夜」だ。連載100回目を迎える今号では、同番組の総合演出を務める鬼頭明氏に、エンジニアたちが「失敗を許される場」に身を置くことで生まれた変化と、 “失敗を許容する文化”づくりのポイントについて聞いた。 (取材・文:佐藤さとる)
彼らはこんな馬鹿げたことに、なぜこんなにも真剣になるのか?
──まず鬼頭さんがテレビの番組制作という世界に入ったきっかけと、今回の「魔改造の夜」という企画に至った経緯をお話しいただけますか。
われわれの世代はいわゆる就職氷河期でしたが、それとはあまり関係なく、積極的に就職活動をしていませんでした。そのとき、当社、テレビマンユニオンの看板番組だった「世界ふしぎ発見!」がスタッフを募集していて、契約社員として入社したのがきっかけです。何か大きな志があったわけではありません。ただ映像づくりをする中でその面白さに気づき、今に至るという感じです。私自身はNHK のドキュメンタリーをはじめ、MV、ライブDVD などをつくってきました。「魔改造の夜」は、2019 年に放送作家の竹村武司さんが「ポップアップトースターを魔改造してパンを高く跳ばす」という企画を提案され、それがNHK に採択されたのが始まりです。映像化に向けて、あらゆるジャンルのプロフェッショナルと企画を具体化し、世界観を構築していきました。
──最初からシリーズ化を狙っていたのですか。
まったくありません。いかに面白いものをつくるかしか考えていませんでした。「魔改造の夜」なので、ダークな世界観は絶対につくらなければいけないですし、それなりの規模感も必要だと感じました。こぢんまり始めると、小さい番組のまま終わってしまいますから。「打ち捨てられた倉庫で、夜な夜な密やかに行われている」という設定を考え、横浜の山下埠頭で使われていない大きな倉庫を探し、そこでパンを跳ばすことにしました。今でもそこで収録しています。
編集をしながら意外なシーンを見つけました。エンジニアたちがものすごく真剣な表情をしているのです。「これはいったい何だろう?」。トースターを改造して食パンをより高く跳ばすとか、犬のおもちゃを改造して速く走らせるとか、はっきりいって“馬鹿な”お題に、なぜ一流のエンジニアたちがこんなに真剣になっているのか。その疑問が「魔改造の夜」をつくり続ける原動力となりました。
──エンジニアの方たちの「真剣な表情」に気づかれたのは、撮影中ですか。
撮影中は何台ものカメラを同時に見ているので、ディテールまでは気づいていません。でも撮った素材を見るとドキュメンタリーとして素晴らしい素材が撮れていた。喜怒哀楽が爆発している。映像作品をつくるうえで、登場人物の「動機」を理解することはすごく大事です。「なぜ彼らは魔改造するのか」その動機を掘れば掘るほど、コンテンツは深みを増していきます。今ではコンテンツ制作というより、製造業界に潜入取材しているような感じです。
エンジニアの悩みや葛藤、業界の問題点が見えてくると、エンジニアが伸び伸びモノづくりできれば、製造業界が、日本が良くなる、という思いが強くなった。そこで、ごく普通の、市井のエンジニアをヒーローにしよう、「悪魔の技術者よ、ヒーローになれ」という理念が生まれました。
トースターにパンを跳ばす機能を加える発想が日本でiPhoneを生むDNAになるかもしれない!
──最初に声をかけたときの企業の反応はどうでしたか。
もう全然。誰も相手にしてくれませんでした。「パンを高く跳ばすためにトースターを改造してくれ」といっても、「忙しいので」と断られます。同時に東京大学に企画書を送っていました。われわれは文系なので、魔改造が本当に技術的に実現可能なのか、客観的に見てもらうためです。東大で「面白いものをつくる」という授業をやっているという記事を読み、お願いしたのですが、ナシのつぶてでした。
後でその真相を聞くと、「なんだこの企画は。いかがわしい。東大が関わる企画ではない」と煙たがられ、ゴミ箱行き寸前だったそうです。それを工学部の長藤圭介先生が拾ってくださり「話だけでも聞きますよ」と会ってくれた。そのとき「なぜiPhone が日本で生まれなかったのか」というお話が非常に面白かったのです。要素技術は全部日本のものなのに、日本はそれを結びつけることができなかった、と。そこから先生が「魔改造をすれば、iPhone がつくれるようになるかもしれない」とおっしゃるのを聞いて、番組をつくる意義が見えてきました。トースターでパンを跳ばすのは馬鹿げたことかもしれないけれど、トースターにパンを跳ばす機能を加えることが、iPhone につながるDNA になるかもしれない……。ただ馬鹿な競技をやってもらうだけではない。
長藤先生が監修をOK してくれた後に、「魔改造の夜」第一夜の魔改造選手を募集するため、東大生相手に説明会を開いたのですが、あまり反応が良くない。テレビだと「東大生」という記号で面白おかしくいじられるという不信感があったんです。でも、最終的に参加した3 人は、放送後には打って変わって協力的になりましたね。
同じく第一夜に参戦された浜野製作所の浜野慶一社長とは、以前、深海探査機『江戸っ子1 号』の取材で知り合っていました。お願いしに行ったら、二つ返事でOK してくれました。あとで「なぜこんな馬鹿げた企画に参加してくれたんですか」と聞いたら、「君の目が血走っていたから、こいつに賭けてみようと思った」と(笑)。
トヨタに関しては、「NHK って安心感があるから、こっそり出て、後で広報に話を通せばいいや」って、参戦してくれたそうです。後日、放送を見た当時の豊田章男社長(現会長)から突然連絡があり、怒られると思いきや、「すごく面白かった。トヨタがまさに求めていたのはこういうことだ」と、社長賞をもらったそうです。
失敗に対して寛容な文化を醸成するための先導役としての番組
──「失敗」というキーワードが出てきたのは、いつ頃からですか。
第一夜の放送後、作家の竹村さんが「ルールの中に“失敗しても構わない”という一文を入れるべきだ」と熱く語ってきたのがきっかけです。
魔改造では失敗こそが面白い。東大チームのトースターは回転アーム式で、パンを打ち上げるタイミングが難しい。頂点でパンを手放すプログラムを打ち込んだはずなのに、パンを地面に叩きつけてしまった。このとき会場は沸きました。「失敗してもいい」とよくいいますが、実際に失敗できる場所なんてほとんどない。であるならば、魔改造の夜では「どうぞ思う存分に」、という感じです。
この失敗ルールに関しては、航空宇宙工学の権威である東大大学院工学系研究科教授の中須賀真一先生の影響もあります。先生を取材した際、「なぜアメリカのスペースX 社はあれほどの成功を遂げたのか」という話になった。いわく「アメリカは失敗を失敗としてとらえるのではなく、『失敗のデータが取れた』とポジティブにとらえる。対して日本では、ロケットの打ち上げに1 回失敗しただけで、『税金を使って何をやっているんだ』とメディアが叩く。君たちメディアには、失敗に対して寛容な文化や風潮をつくってほしい」と。その言葉が強く残っていて、私自身は魔改造の夜でその使命を愚直に実践しています。
──いま、社会も企業もなかなか失敗を許容する文化が醸成できていないから、魔改造を「失敗の場」として活用する面もあるのでしょうか。
大いにあると思います。エンジニアの皆さんは、無難に勝ちに行くより、失敗するかもしれないが、挑戦した、やり切った、といえる戦いを選ばれています。おそらく、企業ではチャレンジする機会が少ないのではないでしょうか。新しいことにトライしようとすると「それ、前例はあるのか?」と止められる場面がよくあるようです。
われわれにできることは、「魔改造の夜」という舞台を用意すること。その戦いを多くの視聴者に届けること。そこから先はわれわれの手の届かない世界です。しかし、たった1 人でもいいので、本業でも失敗を恐れず挑戦し、意味のない前例なら打ち壊してほしい。そして、魔改造選手から刺激を受け、「わたしも挑戦しよう」と前を向いたり、まわりで失敗した人がいたりしたら、「とがめるのではなく応援しよう」と背中を押す方が出てくれば、とても嬉しく思います。