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型技術 連載「モノづくりの未来を照らす高専突撃レポート」

2025.10.22

第16回 先端技術と「かわいい科学」の融合 高知高専が切り拓く人材育成

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フリーアナウンサー 藤田 真奈

大阪府出身。元とちぎテレビアナウンサー。関西学院大学卒業後、金融業界の企業に就職。その後転職してアナウンサーに。とちテレニュース9(とちぎテレビ)、アクセント!、ミライを照らせ~KOSEN*Passport to the world~(ともに栃木放送)、Berry Good Jazz(Radio Berry)などに出演中。
Instagram:mana.fujita                                       
 高知県の中央南部、美しい太平洋に面した海岸線と豊かな高知平野が広がる南国市にキャンパスを構える高知工業高等専門学校(高知高専)。ここでは近年、情報セキュリティ分野の教育に特に力を入れていて、その中心となるのが「情報セキュリティコース」です。全国の国立高専の中でも先駆けて設置されたこのコースでは、サイバー攻撃への対応やフォレンジック調査(サイバー攻撃などが起きた際に、証拠を集めて原因を調べる調査手法)など、実践的かつ高度なセキュリティ技術を学ぶことができます。

先駆けの9 年! 高知高専が描くセキュリティ人材育成の未来図

 情報セキュリティコースが設置されたのは、今から9 年前の2016 年。当時はAI やIoT の普及率が社会全体の5 %に満たない状況でしたが、高知高専では「デジタル技術が急速に発展する未来」を確信。デジタル社会の進展に伴い、サイバーセキュリティを守る人材の必要性が高まるとの先見的な判断から、全国の高専に先駆けてこのコースを創設しました。

 例えば、セキュリティを学ぶうえで不可欠な「暗号理論」。一般的な高専では5 年生や専攻科から学ぶ内容ですが、このコースでは3 年生という早期段階から体系的に習得できます。さらに「すべての技術分野でセキュリティが重要」という理念のもと、情報セキュリティコースだけでなく、高知高専のすべてのコースの専門教育にセキュリティ要素を組み込んでいます。例えば、機械工学では制御システムの耐攻撃性、電気工学ではIoT デバイスのセキュリティ対策など、各分野の特性に応じた実践的なセキュリティ教育を実施。これにより、すべての学生が専門知識に加え「セキュリティ防御スキル」を兼ね備えた人材として社会で活躍できる教育環境を整えています。

 さらにユニークなのは教鞭をとる講師陣です。通常の教員に加え、企業の現役技術者を「副業先生」として迎え、授業や実習を共同で実施(図1)。これにより、教員だけでは伝えきれない「業界の最前線」のノウハウが学べる環境を整えています。企業講師が指導する実践的な演習では、学生たちは現場のプロと直接対話しながら、教科書だけでは得られない「活きた知識」を吸収し、確かな実践力を身につけています。
図1 副業先生の講義の様子(写真提供:高知高専)

図1 副業先生の講義の様子(写真提供:高知高専)

「かわいい工作」で理系女子を増やす「TGK」の挑戦

 取材を進める中で、もう一つ魅力的な取組みに出会いました。それは、高知高専の女子学生が中心となって運営する「TGK(テクノ・ガールズ・オブ・高知高専)」というグループによる活動です。TGK では、科学技術分野で活躍する女性を増やすことを目標に、地域の小中学生向けにユニークなワークショップを行っています。企画・立案から運営まで、すべての工程を学生が主体で行うことが特徴で、ワークショップのテーマ選びや教材の準備、当日の進行まで、学生たちの手で完結させているというから驚きです。

 具体的なワークショップの内容をうかがうと、これまた魅力的なものばかり! 水と油の分離現象を利用したオイルウォータボトル(観賞用ボトル)づくりや、再結晶の原理を応用したスノードームづくり、高分子化学の基礎が学べるスライムづくり、乳化技術を体験できるハンドクリームづくりなど、視覚的に美しく「かわいい」と感じられる工作を中心に、科学の基礎を楽しく学べる内容になっています(図2)。
図2 ワークショップの様子(写真提供:高知高専)

図2 ワークショップの様子(写真提供:高知高専)

 学生たちは「楽しかった工作体験の裏に隠れた科学技術を後から学ぶことで、理系分野への抵抗感をなくしたい」という思いから、参加者が「なぜこうなるのか?」と自然に疑問を抱くよう工夫を凝らしているのだそうです。実際にワークショップに参加した子供たちからは高知高専への進学を目指すケースも出ていて、理系人材育成の効果的なモデルとして期待が高まっています。

 そんなTGK の活動、公益財団法人日産財団が主催する「リカジョ育成賞」の第6 回コンテスト(2022年度)では、グランプリを受賞しています! この賞は女子児童・生徒の理系分野への興味を喚起する優れた活動を表彰するもので、TGK の地域に根ざした理系女子育成の取組みが高く評価されての受賞となりました。

 コンテストに向けて、学生たちは過去の活動記録をていねいに整理し、プレゼン資料の作成や発表練習に多くの時間を費やしました。特にTGK の活動が地域の理系女子育成にどのように貢献しているかをわかりやすく伝えるためのストーリーづくりに力を入れたそうです。

 受賞時の気持ちをうかがうと、「先輩たちの思いを次の世代へつなぐ責任を果たせたという達成感が一番大きかった」とのこと。そう感じたのは、発表用の資料を作成する過程で出会ったTGK の歴史にありました。TGK 発足当初からの歩みを改めて確認していたところ、一時は存続の危機にあった中でもOG たちが活動の継続に尽力してきたということを知ったのだそうです。自分たちが今活動できているのは、今日まで絶やさずにつないでくれた先輩たちの存在があったからこそ―。「責任を果たせた」という言葉の中には、グランプリ獲得によって先輩たちへの恩返しになったのではという思いが込められているように感じます。現在、高知高専には女子学生が200 人ほど在籍していますが、そのうちの50 人がTGK に所属。今後ますます活発な活動が期待されています(図3)。
図3 TGK で活躍する学生たち(写真提供:高知高専)

図3 TGK で活躍する学生たち(写真提供:高知高専)

未来のニーズを先取りする教育予防的人材育成のかたち

 今回の取材を通して感じたのは、教育においてもスピード感が大切だということです。需要が生まれてから教育を始めるのではなく、時代を先読みした先見性のある取組みや技術が社会を救うのだと感じました。「かわいい工作」で未来の担い手を発掘することも、「モノづくり人材不足」という将来課題を見据えた予防的アプローチであること、さらにジェンダーバイアスが残る理工系教育において女子に特化した活動を継続してきた点は、まさに時代が追いついてきたと言えるでしょう。

 先進的な技術教育と次世代を担う子供たちに寄り添った楽しい学びを両立させている高知高専の取組みは、これからの高等教育のロールモデルとなるのではないでしょうか。

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