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型技術 連載「モノづくりの未来を照らす高専突撃レポート」

2025.09.30

第15回 半導体人材育成の新時代 有明高専サーキットデザイン教育

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フリーアナウンサー 藤田 真奈

ふじた まな:大阪府出身。元とちぎテレビアナウンサー。関西学院大学卒業後、金融業界の企業に就職。その後転職してアナウンサーに。とちテレニュース9(とちぎテレビ)、アクセント!(栃木放送)、BerryGood Jazz(Radio Berry)、軽井沢ラジオ大学モノづくり学部(FM軽井沢)などに出演中。
Instagram:mana.fujita

待ったなしの人材育成! 半導体産業を救う教育革命

 福岡県の最南端、熊本県との県境にほど近い大牟田市に位置する有明工業高等専門学校(有明高専)では、ここ最近、半導体・集積回路設計の教育に力を入れています。その中心となるのが「サーキットデザイン教育」です(図1)。サーキット(回路)とデザイン(設計)を組み合わせた造語からネーミングされたこの教育プログラムは、有明高専の石川洋平教授が中心となって提唱しています(有明高専では2022 年から出前授業に導入)。
図1  サーキットデザイン教育推進メンバー(右から2 人目が石川洋平教授)(写真提供:藤田真奈)

図1  サーキットデザイン教育推進メンバー(右から2 人目が石川洋平教授)(写真提供:藤田真奈)

 日本の半導体人材の現状を見ると、大手半導体メーカーの事業縮小や撤退で、かつてに比べて大きく数を減らしている状況です。内閣府の調査では、国内の半導体関連産業の従業者数は、1998 年から2018 年にかけて右肩下がり。コロナ禍を経て、2023 年にようやく上昇に転じてはいますが、最盛期と比べると、依然として2 割ほど少ない水準にあります。

 一方で、半導体関連の市場規模は2000 年には世界で2,000 億ドルだったものが、IT バブルの崩壊やリーマン・ショックを経て、2024 年には世界全体で6,000億ドルを突破し、2030 年までに世界で1 兆ドルに達するとの予測調査もあります。この状況を考えただけでも、半導体人材の育成は待ったなしの状況であることがわかります。

 そんな日本の半導体産業の救世主となるかもしれないのが、前述したサーキットデザイン教育です。このカリキュラムは、高専での授業のほか地域の出前授業としても行われていて、これまでに受講した人の数は実に4,500 人以上。提唱する石川教授は「誰もが簡単に1 日で回路設計ができるようになる!」と言うのですが、「回路設計という難しい内容のものを、本当に簡単にできる?」というのが私の率直な感想でした。ところが、参加者の中には小学生もたくさんいるというので、それなら私にもできるかもしれないと思い、有明高専を訪れて来ました。

文系でもできる? サーキットデザイン教育の可能性

 3 月のとある日、有明高専の一室には全国各地から多くの人が集まっていました。この日は、全国の高専関係者たち(専門分野のまったく違う教授や事務員の方など)が、サーキットデザイン教育について学んでいました。

 難しい説明などは行われず、席に着いてはじめに配られたのは「設計図のデザインキット」。それぞれ違う形状の穴のあいたボール紙4 枚と、トレーシングペーパー、それに色鉛筆などが入っていました。「トレーシングペーパーの上にボール紙を重ね、ボール紙の穴の部分からトレーシングペーパーに色鉛筆で色付けしてください」とのこと。1 枚目は紫色、2 枚目は緑色、3 枚目は赤色、4 枚目は青色と、訳もわからず、ただ塗り絵感覚で塗り進めていきました(図2)。
図2 塗り絵感覚で設計図をデザイン中♪ (写真提供:藤田真奈)

図2 塗り絵感覚で設計図をデザイン中♪ (写真提供:藤田真奈)

 色付けしたトレーシングペーパーは重ねて上の部分を糊付けし、パラパラ漫画のような形状に。1 つ目の工程はこれで終了です。皆さんにはこれが何だかわかりますか?

 回路設計は「メタル層」と呼ばれる金属配線の役割をする層や、「ポリ層」と呼ばれるオン・オフを制御するスイッチの役割を担う層など、いくつかの層が重なり合って構成されているのですが、このキットでは1 枚のトレーシングペーパーを1 つの層に見立てています。これにより、実際の集積回路でもそれぞれの層は物理的に分離している(絶縁されている)ということを視覚的に理解することができます。また、トレーシングペーパーを重ねて見ることで、各層における配置を視覚的に確認することも可能になるのだそうです。

 なるほど。わからないながらも、なんとなく理解できたというところで、続いて行われたのはメタバースを使った講義です。3D 仮想空間(メタバース)内に半導体や集積回路の3D モデルを再現し、参加者はアバターを通じてこれらの構造を観察したり操作したりすることができます。この講義はゲーム感覚で学ぶことができるため、学生たちは自然と知識をつけることができると大好評なのだそうです。

 さらにこの日はなんと、実際のCAD を使った回路設計までも体験させていただきました。CAD をさわるのは実はこの日が初めてだった私。説明を聞きながら手を動かしていると、なんと1 時間ほどで回路が出来上がりました(この日製作したのはノット回路)。その後動作確認を行ったところ、エラーもなし! 私は根っからの文系で、回路設計の知識などもちろんゼロだったのですが、お絵描き感覚で取り組んでいたらあっという間に完成し、小さな達成感を覚えていました(図3)。
図3 設計図デザインキットとCAD 画面(写真提供:藤田真奈)

図3 設計図デザインキットとCAD 画面(写真提供:藤田真奈)

 石川教授によると、まさにこれが狙いなのだとか。「塗り絵」から遊び感覚で始めることで、難しそうという固定観念を取り払い、さらに実際の回路設計を行うことで、達成感を覚えてもらう。すると「回路設計=楽しい」という印象になり、興味をもってもらえるのではないか、ということでした。

20 年後では遅すぎる 今こそサーキットデザイン教育の普及を

 サーキットデザイン教育は、今はまだまだ世間には認知されていませんが、今から20 年ほど前、同じような状況にあった教育制度がありました。それが「プログラミング教育」です。20 年前にプログラミング教育と言ったら「ちょっとマニアだな」という印象があったかもしれません。しかし現在は、物事を順序立てて論理的に考える力が養われる教育制度だと、2020年度には小学校、2021 年度からは中学校で、そして2022 年度には高校で必修化されています。

「かつてのプログラミング教育がそうだったように、今後サーキットデザイン教育が公教育のカリキュラムに入るのも夢ではない!」と、石川教授は目を輝かせます。しかし、それが例えば20 年後では遅すぎる!全国に51 校55 キャンパスあるという高専の広域ネットワークを活かし、一日も早くサーキットデザイン教育を普及させることが日本の明るい未来につながるのだと。教育の力で世界を変える。サーキットデザイン教育が日本の未来への架け橋となるかもしれません。

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