工場管理 連載「失策学 ビジネスの誤算から紐解く成功の条件」
2025.10.24
第4回 会社の信頼を危うくする失敗 その1 ─会社経営の視点から─
米国公認会計士/公認内部監査人 打田昌行
うちだ まさゆき 日立製作所傘下の監査支援部門に所属し、国内に加え海外30ケ国以上で内部統制を構築する仕事に12年間従事。 対象企業は100社以上に及ぶ。現職では制度導入の社内研修企画やコンプライアンス教育を実施。著書:『 令和時代の内部統制とリスクコントロール』翔泳社他
失策学のアプローチ
企業をはじめ組織や団体が人の手によって運用される以上、経営上さまざまな失敗や失策が起きるのは無理もない。しかし、その苦い失敗を将来の成功の糧になるようによりよく活かすには、失策から成功のヒントを学びとるための逆算の発想、つまり失策学のアプローチが欠かせない。
裏切られた行政の救済措置
ワクチン対策をはじめとして、日本政府は巨額の資金をコロナ対策に投入、各種の救済措置を講じた。中でも雇用調整助成金(以下、雇調金という)は、中小企業から上場企業まで幅広く活用され、従業員の雇用維持に大きく貢献した。にもかかわらず、全国の労働局の発表によれば、雇調金の不正受給は2023 年12 月末までに919 件、受給の総額は284 億7,621 万円に上った。
昨年12 月に東京ディズニーリゾートの提携ホテル、ファーストリゾートが7 億3,700 万円を超える不正受給で返還を求められた。店側の調査によれば3 億6,000 万円の不正申請があった水戸京成百貨店の場合、元社長が不正受給を主導したとして2024 年1 月、茨城県警が詐欺容疑で逮捕、その後元総務部長とあわせて起訴された。
刑事告訴にならずとも、調査に非協力的で悪質なコンプライアンス違反とみなされ、労働局により公表された企業は87 社に及ぶ。公表された企業は、深刻なレピュテーションリスクに直面し、信用の失墜は著しい。
経営を危機に追い込む不正
新型コロナ対策事業をめぐり、数々の不正が明らかになった。国民の貴重な血税で賄われた事業を悪用した不正の金額は、今後一体いくらに上るのだろうか。
1.失敗事例1:雇調金の不正取得の後に上場廃止
総合衣料品の老舗問屋であるプロルート丸光は、雇用調整助成金の不正取得により、約2 億6,300 万円の返還を求められた後、粉飾決算が発覚、前社長が逮捕、起訴された。その後、多額の負債を抱えて昨年会社更生法を申請、今年1 月早々に上場廃止となった。
2.失敗事例2:コロナワクチン接種関連業務に伴う水増し事件
近畿日本ツーリストは、2020 年以降地方自治体などから新型コロナウイルスワクチン接種会場の運営やコールセンター業務を受託した。しかし自治体への報酬請求時に、人件費の水増しが判明した。発覚当初、社長は86 の自治体で過大請求の可能性があり、被害額は3 年間で約16 億円に及ぶと説明する一方、同時多発的に複数の支店で起こった不正を組織ぐるみではないと強く否定した。
失敗から逆算するための解説
感染拡大で経営に壊滅的な影響があることを憂慮したとはいえ、2 つの失敗事例は、いずれも国の緊急対策に対する著しいコンプライアンス違反である。
失敗事例1 では、勤怠管理を行う管理事業部の当時マネージャー(のちに部長)が、1 人で雇調金の申請責任者を務めた。申請責任者によれば、迅速な救済の必要性から、書類審査だけで申請どおり雇調金が支給されたという。会社の決算は黒字か赤字かの瀬戸際で、多少改ざんしても発覚しないだろう、調査があれば、虚偽部分のみ返済すればよいという甘い考えから、勤怠簿の改ざんに手を染めた。申請責任者は通報制度の窓口も兼ねており、通報による早期発見が期待できるはずもなかった、第三者委員会はこのように報告している。
失敗事例2 に関連して今年1 月大阪地裁は、水増し請求を行った静岡支店元社員に、収益回復のために公的資金を詐取する意識は安易だとして、詐欺罪による有罪判決を言い渡した。水増し請求があることを知りながら、止めようとしない上長は基本的な職務を果たしていない、と第三者委員会は批判した。上長らには、黙認どころか、根拠証憑の隠滅や改ざんの事実さえあったが、個人や捜査への影響を考慮して詳細は公開されていない。いずれの事例も、第三者委員会による調査の範囲では、経営層による直接の関与は認められなかったとされている。
失敗から逆算して得る豊富な教訓
パンデミックに直面する命の恐怖と危機感に国民が震える陰で、血税を貪る利己的な行為を行った会社の経営が、信頼を失墜させたことで危機に瀕するのは、むしろ当然ともいえよう。コンプライアンスに沿った経営を継続させるには、こうした失敗から学ぶべきである。
■制度に対する稚拙な理解を排除する
助成金に限らず、行政による補助金や貸付金を活用するときは、活用規則を熟知してそれに沿った誠実な利用を徹底する手順と陣容を整えることが大切になる。指摘されたら直せばよい、見つからなければそれでよいという稚拙で甘い考えは、行政には決して通用しない。
■合法性と正当性を示す証憑を適切に保管する
制度活用に伴う帳票、伝票などの証しょう憑ひょう類は、必ず所定の期間の間保管する。それは自社が制度を有効かつ適正に活用している客観的な証左であり、自社の正当性を主張する有効なエビデンスとなる。
■実効ある牽制を利かす
部長が1 人で勤怠簿を改ざん、助成金の申請を行っていたのが失敗事例1 であり、牽制を務める上長が担当者による改ざんを黙認し、資料の改ざんにさえ手を貸したと考えられるのが失敗事例2である。相互に牽制をする仕組みがない、またたとえあっても有効に働かなければ、牽制の本来の意味はない。牽制を利かせる立場にある者は、黙殺や不正への加担によって得られる目の前の利益よりも、その後に訪れる個人への報いと損失の方がはるかに大きく重いことを、冷静に判断する必要がある。
■コンプライアンス意識の醸成
コンプライアンスを遵守できない企業は、早晩淘汰されるということを学ぶ必要がある。コンプライアンス意識を醸成する教育訓練を粘り強く継続することが、経営層や従業員の行動に影響を与え、思わぬ落とし穴に陥るリスクを排除することになるに違いない。