無線機やネットワーク機器などを手掛ける総合無線機メーカーのアイコム。その100%子会社の和歌山アイコムでは、国内・海外向けを問わず、すべてのアイコム製品を製造している。世界各国から信頼を置かれるそのメード・イン・ジャパンの品質は、全従業員が日々改善に取り組み、積み重ねてきた地道な努力に裏づけられる。現場で常に考えながら仕事をしている彼らの声を具現化した大小さまざまの改善の数々に加え、独自のタクトタイムの効率化手法などユニークな取組みを行う一方で、将来的な労働人口減を見据え、ロボットラインの構築やスマートファクトリーの実現を目指し、スマートモノづくりの一翼を狙う。
[写真は誌面掲載当時(2024年9月時点)のもの]
世界が認めるメード・イン・ジャパンの高品質
アマチュア無線機から陸上・海上・航空用無線機、IP 無線機や衛星通信無線機などあらゆるジャンルの無線通信機器を手掛け、総合無線機メーカーとして知られるアイコム。1964 年に設立し、アマチュア無線(ハム)の分野では「知らない人はいない」といわれるほどの認知度とブランド力を誇る。1998 年、米国防総省への業務用無線機の導入を契機に、アマチュア用から業務用へと事業の舵を切った。その製品力の高さは国内外の国家機関に評価され、カナダ政府機関や国際連合、国内でも多数の自治体などの行政機関への導入実績がある。現在はトランシーバーを主力製品とし100 カ国以上へ輸出、世界的メーカーとして独自の地位を築き上げた。
そんな高品質の製品をつくっているのが和歌山アイコムだ。1988 年に設立、89 年に操業を開始。有田川町・紀の川市に工場があり、すべてのアイコム製品がこの2 工場で製造されている。4S(整理・整頓・清掃・清潔)、改善提案を土台とし、設立当初から全従業員参加型の改善を実践。また10m を7 秒以内で歩かないと警告音が鳴る廊下やタクトタイムの効率化手法など、効率化を図るユニークな取組みが多数ある。
高品質の陰には月300 件、35 年間で約12 万件の「改善」
設立当初から実施している改善提案は、全従業員が毎月1 つ以上の改善を提案するというルールを設け、ただし提案だけで終わらせず実行に移すことを条件としている。毎月約300 件提出されており、その中から優秀な改善6 件を表彰し構内に貼り出す。また、自分1 人では実現が難しいアイデア、たとえば治具をつくる必要があるといった場合は「改善係」と呼ばれる技師らがサポートする。改善係のメンバーは5 人、有田工場、紀の川工場の両工場に日々出向いては現場で改善点を発見し、改善、営繕を行っている。
提案された改善は工場の端々に見受けられる。
工夫されたテープカッター、アンテナ付無線機の収納ラック、治具の可動式立体収納、品質検査の簡易化サポートツール、作業情報や製品コードの一元化、ウェイトチェッカーによる梱包の効率化ラインなどレベルも規模もさまざまだ。
毎月6件、約1年分の優秀な改善事例を貼り出している
AGVが走る一方で、ラックが自動で流れるからくり改善
しかし、かつては月30 件ほどしか提案が出てこない時期もあった。その原因は提案しても評価されず、従業員のモチベーションが下がってしまったことだ。2020 年に田中誠一郎社長が就任してからは、“ちりも積もれば山となる”と些細な提案も受け入れて評価したところ、以前の活気を取り戻した。「提案そのものよりも、1 カ月間考えて仕事したということを評価しています。提案が大事なのではなく、考えながら仕事して欲しい、みんなが同じベクトルを向いて欲しいというのが1 番です」(田中社長)。また山下恵司有田工場長も「改善提案はすべて受け入れています。一生懸命考えた提案を上司が却下すれば、モチベーションも低下し2 度と提案が出なくなります」と言う。
どうしてもアイデアが出ない場合は「KAIZENカード」に、困っていることを書いて出すだけでもよい。以前「立っているのがしんどい」と書いてきた人がいたが、「我慢しろ」では発展性がない。そこで足元にスポンジマットを敷いてあげたという。「ここがやりにくいという点だけでも教えて欲しいです。会社側が何かやってくれれば、次もまた考えようという気持ちになってくれるんじゃないかな」(山下工場長)。ほかにも、従業員のモチベーションを上げようと、機器では検知できない異常を発見したら賞与を出す異常検出賞などさまざまな表彰制度や賞与を設けている。
アイコム独自のIPS 生産方式でタクトタイムを効率化
有田工場の生産ラインはコンベアとインラインセルの2 種類で、面実装・組立・品質保証・出荷作業を担う。94 年から「アイコムプロダクションシステム(IPS:ICOM Production System)」と呼ばれる独特の生産方式を導入した。これは生産ラインにあえて100%以上の負荷を与えることで問題を抽出し、原因を究明、改善、効果の確認を繰り返し、品質と生産性の向上を図るシステムである。
たとえば、コンベアラインでは、8 時間分(1 日の労働時間)の生産量をあえて7 時間30 分で終わるスピードでコンベアを流す。作業者は問題が発生した時点で手元のボタンを押してラインを止める。1 日で数十回、30 分以上止まることは日常的だという。従来のラインタクトより早くコンベアを作動させているため、必ずどこかで無理が生じ、IPS ではその無理が生じた個所を改善ポイントとしてとらえる。インラインセルでは作業者ごとにタクトタイムを設定し、それを超過すると各工程が自動で止まる仕組みとなる。
コンベアラインに負荷をかけ、問題が発生したら、作業台に設置されたストップボタンを押してラインを止める
各ラインの上部にあるモニターには計画台数、実績台数、ストップ時間を表示し、状況が一目で把握できるようになっている。IPS は1 つのライン= 1 つの工場と考え、ラインごとに生産台数の達成率や労務費・販管費などの経費から算出した損益金額などのデータも別のモニターで表示。各ラインの主任は現場管理においてコスト面も注視することが求められる。ラインが停止した工程、時間、回数、原因などのデータをリアルタイムで収集し、「今どの工程がボトルネックになっているか」を見える化し、改善策を話し合う。「停止しないラインは作業スピードや作業者に余裕があり改善の余地があると判断し、計画台数をこなしても評価されません。ストップ0 分のラインは最悪のラインと見なし、工場長から指摘されます」(田中社長)
従業員は自ら生産ラインを止めることに抵抗はないのだろうか。山下工場長は「入社時にIPS 指導を実施するので、従業員はみなストップの意味を理解しています。また年1 回、全従業員に対してフォローアップ面談を行い、そこで抵抗感だけでなくさまざまな状況をヒアリングして彼らに寄り添います」と従業員との対話を重視している。
ロボットラインの構築とスマートファクトリーの実現を目指す
創業時から続く改善システムを通じて進化を継続してきた和歌山アイコム。一方で、部品から完成品までの工程にほぼ自動化したロボットラインを備えるなど、スマートファクトリーの実現に向けた取組みも実施している。
24時間稼働のロボット導入で人手不足を補い、タクトタイムを効率化
2021 年度より「NEXT IPS の構築によるスマートファクトリーの実現」をスローガンに掲げ、人とロボットの協業生産を図るための自動化とスマートファクトリー化に本格的に乗り出した。5M 源泉管理、製造LT 管理の強化・短縮、情報の一元管理による業務フローの改善、自動化生産の推進、ねじ締めロボやはんだロボなど協業ロボットへの展開といった項目の年間計画を立て、月2 回各課長以上が集まり打合わせをしている。
労働人口減に加え、人の力には限りがあるとし、自動化は急務だという。山下工場長は「昔と状況が変わり、今は調整や検査には測定器などの設備が必要。そこは設備導入しないとタクトアップしないんです。でも設備導入の費用対効果がどれくらいか、またはタクトを落としても人数を減らす方がいいのか…、と悩んでいます。また多品種少量の設備はいったん組むと身動きできなくなるし生産量とのバランス、5 年、10 年後の状況もわからない。さまざまな事象を見ながら方向性を決めていきます」とスマートファクトリーへの実現への道筋を描く。