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機械技術 巻頭インタビュー「独自技術で光る日本の機械加工現場」

2025.09.17

高度技能と確かな知見をもつ名脇役として主役の魅力を引き立てる―マイスター

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㈱マイスター 代表取締役社長
髙井 糧氏

Interviewer
オーエスジー㈱ 今泉英明

 切削工具の再研削や特殊工具の製作を手掛けるマイスター(山形県寒河江市)。加工物の形状や表面品質を満たすための切れ味を高度な技能と高機能工作機械を駆使して復元・付与する。一方、従来の加工業に加えて、さまざまな業界の装置の機構開発・製作も手掛け、新たな分野へ事業を広げている。近年はデジタル技術や自動化機器を積極的に導入し、生産性の向上にも取り組む。社員とともにモノづくりの仕組みをアップデートしている髙井糧社長にこれまでと目指す姿を聞いた。
髙井糧代表取締役社長

髙井糧代表取締役社長

サクランボ畑の跡地でモノづくり

今泉

手掛けているモノづくりは。

髙井

切削工具の再研削と特殊工具の製作、各種産業機械部品の製作です。切削工具の再研削はエンドミルやカッタ、ドリルを、特殊工具は機械加工で使用する工具のほか、人骨への穿孔用工具の製作も手掛けています。産業機械部品は各種機構や治具部分の部品で、溝やポケットなどさまざまな形状のある加工が得意です。
また、最近では大学や公的機関、民間企業など、さまざまな組織から装置の機構の開発・製作も請け負っています。たとえば、東北大学からは歯の再生治療に関する装置、農業関連の法人からはサクランボに振動を与えないように、大きさ別に選別する装置の開発・製作の依頼を受け、携わりました。加工に加えて、研究開発分野の装置や自動機器の開発・製作ができることが独自性です。
基盤技術の研削加工で、機械加工用から医療用途の工具・器具まで特殊品を手掛ける

基盤技術の研削加工で、機械加工用から医療用途の工具・器具まで特殊品を手掛ける

工具製作、部品加工、装置開発の3 つを事業にしているのは確かに珍しいと感じました。

当社は現会長である父・作つくるが1976 年にボイスコイル巻線・コイル枠の加工業として創業しました。内職のような仕事だったのだと思います。作は元金型設計者でした。一念発起して会社を退職したそうですが、やはり苦労したのでしょうね。徐々に金型設計の仕事も手掛けることができるようになる一方で、地元の切削工具を扱うメーカーの特約店になったり、竹内型材研究所(神奈川県伊勢原市)の金型部品を販売したこともあるそうです。そうした仕事を手掛けるうち、顧客先の金属加工業者や金型メーカーから、欠損した工具の再研削や刃先の寸法調整の要望があり、工具研削盤を購入して再研削事業を始めたそうです。80年のことです。この頃の従業員は父と共同創業者の男性、母の3 人でした。サクランボ畑の跡地に工場を設けたと聞いています。

山形らしい生い立ちですね。

地元を中心とした事業でも徐々に顧客が増え、社員も増えました。ちょうどこの時期に私が生まれたので、日中は工場にいたそうです。私のオムツの交換を社員の方にしていただいたこともあったそうで、入社してからその社員の方に当時の様子を教えていただきました。両親以外の方にも育ていただいたのだなと感謝しています。具体的な記憶があるのは小学生になってからです。
ネガティブな感情も一時期はありましたが、将来のことを考えて、大学は工学部の機械工学科を選びました。しかし、別のことに興味が出て中退。病院の経営コンサルタントのような仕事に携わりました。入院患者数の統計データを基に予測を立て、適切なベット数や設備などを算出する仕事です。やりがいはありました。一方で、父の会社の今後も考えるようになりました。自分をここまで大きくしてくれた会社はどうなるだろう、経営者の子としての役割があるのではないかと思い、会社に入社させてもらいました。

入社して感じたことは。

学生時代に少し工作機械について学んだので、加工現場の様子や仕事内容はイメージできていました。しかし、実際に工作機械をオペレーションしてみると、原則や理論通りに行くこともあれば、理論と加工結果が違うこともあると気が付きました。たとえば、といしのと粒が脱落すると寸法が維持できないということは実体験をすることで、原理と現象がしっかり理解できました。一方で、フライス加工では、「このくらいの切込み量なら大丈夫」という設定でも被加工材の切りくずが擬着して、刃先が欠けるということが起きました。加工の段取りは技能が必要だし、適切な条件の設定は経験がものを言うのだと実感しました。

良い気づきだったと思います。

でも、ベテランの技能者からの「そんなことも知らないの?」という視線が痛かった。だから、私自身はモノづくりのセンスや技能は高くないのだと知りました。一方で生産管理を担当したときには会社の大きな課題が見えてきました。モノづくりは知識と技能の両輪が欠かせない

どんなことですか。

再研削の見積もりを作成できる人が限られているということです。見積もりのロジックはあるのですが、紙に細かく記されており、資料がとにかく分厚くなって、すべて理解するには膨大な時間がかかるし、どこを読めばいいかもわからない。ドリルやエンドミルの径、刃数や溝ねじれ角、コーティング、使用する研削盤、工程数などの組合せは複数あるので細かく記せば記すほど見積もり時に考慮するべきことは多くなります。だから、表計算ソフトのマクロ機能を使って、見積もりをシンプルに算出できるようにしました。
再研削の見積もりは、加工工数・時間といった実際のモノづくりを理解していないと作成できません。知識と現場経験が必要なのです。だから当社の営業担当者は現場を経験し、技能士資格も保有しています。こうした点に気がつき、改善につなげることができたので自分のこれまでの経験を役立てることができたかなと思いました。

経営者視点が自然と養われていたのですね。

純粋に「このままでは大変だ」と思ったのが原動力です。経営層になり、自分なりにやるべきこと、やれることを考え、社員のモチベーション向上に取り組んできました。当社では代々、技能を適切に評価するために技能検定の取得を奨励してきました。私自身も入社して、多結晶ダイヤモンド(PCD)に10μm の穴をあける技術開発や現場の機械オペレーション、生産管理とさまざまな業務を経験し、「モノづくりは知識と技能の両輪が欠かせない」ということを身をもって知りました。だから、技能検定に加えて、知識を評価するたぐいの検定も奨励しています。私は、加工は下手だと思っているので、機械保全と機械検査の1 級を取得したり、経営戦略やマーケティングのビジネス検定のたぐいを取得しました。

まさに率先垂範の姿勢です。

今年度の方針の1 つを「挑戦者であれ」と定めました。ただ、「挑戦と無謀は違うよ。知識とそれに基づく裏付けがあって行うことが挑戦だよ」と伝えています。知識と技能の必要性が現場に伝わっていると思います。
最近は社員に頼もしさも感じるようになりました。ある女性技能者が工作機械メーカーの技術者と深い議論をして、自分の要望を通したのです。要望を通すには、自分の希望、それを阻害する課題をしっかり言語化して、改善のために相手に協力してもらわなければいけません。それをやり切った姿を見て頼もしく感じました。
また、日常業務の合理化を考案してくれた社員もいます。その1 つの成果が社内製の「IoT 工具管理システム」です。これまでに加工に必要な切削工具を探し出すのに時間がかかっていました。それを改善するため、社内LAN を経由してCAM に登録した工具情報を取得し、ピッキングする工具の収納場所にLED を点灯させて作業者に知らせる、工具のピッキングを容易にするシステムを製作しました。工具メーカーが工具管理収納棚を中心にした同様のシステムを製品化していますが、社内で製作できました。問題意識をもって、自分で考えてまとめ上げたことを評価したいと思います。
社内製の「IoT 工具管理システム」

社内製の「IoT 工具管理システム」

脇役こそ実力が必要

目指すモノづくりは。

お客様と、協調・共感・共演できるモノづくりの名脇役でありたいと考えています。切削工具の再研削、機械部品製作、専用機の開発・製作のどの事業も主役はお客様でさらに、その先にもお客様がいます。当社は協力会社であり、どの局面で見ても脇役です。でも、映画や舞台では脇役が話をおもしろくする鍵を握っていたり、主人公を助けたり、印象的なセリフを残したりして味わい深さを与えますよね。私は脇役こそ、本当に実力がないとできないと思っています。そのことを社員に気づいてもらって、自信がもてるように導いていきたいと考えています。
ただ、そのためには効率的なモノづくりの仕組みを構築し、多様な人材が活躍できる環境づくりを進める必要があります。AI の活用やデジタル変革(DX)を進めて、基盤技術である機械加工技術をもっと磨いていきたいです。
たかい りょう/ 1980 年3月、山形県寒河江市生まれ。45 歳。日本大学理工学部機械工学科中退後、病院向け経営支援コンサルタント業、㈱ナガセインテグレックスを経て、2009 年、マイスターに入社。19 年から現職。中学3年生、小学3 年生、小学1 年生の3 人の子どもの父。趣味はボルダリング。最近、自宅近くにボルダリング場ができたので行ってみたいと考えている。

いまいずみ ひであき/1957 年愛知県出身。1980 年大阪工業大学卒業後、オーエスジー㈱入社。エンドミルやドリルの設計、開発に長年携わる。特殊工具の打合せや使用状況確認のために国内外多数の切削加工現場を訪問した経験をもつ。著書に「目利きが教えるエンドミル使いこなしの基本」(日刊工業新聞社)。

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