型技術 連載「巻頭インタビュー」
2026.01.29
日本の素形材産業の「稼ぐ力」を強めるべく、多様な支援を提供する―経済産業省 製造産業局 素形材産業室
経済産業省 製造産業局 素形材産業室長
大今宏史氏
Interviewer
大阪大学大学院工学研究科
機械工学専攻教授/型技術協会 会長
高谷裕浩氏
日本がモノづくり立国としての存在感を世界で維持・強化するには、モノづくりの中核を担う素形材産業の力が欠かせない。日本の素形材産業の「稼ぐ力の強化」を最大のミッションに掲げる素形材産業室に、2025 年7 月、大今宏史新室長が着任した。日本の素形材産業における現状の課題や金型産業への支援に対する考えなどについて、大今氏に話を聞いた。
高谷
2025 年7 月に新たに素形材産業室の室長に着任されました。まずは大今様のこれまでの経歴についてご紹介をお願いします。
大今
私は大阪府立大学の工学部航空工学科の出身で、1996 年に通商産業省(現・経済産業省)へ入省しました。入省後は自動車や宇宙など製造業の川下に当たる分野と、鉄鋼や非鉄金属分野を担当する製造業の川上に当たる分野を経験したほか、標準や原子力に関わる分野も担当しました。今回、素形材産業室長に就任し、製造業の川中に当たる素形材産業に携わらせていただくことになりました。
経産省以外では、2009~12 年までフランスのOECD(経済開発協力機構)へ出向して、環境対策に関する技術でイノベーションを起こすために世界各国がどのような政策を行っているのかを研究するエコイノベーションプロジェクトに携わりました。また、19~21 年にかけては新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の技術戦略研究センターに在籍して、研究開発を進めるにあたっての技術戦略の策定業務を取りまとめるポジションを担当しました。さらに、23~25 年の2 年間、福島をはじめ東北の復興を実現するための創造的復興の中核拠点として設立された福島国際研究教育機構(F-REI)に研究開発推進部長として出向していました。そうして、2025 年7 月から現職という流れです。
高谷
これまでさまざまな業務に携わってこられたのですね。そうした経験も踏まえて、新室長としての抱負をお聞かせください。
大今
先ほども触れたように、これまでに製造業の川上と川下の両方に携わってきたので、そうした経験を川中産業である素形材産業に役立てたいと考えています。また、いくつかの外部機関への出向の間に、大学教授などのアカデミアの方々とのつながりもできたので、そうした人脈をこれからの業務に活かしていきたいです。私はいわゆる理系学生として大学で学びましたが、就職の際には自身が研究者・技術者として研究開発に携わるよりも、むしろ世の中で働く理系の人たちの役に立つような仕事をしたいと考えて通産省を選びました。素形材産業室でも、そういった仕事ができればうれしく思います。
素形材産業の稼ぐ力を強化
高谷
今のお話と関連して、改めて素形材産業室が担っている業務と、素形材産業における現状の課題についてお教えください。
大今
素形材産業は、鉄やアルミニウムなどの金属を高熱で溶かしたり、高圧で曲げたりすることで目的とする形状や機能を備えた「モノ」をつくることがまず挙げられます。そして、金属を溶かすための工業炉や、モノに形状を生み出すための金型、さらには製品に特定の機能を付与する熱処理なども素形材産業に含まれます。具体的にはダイカストや金属プレス、鋳造、鍛造などが素形材産業室の領域です。また、近年進化が著しい金属3D プリンタによる積層造形に関してもわれわれの担当となっています。
日本はモノづくりで外貨の多くを稼ぐ国です。その中で、素形材産業はモノづくりにおける中核的役割を担っていますから、今後も日本が世界のモノづくりの主要拠点であり続けるためにも、素形材産業がサステナブルな産業とならなければなりません。つまり、素形材産業の稼ぐ力を強化していく必要がある。その実現を支援していくのが素形材産業室の最大のミッションと言えます。
現在、カーボンニュートラルや経済安全保障、取引適正化などで社会の流れが変わってきている部分もありますので、これらを反映したうえでどのように目的を達成していくかという指針を示すべく、2025 年3月に新たな「素形材産業ビジョン」を発表しました。その中で示された7 つの論点、すなわち「GX、資源循環」、「経済安全保障」、「取引適正化」、「DX、標準」、「情報発信力、人材育成」、「経営力、海外展開」、「技術力」について、各論点の課題に着実に取り組んでいくことが重要であると捉えています。
取引適正化に向けたガイドラインを作成
高谷
素形材産業が稼げる産業になるための支援をいただけるというのは、業界にとって力強い言葉です。その中で、特に金型産業に対して今後どのようなサポートをしていくのか、考えをお聞かせください。
大今
金型産業に限ったものではないですが、1 つは先ほど述べた7 つの論点に含まれている取引適正化です。「賃上げこそが成長戦略の要」という考え方があると思いますが、賃上げにつながる取引適正化をしっかりと進めていくことで、サプライチェーン全体での競争力を確保していくことが必要です。2026 年1月からはいわゆる「下請法」が改正され「中小受託取引適正化法(取適法)」が施行されますので、素形材産業に関する取引適正化のガイドラインの改正を行い、金型業界をはじめ各業界団体の自主的なガイドラインや行動計画の変更にも活用いただきたいと考えています。
また、7 つの論点では「DX、標準」に関わるものですが、「自動車金型データの共通基盤化」があります。日本の自動車メーカーが作成する金型の製作図面は各社でルールが異なり、企業間でこれらのデータをやり取りする際に手間やムダが発生している状況について、自動車メーカー、金型メーカーなどが集まり、金型データの共通基盤化を目指す動きが進んでいます。これは型技術協会でも大きなテーマとして取り上げています。こうした取組みが進むことで金型をつくる側も発注する方もWin-Win になるような実例が出てくるとよいと思いますし、そうした部分で支援できるところがあれば協力していきたいです。
高谷
現代は非常に複雑なデータのやり取りをしないとモノをつくっていけない時代になってきているので、スムーズな取引のためにもデータの標準化は喫緊の課題ですね。取引適正化も金型業界にとっては重要なテーマですから、非常に心強いです。
大今
「経済安全保障」の点では、特に金型はノウハウの固まりですから、そこに含まれる高度なノウハウを流出させないための対策は当然必要です。すでに各社でさまざまな方策を実践しているとは思いますが、改めてそうした取組みの重要性を訴えていきたいと思います。
また、これに関連して言えば、金型にも深く関わる金属積層造形技術は経済安全保障上も重要ですので、政府による重要技術への支援の枠組み「経済安全保障重要技術育成プログラム(KProgram)」の中でも金属積層造形の技術開発を行っています。この取組みでは、「高度な金属積層造形システム技術の開発・実証」として6 つのコンソーシアムに分かれていて、それぞれで積層造形における材料製造や設計などのプリプロセス、実際の積層造形技術を含むインプロセス、後処理などのポストプロセスを統合的に技術開発していきます。また、コンソーシアムごとに金属積層造形の適用を目指すアプリケーションが設定されていて、金型製作もアプリケーションの一つとなっています。
高谷
一時期、大手メーカーが低コストを理由に金型を中国などの海外企業に発注することが行われ、金型製作に関わるデータが海外に流出したことがありました。最近では国内回帰の動きが起こっていますが、やはり技術は一度流出すると元には戻らない。そういう意味で、今おっしゃった金属積層造形技術を戦略技術と捉えて国内で熟成させる政策は非常に重要です。特に積層造形は造形技術だけでなく設計の仕方そのものも重要なノウハウなので、技術全体を統合的に捉えるというのは非常に素晴らしい政策ですね。一方で新しい技術はやはりリスクも伴うので、いろいろな面でお力添えをいただければと思います。
モノづくりの楽しさを伝える
高谷
金型業界に多い中小零細企業では特に人材不足が深刻化していますが、素形材産業における人材確保や育成に向けて、どのような方策が必要だと考えていますか。
大今
これは非常に難しい課題です。産業界のみならず、アカデミアの世界でも素形材に関わる人材、より広く言えば理系人材の確保は大きな課題になっていると思います。文部科学省でもこうした課題に対する施策を拡充しているところだと思いますが、やはりモノづくりに携わることの楽しさを若い方に伝えていくことが重要であると考えています。素形材産業室としても長期的に取り組むべき課題だと認識しているので、少しでも改善できるように知恵を絞って行動に移していきたいと思っています。
高谷
少子高齢化に伴って大学でも定員確保の問題などを抱えていますが、しばらく前から「高大連携」というプログラムをつくって、大学で学べることや将来の仕事とのつながりなどを高校生に知ってもらう取組みを行っています。そういう意味では、理系人材の不足は、素形材産業だけではなくて日本が一丸となって取り組まなければいけない問題ですね。大学としてもぜひこの問題には向き合っていきたいと思っています。
大今
ぜひよろしくお願いします。われわれも一緒にやっていかなければいけませんね。
高谷
型技術協会でも最近は若い人たちに活動に加わってもらったり、学生のポスターセッションを設けて積極的に発表してもらったりしています。協会に所属する企業の方々と直接話せる機会も提供して、モノづくりが好きになるチャンスを増やしていきたい。小さなことではありますが、協会も力になりたいです。
IT化にも人材確保が不可欠
高谷
今の若い人は物の捉え方が非常に情報的で、モノづくりの場面でも実際のモノよりもむしろデータに興味をもつ人が多いと感じています。素形材産業室ではモノづくりにおけるIT やデジタル技術の活用について、今後どのように強化しようとしているかお聞かせください。
大今
企業がデジタル技術を導入するにあたっての補助制度として「IT 導入補助金」などもありますので、ぜひ活用していただきたいと思います。ただ、皆さんが一番困っているのはIT を導入したいけれど、それを担ってくれる人材がいませんというところだと思うのです。
高谷
そうなのです。私自身も中小金型メーカーが集まるプロジェクトに呼ばれて議論をすることもあるのですが、IT 化したその後が続かない。仕組みを維持して、データをきちんと理解して今までのノウハウに結びつけるためのギャップをどう埋めたらよいかわからないという声をよく聞きます。やはり先ほどの話にも出た通り、人材がいないとうまくいきませんね。
大今
一方で最近ではAI の活用のハードルが低くなってきて、一部の企業では情報を探すなどの手間がかかる仕事にAI を適用して効率化しているという話を聞きます。いずれにしても、どういうやり方が一番良いのかということを大学や企業の方々とともに考えていく必要があります。
高谷
人材の話に関連して言えば、産学連携や産産連携によって柔軟に新たな技術を開発して日本の強みとしていくことが、人材確保と並んで素形材産業の両輪になると思います。産学連携や産産連携を推進していくうえでの素形材産業室の考えをお聞かせください。
大今
官の立場でもやれることを探していきたいです。これまで大学の中でも産学の協力のやり方などに関してさまざまな形で経験値がたまってきたのではと思います。それによって、どのような形の産学連携を行うかということを、大学側が選択肢として提示できるようになってきました。そうした状況を私自身素晴らしいと感じていますし、大学の努力の結果なのだろうと考えています。その成果を企業側にうまく伝えていくのがよいと思います。経済産業省に対しても、こういうことをやってほしいといったことがあれば、ぜひ意見を聞かせていただければありがたいですね。
高谷
金型に代表される素形材産業の関連技術には、機械だけに限らない実にさまざまな知識が必要になります。特に技術が非常に複雑化する現代において、素形材産業ビジョンの目標でも示されたように異業種参入など新たな事業を展開する際には、社内の機械技術者だけでは対応するのがなかなか難しい。その中で、産学連携などの1 つのプロジェクトの中でさまざまな技術者や研究者が出入りできる仕組みがつくれるようになることが、特に日本の金型産業にとっては重要ではないかと考えています。そのためにも、素形材産業室の支援はますます重要になってくると思う次第です。本日は誠にありがとうございました。