にしだ ゆうへい:代表取締役
2009年、大学卒業後、ミネベアミツミ㈱に入社し購買管理業務に従事。24歳のときにタイ工場に赴任。現地マネジメントに加え、現地の経営者とタフな商談や価格交渉を経験。2015年、西田経営技術士事務所入社。全国の中小製造業へ「収益改善プログラム」を導入。原価と値決めにメスを入れ、顧問先企業の利益創出に億単位で貢献。主な著書『中小企業のための「値上げ・値決め」の上手なやり方がわかる本』(日本実業出版社)。
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今回のテーマは「値決め」です。引き合いの段階で正確な標準原価計算ができたら、利益をなるべくたっぷりと乗せて売価設定していきましょう。儲けることは決して悪ではありません。利益は、読者の皆さんが頑張って働いた報酬であり、技術サービスへの対価です。しっかりと適正利益を確保し、さらなる顧客満足や従業員満足のための原資としていってほしいと思います。
値決めの基本姿勢
まず、「売価は、全社原価に利益を乗せたものとする」ことが基本です。おさらいになりますが、「全社原価」とは製品1 個の製造や販売に費やした全ての費用を合計したものでした。材料費や加工費だけではなく間接費も含めて原価とし、それよりも高く売っていかなければ決して利益は残りません。大前提として、しっかりと正しい原価計算を行ってください。
そして「売価は設定していく」という考え方が大切でした。単に原価に目標利益率を乗じた数字を売価とするのではなく、顧客との関係性や市場価格、自社の経営方針、工場の操業度などを総合的に考慮して「今回は1 個○○円で売りたい・売ろう・売れるだろう」と主体的に考えて設定していきます。
売価ゾーンを考える
売価ゾーンとは、営業マンに与えられる価格設定の幅のことです。企業によって売価ゾーンの設定方法は異なり、「100 円~ 200 円の間」としている企業もあれば、「全社利益率は最低5%以上」としている企業もあります。また一つの企業内でも営業戦略や製品戦略に応じて、客先や製品群によって売価ゾーンを細かく設定することもあります。
大事なことは、これを会社の値決めルールとして位置づけ、ブラッシュアップを続けていくことです。たまに「この売価ゾーンでは、値段が高すぎて受注できない!」と言って、会社に断りもなく特別価格を提示してしまうケースに遭遇します。そのような場合には、収益改善会議の場で受注状況や競合価格などを報告してもらい、自社の「値決めルール」を見直す場を設けていかねばなりません。
とくに受注件数や売上金額だけで営業部門を評価している企業は注意が必要です。なぜなら、安売りすれば仕事は獲れるし、売上成績も上がるからです。しかし、それで赤字製品が増えてしまっては本末転倒です。このあたりは経営者や営業担当役員の方々がしっかりと目を光らせておかねばなりません。
赤字は見える化しておく
そうは言うものの…です。ときには原価割れでも値決めをしなければいけないケースもあるのが現実。それは最低限の売上高や工場操業度を確保するためであったり、将来の案件獲得のためであったり、何らかの理由があって赤字見積りを出さねばならないことがありますよね。その際の注意点が、「赤字を見える化」しておくことになります。
図表1 を見てください。これはお客様から厳しい見積り依頼があった際のシミュレーションです。図表1 ︲ 上段の「希望」という部分は、社内で標準原価計算を行ったところ、全社原価が100円/ 個という結果になったので、売価は120 円/個で設定したという意味です。このように見積り回答を行ったところ、「他社はもっと安いよ!」と顧客から厳しい値下げ要求を受けてしまいました。多くの場合、その後は社内検討を重ねて提示金額を再考していかれると思いますが、この時にやってはいけないのが「標準原価をイジる」というNG 行為です(図表1 の中段)。
誰しも赤字で受注したくないのは当然です。もちろん利益が出ないからという理由もありますが、赤字で受注すると、営業マンは社内から色々と言われてしまうことがほとんどです。そこで次のように、標準原価計算書に書いてある原価項目をあれこれイジりはじめてしまうのです。
「あ!ロスが5%も出る予定になってる!工場は余裕を見すぎだよ。1% にしちゃえ」
「作業者5 人で作るって書いてある!私が昔現場にいた時は3 人でやってたよ」
このような感じで、厳しい価格で受注しても赤字にならないように実際はできもしない標準原価へと勝手に数字を変えていってしまうのです。そして「よし!これでなんとか赤字じゃないぞ!」と見せかけて社内承認に回します。そうなると社長は「厳しい案件だと聞いていたが、儲かるのか。よしよし。今度トップセールスでもして、類似案件の獲得に乗り出すか!」と経営判断を誤ってしまうのです。実際は赤字なのにです。
本来は、(図表1 の下段)のように「赤字と分かって受注に動く」ことが必要です。赤字であることがあらかじめ明確になっていれば、受注前段階で辞退していたかもしれません。あるいは「将来の案件確保のために、○○○万円の赤字を覚悟して受注に動くのだ」という事実を把握できたかもしれません。量産が始まる前までに、赤字幅をなんとか減らそうといった特別コストダウン活動につなげられたかもしれません。
残念なことに、このような失敗を繰り返している企業では、この製品が大赤字を発生させているという事実を把握できていません。多くの場合、月次決算書を見て「なんで!? 今月から儲かるはずじゃなかったの!?」ビックリされるのです。
このような損失を回避するには、やはり「原価と値決めの仕組み」をしっかりと構築していくしかありません。