機械設計 連載「機械設計者のための金属材料の基礎と不具合調査の進め方」
2025.10.20
最終回 不具合調査の進め方
福﨑技術士事務所 福﨑昌宏
ふくざき まさひろ:代表。2005 年,千葉工業大学大学院金属工学専攻修了。同年電子機器向けの金属加工メーカーに入社。研究・生産技術部門で材料開発や引抜き加工技術開発に従事。2013 年に建設機械メーカーに転職。研究・生産技術部門で歯車などの機械部品の材料開発,材料分析評価に従事。2017 年に技術士(金属部門)取得。2019 年4 月に福﨑技術士事務所を開業。
URL:
https://www.fukuzaki-gijutsushi.com/
不具合調査の手順
現在,金属製品は建築,自動車,電子機器,鉄道,航空など,さまざまな分野で使用されている。その使用環境も高い応力のかかる場所,腐食性の環境,高温高圧環境などがあり,各状況下で発生する問題もさまざまである。そして金属材料は鉄,アルミニウム,ステンレスなど数多くあり,その機械的性質,物理的性質,化学的性質もそれぞれ異なる。もし金属製品に不具合が起きたときは,このような使用状況や金属材料の特性を十分考慮したうえで,その原因を特定し再発防止策を取らなければならない。また,このような不具合は緊急的に発生することが多い。そのため,原因調査や対策はできる限り短時間で効率的に行う必要がある。
金属材料の種類や使用環境は非常に多岐にわたるが,金属材料にとって不具合を起こすような最終原因の種類は決して多くない。金属材料の不具合調査は起こり得る可能性を1 つずつ確認していき,徐々に原因を絞り込んでいく。表1 に不具合調査の主な手順を示す。毎回この順番どおりにすべての項目を行う必要はない。順番が入れ変わったり,項目を省略したりすることもある。しかし,すべての項目を行うと十分な不具合調査になる。また,不具合調査に先入観は厳禁だが,客観的な予想はある程度必要である。
状況の確認
不具合が起きたときに最初に行うことは,状況の確認である。このとき,不具合品が手元に届き,それを観察しながら状況を確認できるのがベストである。どのような製品で,どのような不具合が起きたかを調べるときに注目するポイントは主に4種類。それは応力,時間,温度,環境である。
金属材料は構造材料や機械部品として使用されることが多いため,不具合に応力が関係することは非常に多い。また,外力としての応力だけでなく,溶接などに見られる熱膨張,熱収縮に伴うひずみや残留応力も含まれる。応力が原因で発生する不具合として,引張応力以上の応力負荷による破断,繰返し応力による疲労破壊,応力と腐食が関係する応力腐食割れ,応力と温度が関係するクリープなどがある。これらは状況から起こる可能性のある現象と,起こる可能性のない現象に分けられる。
応力が原因で破壊するときに注目することとして,破面付近の変形がある。引張応力以上の応力負荷が起きると材料は塑性変形を起こすため,破面付近に伸びや変形が観察される。一方,疲労破壊の起点付近はほとんど伸びが観察されない。また,どちらの場合でも,最終破断部付近は大きく変形することが多い。このように破壊の形態が応力状況によって異なるため,状況と不具合品から原因を絞り込むことができる。もちろんこの後に破面を詳細に分析する。
同様に時間,温度,環境についても状況を確認する。時間については短時間か長時間か,または連続稼働中か,休憩あけの起動時か,不具合が初めてなのか,以前にも不具合が起きたことがあるのか,頻度はどの程度かなどである。割れや腐食などの不具合は時間の経過とともに進行することが多いので,ある程度の期間の後に発生することがほとんどである。反対に瞬間的に大きな応力負荷などが起きたときは一気に破壊する。
温度については材料の再結晶温度を超えているか,低温脆性を起こしていないか,焼なまし脆性を起こしていないか,鋭敏化を起こしていないかなどである。これは温度そのものの情報から,これらの現象を起こす温度になっているかの確認になる。再結晶温度以上になるとクリープ現象も起きる。また,高温になるほど結晶粒粗大化や析出物の固溶・溶解など組織変化が起こる可能性もある。結晶粒粗大化や析出物の固溶・溶解などは,室温において材料強度を低下させる要因になる。
環境は主に腐食に関係する。水,湿度,塩化物イオン,アンモニア,腐食性ガスなどである。これらは腐食の形態や,腐食生成物を調べるときなどに手がかりになる。
サンプルの保管
不具合品の観察や記録はできる限り早く行うが,調査する期間もある程度必要なため,調査すべきサンプルに腐食(錆)や汚れが発生しないようにきれいに保つことは重要である1)。腐食や汚れの原因になる身近な物質として酸素と湿気がある。破面観察では腐食や汚れによって観察できなくなることがあるため,これらは大敵である。
サンプルを保管する方法は何種類かあるが,最も優れているのは酸素も湿度も防げる真空デシケーターである。次によく使用されるのはシリカゲル付きのデシケーターなどである。シリカゲルは吸水性に優れているため除湿効果がある。真空ほどではないが,除湿することで腐食をある程度防ぐことができる。また真空デシケーターは高価だが,シリカゲルは安価である。コスト,調査期間,サンプルの品質や重要度などを考慮して保管方法を決める。
現物の記録
現物の記録では目視確認,デジタルカメラ(デジカメ)撮影,顕微鏡観察などを行う。ここで扱う顕微鏡は最大倍率100~200 倍程度のデジカメよりも拡大して観察できる顕微鏡である。
目視観察で注意することは不具合箇所の様子,不具合箇所の周辺の様子,不具合箇所の位置,不具合箇所の範囲が部分的か全体的かなどである。例えばフィッシュアイなどは大きさが数mm程度のことが多いので容易に目視で確認できる。しかし,疲労破壊の起点などの不具合の詳細が常に目視で確認できるわけではない。不具合の箇所はわかるが,目視で詳細を確認できないことも多い。このようなときはデジカメで不具合箇所を漏らさずに撮影する。そして不具合箇所の詳細だけでなく全体も撮影する。このときにサイズがわかるように定規などのスケールと一緒に撮影する。全体と不具合箇所を撮影するのは,製品全体のどの位置に不具合が起きたのかを記録するためである。
不具合箇所を拡大して目視で確認できない起点などを観察するときに顕微鏡を使用する。もちろん,フィッシュアイなども顕微鏡で観察して,その様子だけでなく中心の起点を観察する。また,不具合ではないが製品の初期流動調査などを行うときは観察方法をあらかじめ決めておくと,写真による比較が容易になる。そして十分に目視,デジカメ,顕微鏡で観察した後に製品の切断作業に入る。