工場管理 特別企画「人手不足を解決する新しい採用戦略とカイゼン手法」
2025.10.10
第2章 採用成功のカギはニーズの把握である
ユアウィル 木下克雄
候補者の本当のニーズは何か
顧客を深く理解することがマーケティングの成功に不可欠であるのと同様に、採用においても、候補者への深い理解が不可欠である。候補者のニーズや価値観を理解しない限り、どんなに優れたメッセージを発信しても彼らの心に響くことはない。
採用のターゲット像を考える際に、単なる属性(例:20 代女性、シニア男性)だけでは候補者の理解が浅くなりがちである。候補者を理解するとは、彼らの目指すもの、働くことで何を得たいか、モチベーションの源、抱える不安や求める変化まで、深く把握することを意味している。
なぜ候補者を理解する必要があるのか?その理由は、候補者に対してより響くメッセージを送ることができるためである。候補者を深く理解することで、彼らの真のニーズを知り、それに合わせた発信が可能になる。価値観が多様化している現在、同じ属性の人でもニーズは異なる。たとえば、20 ~ 30 代の男性であっても、専門性を高めたいのか、マネジメントを目指すのか、楽しく働くことを重視するのかなどさまざまだ。それぞれの目指すものやニーズに応じて候補者に響くメッセージは変わる。そのため、理想の候補者像を明確にし、候補者について深く理解する必要がある。
また、よくある失敗事例は、メッセージの内容を経営者や人事担当者の価値観で決めることだ。経営者や人事担当者は当然その仕事に対して熱意があるため、その仕事の重要性や成長の機会をメッセージとして打ち出す傾向にある。しかしながら、本来は候補者の価値観やニーズを理解したうえで、それに合わせたメッセージにすることが大切である。
候補者を深く理解するために
候補者を深く理解するための分析手法として、マーケティング分野でよく用いられるのがペルソナ分析である。ペルソナとは、具体的な候補者をイメージするためにつくり上げられる架空の人物のことを指す。このペルソナを設定することで、候補者の目指す姿や価値観をより具体的にとらえることが可能になる。
たとえば、候補者の属性として「20 ~ 30 代の男性」とする場合、「彼らが目指す姿は何か?」と問うと、答えは抽象的で曖昧になりがちである。これでは候補者を深く理解するのは難しい。そこで、この属性の中から特定の1 人を選び出し、その人物について深く掘り下げることにより、候補者の理解をより具体化させることができる。
ペルソナを作成する際には、図1 の情報を記述する。ペルソナは架空の人物なので、最初は想像に基づいて記述しても構わない。しかし、すべてを憶測で記述するのではなく、できるだけ確かな情報に基づくことが重要である。ペルソナに近い実在の人物を想像しながら記述するとより書きやすくなる。まずは、名前と架空の顔写真(イメージに近いフリー画像などを使用)を設定する(図2)。これによってペルソナに具体性と親しみやすさが生まれる。
初めは手間がかかるかもしれないが、これらの情報を書き出すことを推奨する。実際に書き出すことで、不明点や曖昧な点がはっきりとしてくる。可能な限り、ペルソナに近い実在の人物に話を聞き、ペルソナの精度を高めていくことが望ましい。この作業を行うことで、候補者に関する理解を深めることができ、ペルソナ分析の結果に基づいたメッセージを発信することによって、より効果的に共感をよぶことができる。
候補者の行動と心理を理解する
次に、作成したペルソナが求職中にどのような行動をとるかを考えてみよう。この理解を深めるために活用できるのが、候補者ジャーニーマップ(図3)である。
候補者ジャーニーマップとは、候補者が採用プロセスを通じて経験する一連の行動や感情をマッピングしたものだ。マーケティングにおいては、顧客を分析する際に使用される手法で、これを採用に応用したものである。これにより、候補者が採用プロセスの中でどのような行動をとり、どのような気持ちを抱いているのかを可視化し、それに応じた情報を提供することが可能となる。
まず、候補者のペルソナを設定し、彼らがどのような行動をとるのか、どのような情報を求めているのか、そしてどのような気持ちになるのかを段階ごとに整理する。たとえば、求人情報サイトで初めて企業に触れる段階では「興味・関心」が高まり、企業サイトを訪れる段階では「具体的な情報収集」や「安心感の確認」がおもな目的となるであろう。
このようなマップを活用することで、求人情報サイトと自社サイトに掲載するメッセージを最適化し、一貫性を保ちながらも、候補者のニーズに合わせた情報提供が可能になる。これにより、より効果的な採用活動を展開することができ、優秀な人材を確実に確保することができるだろう。
1 枚の写真の変更で採用が決定した事例
第1 章で紹介した歯科医院を経営する会社が受付を募集したときの事例である。経営者は半年間採用が決まらずに悩んでいたが、たった1 枚の写真を変更したことで、わずか1 週間で5 件の問合せがあり、その翌週には採用が決定した。
その背景として、候補者への理解がカギとなった。最初、経営者は真面目さを伝えるために、真剣な表情で仕事をしている医師の写真をメインに使用していた。しかし、候補者のペルソナ分析および候補者ジャーニー分析を行った結果、今回のターゲットのニーズは「楽しく、働きやすい職場を求めている」と想定。また、求人情報サイトを閲覧する際に、「真剣な表情は本ターゲット層に怖いと受け取られる可能性がある」との結論に至った。そこで女性スタッフが楽しそうに働いている写真に変更したところ、半年間悩んだ採用問題がわずか2 週間で解決したのだ。
ここでは、候補者を理解することの重要性とその方法について解説した。誤解してほしくないのは、「写真」が重要というわけではなく、候補者を深く理解することが大切であり、さらにその理解に基づいた候補者像に合致するメッセージを発信することが重要ということである。