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プレス技術 連載「モノづくり革新の旗手たち」

2025.12.03

高付加価値な製品は社員が安心して働ける職場から生まれる―天伸

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天伸㈱ 代表取締役
小宮山記祥氏

 時代の要請に合わせて線ばね、板ばねと事業領域を広げてきた天伸(千葉県柏市)。金型設計・製作から試作、量産までを自社で行う一貫生産体制とマルチフォーミングの高度な技術、顧客の要望に応じた製品設計力が強みだ。技術力に加えて同社の特徴と言えるのが多様な人材が働きやすい職場環境。35 歳以下の若手や女性、外国籍人材の多さ、障害者雇用の取組みがそれを示す。「全従業員の物心両面の幸福の追求」を目指す小宮山記祥社長に話を聞いた。

『プレス技術』編集部

創業から一貫してばねを製造されています。

小宮山

私の伯父である勝又伊和夫が1963 年に個人事業として東京都文京区で創業したのが始まりです。当初は商社としてばねを扱っていて、徐々に線ばねや板ばねを自社製造するようになったと聞いています。大きく変わったのが2 代目の勝又彦弥のときで、現在本社がある千葉県柏市に工場を出し、線ばねに加えてマルチフォーミングマシンによる板ばねの製造を始めます。板ばね成形用の金型も内製化し、これが当社の今の礎を築くことになりました。

事業内容の変化に伴って主力製品も移り変わったのでしょうか。

ええ。以前は女性用下着に使う「コイルボーン」や配線器具のプレス部品でしたが、最近は給湯器の湯が通る配管同士を固定する板ばね「ワンタッチクリップ」が主力です。材料はステンレス304。マルチフォーミングマシンを使い月産約100 万個製造しています。もともと同製品の特許をもつ顧客の孫請けでつくっていたのですが、その特許が切れたときに金型を引き上げられ、それを機に自社で金型を立ち上げて給湯器メーカーに提案し、受注を獲得しました。当社の工場長がオリジナル形状を考案して特許も取得し、売上げの3 割を占める主力製品に成長させました。
主力の給湯器用板ばね「ワンタッチクリップ」。板ばね同士が絡まない独自構造も提案する

主力の給湯器用板ばね「ワンタッチクリップ」。板ばね同士が絡まない独自構造も提案する

オリジナル形状とは例えばどんなものですか。

給湯器用の板ばねは500 個を1 袋にして納品するのですが、袋の中で部品同士が絡まって外れなくなるのが給湯器メーカーの悩みです。そこで絡んでもすぐにほぐれる形状を考案しました。そうすることで、板ばねを給湯器に組み付けるときの作業効率アップが見込めます。絡まないために形状と寸法を既存製品から微妙に変えていて、給湯器メーカーの開発部門の方からは「なぜ絡まないのか」と驚きの声をいただいています。

顧客の図面どおりにつくるだけでなく、部品形状まで提案できるのですか。

そうです。ほかにも建築用のアンカーボルトに組み込まれる板ばねの例があります。組み合わせるほかの部品の形状は決まっているのに板ばねの形状だけが決まっていませんでした。「形状を考えてほしい」と言われて形状の検討から金型設計・製作、試作、量産まですべて当社で行いました。部品をどういう形状にすればいいか、お客さま自身もわからない段階で提案できるのは当社の強みだと思います。

加工のばらつきを抑える金型設計

御社のマルチフォーミング加工の特徴は?

マルチフォーミングは材料の打抜き(ブランク製作)と360°からの曲げ加工を1 台のマシンで行う歩留まりの良い高効率な加工方法です。材料の打抜きを行う工程を「プレスステージ」と言い、単純な金型で材料を押さえずに抜くのが一般的ですが、当社のプレスステージでは順送金型を使い、より複雑な加工を行っています。しっかりと材料を押さえて抜くのはもちろん、カムを利用して上からの力を横または下からの力に換えて面打ちやつぶしなども行います。また、プレスステージの後の曲げの工程を「フォーミングステージ」と言い、ここで使用するパンチやパンチホルダ、カムなどもすべて社内で設計・製作しています。
マルチフォーミングマシンの金型はすべて自社で設計・製作している。写真右が「プレスステージ」

マルチフォーミングマシンの金型はすべて自社で設計・製作している。写真右が「プレスステージ」

マルチフォーミングマシンの力を引き出すためにどんな工夫をしていますか。

現場のオペレーターによるばらつきをなくすための金型設計をしています。私が入社した30 年前は、ロットの変化により材料の硬さが変わって曲げの寸法が維持できなくなると、オペレーターがカムを追加工して調整していました。ある意味で“職人技”の世界だったのです。それではいけないと考え、加工実績から得た数値データを基に金型設計を行うよう改めました。現在、金型設計はすべて工場長の下川昌宏が担当していて、オペレーターごとのばらつきを防いでいます。
NC フォーミングマシンを保有。メカ式に比べて金型設計の自由度が上がる

NC フォーミングマシンを保有。メカ式に比べて金型設計の自由度が上がる

どんな数値データに着目を?

例えば、板厚1mm のステンレスの場合、曲げR が0.5mm なら5~8°のスプリングバックが起きるから、その分だけパンチによる曲げを深くしようなどと考えます。曲げ方で出来上がりが変わってくるので、その製品をつくるためにどういう角度、順序で曲げていくかに知恵を絞るわけです。ほかにも、材料ロットの変化に対応できる金型設計を意識しています。厚みや硬さが微妙に変化しても曲げ寸法を維持できるよう、複数本のパンチで曲げてみたり、曲げた後に圧力をかけて押さえてみたりといろいろな工夫をしています。

金型設計を一手に担う工場長の下川さんは御社のキーマンと言えそうですね。

そのとおりです。最近はマルチフォーミングマシンはあるけれど金型はつくれないという会社の依頼を受けて売り型もやっています。金型設計をできる人材が、特にマルチフォーミングの分野は少なくなっているので、売り型は1 つのビジネスチャンスだと考えています。また、先ほどお話しした給湯器用のオリジナル板ばねや建築用板ばねの形状を考案したのも下川です。オリジナル製品に関しては一般ユーザー向けにも取り組んでいて、下川が手がけたペットボトルオープナーが当社初のBtoC 製品として間もなく発売されます。高齢の方の「ペットボトルのキャップがあけにくい」との声に着目し、開発・製品化しました。キャップ以外に缶のプルトップもあけられるので、ネイルをしている若い女性にも便利です。こうしたBtoC 製品を今後は増やしていきたいですね。
ペットボトルオープナーは初のBtoC 製品。板ばね製造の技術が活かされている

ペットボトルオープナーは初のBtoC 製品。板ばね製造の技術が活かされている

「社内木鶏会」を通じチームワークを強化

人材育成も重視していると聞いています。

私が社長に就任した8 年前から力を入れ始めました。中部産業連盟のコンサルタントを入れて5S 活動にも取り組んでいますが、社員教育の基盤となるのは、人間学を学ぶための月刊誌「致知」(致知出版社)の購読です。社員皆で読み、1カ月に一度、1 時間、4 人一組で読んだ感想を発表し合う「社内木鶏会(しゃないもっけいかい)」を続けています。そのときのルールは、「素心(そしん)」と「美点凝視(びてんぎょうし)」です。素直な心で読み、相手の美点を凝視する。人間はどうしても他人の欠点が気になるものですが、目を凝らして良い点を見つけるようにします。木鶏会では周りの人が書いた感想文を批判することは絶対にしません。

感想を発表し合うことでどんな効果が?

一見、頼りなさそうな若い社員が立派な感想文を書いていて、「こんなことを考えているのか」と見直すことがよくあります。当社には知的障害者の方が3 人、精神障害者の方が1 人働いていますが、皆さん立派な感想文を書いてくるので聞いている方がハッとします。

見た目ではわかりにくい社員さんの考えがわかるという効果ですね。

ええ。コミュニケーションをとるうえでお互いを知るということは重要です。ただ、始めた当初はほとんどの社員に大反対されました(笑)。忙しいのに何を始めるのか、と。月に一度の集まりに出てこない、出てきたと思えば反抗的な態度をとる社員がいたのも事実です。ですが、続けていくうちに変わってきました。取組みを始めた後に入社した社員には、取組みについて伝えてあるのでそれほど抵抗感なく参加してくれています。

社内の雰囲気は変わりましたか。

そうですね。8 年前は「社長これどうします?」と社員がよく聞きに来ていましたが、最近はほとんどなくなりました。コミュニケーションが円滑になり、チームワークで解決するという習慣がついたのだと思います。工場長の下川が現場を見てくれているのも大きいです。
金型加工の効率化のため小型マシニングセンタを新たに導入した

金型加工の効率化のため小型マシニングセンタを新たに導入した

障害者雇用の優良企業に認定

御社は千葉県で初めて「障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度(もにす認定制度)」の認定を受けています。

会社を引き継いだ8 年前はとにかく人が足りませんでした。若い人が辞めていき、求人広告を出しても集まらない。私の長男は軽度の知的障害でありますが、同じく知的障害のある長男の友人たちを見てもどこに障害があるのかわからない方が多い。目の回るような忙しさの中で、軽作業なら任せられるかもしれないと始めたのがきっかけです。職場実習のような形で簡単な作業から始めてもらい、材料替え、金型のセット、機械の操作と徐々に難しい仕事を任せていきました。現在、知的障害者の方のうち1 人はプレス機械、2 人はマルチフォーミングマシンのオペレーターを、精神障害者の方は組立てを担当しています。もにす認定は千葉県で初、全国で24 番目です。当社のような障害者雇用の義務がない中小企業が認定されるのは珍しいと聞きました。

障害者の方が安心して働ける環境ですね。

個々の障害者の方の特性に合わせて助言する「職場適応援助者(ジョブコーチ)」の資格を総務担当の女性がとり、適宜相談に乗っているのも定着に一役買っていると思います。当社は従業員の約半数が女性で、モンゴルやフィリピン、タイなど外国籍の方も多い。さまざまな背景をもつ方が安心して働ける職場は経営理念である「全従業員の物心両面の幸福の追求」にもつながります。

今後の課題は?

私の年齢から考えて5 年後、10 年後に迫った世代交代をどうスムーズに行うかが最大の課題です。そのためには、「お金の心配をしないで済む会社」、「男女とも安心して働ける会社」にしていく必要があります。前者に関しては、私が引き継いでから不採算業務を見直してマルチフォーミングに集中することで収益性を高めました。「特殊板ばね・線ばね.com」というWeb ページを立ち上げたり、会社紹介のYouTube 動画を発信したりすることで新規の問合せも増えています。後者に関しても、年間休日を97 日から120 日に増やし、人事考課制度や退職金制度を整えるなどしています。遅々たる歩みですが、やらなければ若い人が安心して働ける職場になりません。自分が若い社員の親御さんの立場になったつもりで、「安心して預けられる会社」を目指していきます。
こみやま のりよし:1966 年8 月12 日生まれ、58 歳。千葉商科大学商経学部卒業後、アパレルメーカーに営業職で勤務。92 年天伸㈱入社。2017 年3 月から現職。趣味のゴルフは100 切りが目標。

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