icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc
SEARCH

型技術 連載「モノづくりの未来を照らす高専突撃レポート」

2025.07.22

第12回 ヒントは昼食時の会話の中に 雑談から生まれたアイデアを具現化

  • facebook
  • twitter
  • LINE

フリーアナウンサー 藤田 真奈

ふじた まな:大阪府出身。元とちぎテレビアナウンサー。関西学院大学卒業後、金融業界の企業に就職。その後転職してアナウンサーに。とちテレニュース9(とちぎテレビ)、アクセント!、ミライを照らせ~KOSEN*Passport to the world~(ともに栃木放送)、Berry Good Jazz(Radio Berry)などに出演中。
Instagram:mana.fujita

「現場」で感じた不便を解消するために

  富山高等専門学校(以下、富山高専)は、歴史ある本郷キャンパスと、臨海実習場を擁する射水キャンパスの2 つのキャンパスを持ち、全国でも最大級の敷地面積を誇る国立高等専門学校です。工学や商船のほか文系の学科も設置していて、幅広い知識と能力を身につけることができます。今回取材させていただいたのは、そんな富山高専の電子情報工学科内、的場隆一准教授の研究室です(図1)。
図1 的場研究室の皆さん(写真中央前方が的場准教授)(写真提供:富山高専)

図1 的場研究室の皆さん(写真中央前方が的場准教授)(写真提供:富山高専)

 的場准教授の専門は人工知能や進化言語学で、研究室では普段、プログラミングやデータ分析のスキルを活かした、人間の言語処理メカニズムを解明するための研究をはじめ、より自然な対話ができるAI の開発など、人工知能についての研究を行うことが多いのですが、今回はそれとはまったく違った研究についてご紹介したいと思います。

 3 年前、的場研究室に所属する数人の学生たちで企業のインターンシップに参加したことがありました(的場准教授も同行)。訪れたのは、産業廃棄物の処理工場。工場内では廃棄物の仕分け作業が行われていて、大きさや素材ごとに機械が廃棄物を振り分けていました。振り分けられたものはベルトコンベヤで運ばれていくのですが、さらにその先には人が立っていて、何かを拾い上げていたのだそうです。「すでに機械で分類しているのに、一体何をしているのだろう」と疑問に思い尋ねてみると、仕分けされたプラスチックの中から、ポリ塩化ビニルを見つけだして取り除いているのだとか。ポリ塩化ビニルとは、一般的には「塩ビ」や「PVC」と呼ばれるプラスチックの一種で、私たちの身の回りにあるさまざまな製品に使われているものです。しかし、燃やすとダイオキシンなどの有害な物質が発生するため焼却処分はできず、さらにはリサイクル資源として取り扱うこともできないのだと言います。ナイロンなどほかの素材と見分けが付きづらいこともあり、完全に機械で取り除くのは難しいため、最後は職人の目とカンをたよりに取り除いているのだそうです。

昼食時の雑談が生んだ画期的なアイデア

 そんな現場を見学した直後の昼休み。用意された「唐揚げ弁当」を食べながら談笑していたときのこと。唐揚げの下に敷かれていたレタスをつまみながら、1 人の学生がこう問いかけました。「先生、カラスって食品サンプルと本物の食品を見分けられるって知ってる? このレタスも本物かどうか見ただけでわかるんだって」。その発言を聞き、すぐにインターネットで調べてみると、カラスと人間は見える光が違うという理由から、食品サンプルを見分けられるということを知りました。すると「カラスの目だったらポリ塩化ビニルを取り除けるんじゃない?」と、また別の学生が言い始めたのです。カラスの目があれば取り除けるのなら、カラスの目をつくればいいのでは?! まさに商品開発のアイデアが生まれた瞬間でした。

 この雑談をきっかけに、ポリ塩化ビニルを見分けられる「カラスの目のようなメガネをつくろう!」となり、現在は、光の反射率が素材ごとに異なるという性質を利用して、近赤外線を照射することで、特定の波長(ポリ塩化ビニルの波長)を判別できるようなシステムの開発を進めています(図2)。
図2 開発に取り組む学生さんたち(写真提供:富山高専)

図2 開発に取り組む学生さんたち(写真提供:富山高専)

 将来的に目指しているのは、装着するとポリ塩化ビニルのみが特定の色で表示され、誰もがひと目でポリ塩化ビニルを見分けられるという商品を生みだすことです。つまり、現在は熟練の職人さんでないと見分けることが難しいとされている素材の違いを「可視化」しようというのです。これが実現すれば、これまで職人のカンに頼っていたところが「見える化」され、例えば経験の乏しい新人やアルバイト従業員でも同じ業務が可能になります。

 さらにもう一つ素晴らしいと思うのは、人間が「可視グラス(仮称)」をかけるだけでよいという点です。通常、工場のライン内に新しいシステムを導入しようとすると大がかりになり、費用もかさみますが、このシステムではその必要はありません。工場のラインなどは何一つ変えることなく、新しいシステムを導入することができるのです。

 現在、この「可視グラス」については研究開発の最中ですが、完成のときは着実に近づいています。

他分野のアイデアと融合し新たな可能性も

 あるとき、特許の見本市(発明や新しい技術に関する特許を取得した企業や研究機関が集まって、技術や製品を展示するイベント)で、この研究について発表する機会がありました(図3)。
図3 見本市の会場にて(写真提供:富山高専)

図3 見本市の会場にて(写真提供:富山高専)

 メガネをかけるだけで、それまでわからなかったものが「可視化できる」という着想はさまざまな業界の人の興味を引き、ある自動車メーカーの担当者は「鉄は磁石で取り除けるが、非鉄金属を見分けられる方法になるのではないか?」と発言。一方で、ある農家の方は「抜きたい草と抜きたくない草を見分けられるようにはならないのだろうか?」と疑問を投げかけてくれたのだとか。実際、農家さんから質問のあった「抜きたい草と抜きたくない草を見分けるメガネ」に関して、的場准教授は「技術的にはわれわれがもっているものでできるので、数カ月もあれば完成させられる!」と胸を張ります。多くの人にこの研究を知ってもらったことで、1 つの種(アイデア)からたくさんの花が咲いていく。まさに「既存の技術×既存の技術」でイノベーションが起こった瞬間でした。

 社会の困りごとを解決するという壮大な物語を紡ぎ出すのが、モノづくりの醍醐味。自分たちがもともと行っていた研究開発を進めるのはもちろんですが、今回富山高専の学生さんたちが、自分たちの研究とはまったく違う業界から「さまざまな困りごと」という宿題をもらったことは、きっと彼らのモノづくりに対するモチベーションを大きく押し上げたことでしょう。

関連記事