工場管理 特別企画「人手不足を解決する新しい採用戦略とカイゼン手法」
2025.09.16
第1章 求人活動が失敗する原因と新たな採用戦略
ユアウィル 木下亮雄
企業の成長と競争力を維持するためには、優秀な人材の確保が不可欠である。しかし、中小企業、特に製造業では、適切な人材を採用すること自体が難しいのが現状だ。限られたリソースや製造業に対する古いイメージなどが採用の障壁となっている。特別企画では、単なる求人活動にとどまらず、マーケティング手法を活用し、企業が候補者に価値を提供する方法を探る。自社が求める人材像や候補者側のニーズを分析し、発信するメッセージを明確化する。さらに、採用プロセスを数値化し継続的に改善することで、採用成功へと導く新たな戦略を提案する。
求人情報サイトに任せたままではいけない
「求人情報を掲載したら後は待つだけ」と考えていないだろうか?
さまざまな業界において人手不足を解消する方法として、多くの企業が求人情報サイトを使用している。しかしそこには大きな落とし穴がある。
ここで1 つ事例を紹介する。ある歯科医院を経営する会社が受付スタッフの募集のために、求人情報サイトに求人情報を掲載した。しかし、半年経っても問合せは少なく、採用には至らなかった。そこで私はマーケティングの手法を使って状況を分析し、求人広告の写真を1 枚変更することを提案した。その結果、翌週に5 件の問合せがあり、その次の週には採用が決定した。
ここで強調したいのは、「写真の重要性」ではなく、採用プロセスにおいても、マーケティングの視点で考えて、適切な対策を講じることの重要性だ。マーケティングといっても決して難しいことではない。
多くの企業が求人情報サイトに掲載することで採用活動を行っているが、それだけでは採用が成功しない。求人情報サイトでの掲載を行いつつも、候補者のニーズや自社の強みを分析し、それに基づいたメッセージを発信することが重要である。
これらのプロセスは採用活動に限らず、マーケティングの手法と共通している。近年、この採用のプロセスにマーケティングの手法を取り入れた「採用マーケティング」が注目を集めている。
マーケティングの手法で採用問題を解決する
マーケティングの手法といっても、「SNS やデジタル広告を使う方法」ではない。SNS やデジタル広告はマーケティングの施策の1 つに過ぎず、マーケティングの本質を表すものではない。
マーケティングの本質とは、市場や競争環境を「分析」し、どのような層をターゲットにするか「戦略」を決定し、その戦略に基づいた「施策」を実施することだ。重要なのは「分析」→「戦略」→「施策」という流れが一貫してつながっていることである(図1)。
たとえば、あなたが弁当を販売しているとする。周辺地域には高齢者が多いことが判明した(分析)。そこで、あなたは高齢者をおもな対象に設定し(戦略)、塩分控えめな弁当をつくり、集会場や病院にチラシを配布した(施策)。これが「分析」「戦略」「施策」がつながっている例である。この例では塩分控えめな弁当を高齢者向けに販売する際に、SNS やデジタル広告を使っても効果がないことは明らかだ。なぜなら「施策」が「分析」「戦略」とつながっていないためである。このようにSNS やデジタル広告を使用しているかどうかではなく、「分析」「戦略」「施策」が一貫してつながっているかどうかが大切なのだ。
やみくもに発信しても応募はこない
なぜその候補者はあなたの会社を選んだのだろうか?
選ばれるには必ず理由がある。候補者のどのようなニーズを満たし、他社と比較して何が優れているかを明確にすることが重要だ。これにより、今後の採用活動においてどのようなメッセージを打ち出せば効果的かが見えてくる。単に仕事内容や条件を提示するだけで応募者が集まる時代は終わった。状況をしっかりと分析し、戦略的な情報発信が必要である。
ここではマーケティングで使用されるシンプルな分析手法「3C 分析」を使って、「分析」実施方法を解説する。3C 分析とは「顧客(Customer)、自社(Company)、競合(Competitor)」の視点から分析する手法で、頭文字がすべてC であるため、3C 分析と呼ばれる。採用マーケティングでは、顧客(Customer)を候補者(Candidate)に置き換え、「候補者、自社、競合」としている。
候補者、自社、競合を分析する
最初に候補者のニーズを分析する。候補者の観点では「候補者のニーズ」を理解することが最も重要である。これは、候補者のニーズが対象によって異なるからだ。たとえば、若手エンジニアなら成長の機会や大きなプロジェクトへの参加がニーズとなるかもしれないが、小さなお子さんがいる女性が多い環境では、急な休暇の取りやすさなどがニーズとなる場合がある。これらを整理するために、想定している候補者のニーズを10 個以上洗い出すことを目標にしよう。
次に、働く人にとっての自社の特徴を、10 個を目標にして洗い出そう。その際、抽象的な表現を避け、具体的な内容を示すことが需要だ。たとえば、「教育体制」を特徴として挙げる場合、「教育体制が整っている」という抽象的な表現では、具体的な内容が不明確で、他社との差別化が難しい。具体的な例としては、「教育体制には、1 カ月間の業界と製品に関する座学研修があり、2 カ月間は各部署をローテーションで経験し、その後6 カ月間は先輩と同行してOJT を行う」といった内容が挙げられる。このように具体的に表現することで、他社との違いを明確にすることができる。
最後に、採用の観点から見た競合企業を5 社以上洗い出し、それぞれの特徴を分析してみよう。注意すべき点として、採用における競合は必ずしも同じ業界に限らないことが挙げられる。採用の場合、職種や仕事内容によって異業種が競合となることが少なくないためである。
候補者のニーズ、自社の特徴、競合の特徴を洗い出すことができれば、次に、候補者に伝えるべきメッセージを導き出す。これまでに洗い出した内容をもとに、「候補者のニーズを満たし、自社の特徴が活かせて競合より優れていること」を見つける(図2 の矢印の個所)。それが、採用ページにて強調すべきメッセージとなる。たとえば、候補者のニーズが「最先端技術に触れる機会」であれば、自社の強みである「業界トップシェアの製品開発力」を競合と比較して際立たせ、採用ページでは「〇〇業界のトップシェア製品の開発に携わりながらスキルを磨ける環境」などと掲載するのである。
採用活動においては、単に求人情報を掲載するだけでは効果が期待できない。マーケティングの基本を取り入れ、候補者、自社、競合の視点から分析することで、効果的な採用メッセージを伝えることができる。採用マーケティングを活用し、採用活動をより戦略的かつ成功へと導く第一歩を踏み出してみよう。