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プレス技術 連載「モノづくり革新の旗手たち」

2025.11.07

仕事は楽しくがモットー 新しいチャレンジを会社の成長につなげる―一志精工電機

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㈱一志精工電機 代表取締役
北角真一氏

 工場や病院、屋外施設などで使われる配線部品を主力とする一志精工電機(三重県津市)。幅広い材質、板厚に対応できる金型づくりに強みをもち、近年はEV 関連の金型製作やプレス加工にも参入。取引先分野の拡大を図っている。北角真一社長が目指すのは自身や社員が楽しく働ける会社。そのために新しいことに挑戦する姿勢を大切にしてきた。チャレンジを通じて社員の成長を促し、会社の成長につなげる取組みを取材した。

『プレス技術』編集部

2019 年からサポイン(戦略的基盤技術高度化支援事業)で新しい金型技術の開発に取り組まれたそうですね。きっかけは?

北角

12 年頃から三重県産業支援センターのサポートを受けて、生産管理の見える化や人材育成などの社内改革に取り組んできました。サポインへの挑戦はそれらの活動の一環で、当社が抱えていた課題を支援センターに伝え、一緒に研究開発に取り組んでもらえる大学の先生を紹介いただくという形で始まりました。

どんな課題があったのでしょうか。

当社でプレス加工する部品の中で1 つだけ、どうしても寸法のばらつきを抑えられないものがありました。車両の電装系を接続する端子、いわゆるターミナル部品で素材は真鍮、板厚は0.64mm。多段曲げが必要な形状でスプリングバックの制御が難しく、精度要求を満たすことができませんでした。原因は不明でしたが、いろいろと調べる中でプレス機の下死点位置を測ってみると一定でないことがわかったのです。そこでとにかく下死点位置を一定にしてみようと、三重大学工学研究科の池浦良淳教授の協力を得て開発に着手しました。

下死点位置を一定にする装置を開発

具体的にはどうやって下死点位置を一定に?

スライダーと上型の間に「加工力調整装置」を取り付けることで下死点位置の制御を試みました。プレス機による加工では通常、スライダーの加圧力が上型に直接作用するため、プレス機自体の動作の誤差が上型の動きに影響を与えます。一方、開発した金型では、上型とスライダーの間にガススプリングを複数本配置し、ガススプリングを介して上型に加圧力が加わる構造にしました。これなら、たとえ1/100mm 単位でスライダーの下死点位置がずれても、ガススプリングで吸収されるので、上型への加圧力はほとんど変わりません。実際に毎分200 回転の加工で15,000 ショットまでの下死点位置を測定したところ、従来法では48μm の変動が見られたのに対し、加工力調整装置を用いた加工では3μm の変動に収まりました。
「加工力調整装置」のついた金型のイメージ

「加工力調整装置」のついた金型のイメージ

誤差を1/10 以下にできるのは大きいですね。ターミナル部品の精度向上につながりましたか。

それが、残念ながら曲げ精度への良い影響は確認できませんでした。加工力調整装置には下死点位置を一定にするだけでなく、下死点にとどまる時間を少しだけ長くできる機能があり、それも含めて曲げ精度に良い影響が出ると考えたのですが、スプリングバックの影響の方が勝っていたようです。

するとこの新技術については、今後の用途開発が課題ですか。

そうなんです。下死点位置を一定にできるので、かしめやつぶしの精度向上には非常に有効だと考えています。また、加工力調整装置は上型に取り付ければ使えるので、ダイセットの追加工こそ必要ですが、金型内部の設計を変える必要がありません。こうした使い勝手の良さもアピールしながら、下死点位置の一定化にメリットを感じて一緒に用途開発に取り組んでくれる企業を探しています。まずは1 つ実績をつくりたい。そうすれば次につながると思っています。

サポインの話をお聞きして、新しい技術の取込みに積極的な会社という印象を受けました。

実は主要取引先の仕事が安定して続いていたので、新技術の開発や新規顧客の開拓にはこれまであまり目を向けてきませんでした。ただ、「一社依存ではいけない」という問題意識は常にもっていましたし、特に最近は、長年の協力会社だからといって従来どおりの“親子関係”が続く保証はなくなりつつあります。そうした中で新しい取組みをいろいろと進めています。

培った技術を活かしバスバー金型に挑戦

これまでの御社の歩みを教えてください。

1966 年の創業から一貫してプレス加工を手がけています。近隣に松下電器産業(現パナソニック)の津工場があったので、その協力工場に配線部品を納める仕事からスタートしました。メインで加工していたのはコンセントやスイッチを覆う金属カバーと壁に固定するための金具で、これが今も続く主力製品です。80 年代の中頃に技術の蓄積を意識するようになり、プレス金型の設計・製作も始めました。以前はすべて支給型だったのを内製化し、自動車関連の売り型や自動車部品のプレス加工も手がけるようになりました。現在は売上げの7 割が配線部品、残りが金型や自動車部品です。売り型では、EV 関連で需要が伸びているバスバー向けが7 割を占めています。
配線部品が創業時から今も続く主力製品。左が金属カバー、右が固定金具

扱う材質や板厚、生産ロットは?

材質は鉄やステンレス、アルミニウム、真鍮、銅に対応し、板厚は材質によりますが薄いもので0.1mm から、厚いものは鉄であれば6mmまで対応できます。主力の配線部品のカバーはステンレスまたはアルミニウム、取付け金具は鉄製です。配線部品は多いもので月産100 万個を超えるものもありますが、それはほんの2 品種ほど。多くが月産数千個レベルなので、どちらかと言えば多品種少量生産の現場ですね。順送プレス9 台、単発プレス11 台を保有しています。月産100 万個を超える部品は、2 台の順送プレスの間にタップ加工の専用機を置き、第一プレスで穴あけ、バーリング、専用機でタップ加工、第二プレスで成形、分断するラインで製造しています。
2 台の順送プレスとタップ加工専用機でラインを構築

2 台の順送プレスとタップ加工専用機でラインを構築

自社の売りはどのあたりにあると考えますか。

いろいろな材質や板厚に対応できる“幅の広さ”は売りの1 つだと思っています。また加工精度を追求していて、ファインブランキングや全せん断が可能な金型製作も得意です。お客さまからも「バリが少ない」とほめていただいています。もちろん、リードフレーム向けの金型をつくる会社にはかないませんが、当社の手がけるサイズ感や分野の中では、精度の面で差別化できていると思っています。実際、バスバーの金型製作の依頼を受けたときも違和感なくつくれました。

バスバーは銅製ですよね。金型製作は難しくなかったのですか。

以前から銅や真鍮製が多い弱電関係の小物部品を手がけていたので、曲げやすいけれど加工硬化があるとか、溶着しやすいといった銅の“癖”はわかっていました。あと、バスバーには部品サイズが比較的大きい割に加工精度が厳しいという特徴があり、大型の金型を精度良く加工しないといけません。大型の金型を加工する際、一般的には使用するワイヤ放電加工機のサイズを大きくしたり、ワイヤ電極の線径を太くしたりして加工効率を高めようと考えますが、当社は小型の金型を加工するのと同じワイヤ放電加工機やワイヤ電極、加工条件で大型の金型を加工します。これらの点がバスバー金型に成功した理由だと思っています。
アルミニウムを銅で覆った新素材「銅クラッドアルミ材」の加工にも挑戦中

アルミニウムを銅で覆った新素材「銅クラッドアルミ材」の加工にも挑戦中

技術的な強みを支える人材育成についてはどんな考えで取り組んでいますか。

自分たちが仕事をするうえで必要な技術・知識をしっかり身につけてもらうことを意識しています。そのため、新入社員には現場で一通りの作業を経験してもらいます。例えば、金型設計者として採用しても、まずは平面研削盤による加工や金型の組付けなどを通じて金型の基本を学んでもらう、金型部門に配属されても、最初の数カ月はプレス加工現場で金型を使う経験をしてもらう、などです。また、金型加工に関しては先輩社員が「なぜこの部分の精度が必要なのか」といった基礎をしっかり教えるとともに、作業のレベルを表すスキルマップをつけています。スキルマップがあることで、「もっと早く加工するにはどうすればいいのか」、「この工具、加工条件で本当にいいのか」など各作業者が常に上のレベルを目指して取り組んでくれます。良い金型を追求していくには、作業者一人ひとりの積極的な取組みを引き出す環境づくりが重要だと考えています。
人材育成では現場経験を重視する

人材育成では現場経験を重視する

新しいことに積極的な企業でありたい

今後の目標は?

大きいことでも小さいことでもいいので、1 年に1 つは新しいことに取り組みたいですね。仕事に直結しなくてもいいんです。直結するなら展示会でアピールするし、直結しないならホームページやSNS などほかの方法で発信すればいい。とにかく1 年に1 つ新しいことをやって、その結果、新しい仕事につながればいいかなと。

新しいことをしないと生き残れないという危機感があるのでしょうか。

危機感というより、新しいことをしないと仕事がおもしろくないからです(笑)。楽しいからいろいろなことに目が向き、チャレンジができ、新しい技術も身につく。楽しくないと会社も良くなりません。また、自分たちが自信をもって仕事に取り組むためにも、新しいことへの挑戦は大事です。製造業には地味なイメージがありますが、携わった以上はマイナスイメージをもちながら働きたくない。社員にも「自分たちの仕事はかっこいい」、「すごい仕事をしているんだ」という思いでやってほしいと願っています。

新しいことに積極的に取り組み始めたのは北角社長の代になってからですか。

私は2001 年に新卒で入社し、取引先企業への3 年間の出向を経て04 年に戻って、現場で経験を積みながら会社を引き継ぐ準備をしていたのですが、戻ってから15 年に引き継ぐまでずっと「社長の仕事ってなんだろう」と思っていました。2 代目社長の父は職人気質で朝から晩まで現場にいる人でした。当時は主要取引先の仕事が好調で今よりずっと利益も出ていたのでその点では良かったのですが、一社依存という課題に対してはなんのアプローチもしていなかった。だから、新しい分野に広げていくために何をすればいいのかを社長になってまず考えました。

取組みの手応えは?

一社依存から徐々に脱却し、ほかのお客さまの仕事が入り始めました。社長就任直後から組織改革にも取り組み、“社長がいなくても回る会社”にもなっています。コロナ禍で少し停滞しましたが、少しずつ新しい一志精工電機に変わってきました。これからも昔のいい部分は大事にしつつ、新しいことに挑戦する会社でありたいですね。
きたずみ しんいち:1980年9月11日生まれ、44 歳。2001年3月鈴鹿工業高等専門学校電気工学科(現電気電子工学科)卒業。同年4月一志精工電機入社。取引先への出向を経て、15年より現職。

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