icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc
SEARCH

プレス技術 連載「世界のなかの日本、日本のなかの世界」

2026.11.05

第23回  日本語バイリンガル

  • facebook
  • twitter
  • LINE

帝京大学 平田 好

ひらた よしみ:外国語学部長 兼 日本語教育センター長。早稲田大学卒業後、1995 年からベトナムを皮切りに世界各国で日本語教育に携わる。2021 年より帝京大学教授。2022 年より日本語教育センター長、2025 年より現職。修士(国際関係学、2000 年早稲田大学)。
 「バイリンガル」と言えば、宇多田ヒカルやデープ・スペクターのように、日本語・英語の両方を自然に話し、表現活動やビジネスをしている人を、多くの方は思い浮かべるのではないでしょうか。日・英に限らず、韓国語と日本語、英語とフランス語、スペイン語と中国語など、両方の言語を母語話者と同様に話せて、しかも場面に応じて切り替えられる人は、世界中で増えています。国や地域を越える人の移動が活発になれば、生まれた土地、育った環境、家族が話す言葉、学校教育で使われていた言語などの組合せは無限になります。バイリンガル(二言語話者)はもちろん、トリリンガル(三言語話者)、マルチリンガル(多言語話者)もめずらしくない時代です。

もう一つのバイリンガル

 筆者は日本語以外の言語は学習によって身に付けてきました。つまりモノリンガル(単一言語話者)です。母語である日本語と同じレベルで話せる言語はありません。したがって外国語は、限られた場面で、意識的に話すことになります。日本語も東京弁しか話せないため、生まれ育った土地の方言と共通語の双方を話せる人を羨ましく感じてきました。

 出身地の言葉と共通語の双方を場面に応じて自在に使い分ける人は、広い意味でのバイリンガルと言えるのではないでしょうか。言語学では「二方言話者」という言い方をしますが、ここでは「日本語バイリンガル」と呼ぶことにします。筆者は、これまでにさまざまな場面で日本語バイリンガルに出会ってきました。

 日本語教育では、教室内で主に共通語が用いられています。学習者に対して共通語で話すだけでなく、日本語教育関係者同士で話すときも、ほぼ共通語です。つまり、日常使用している日本語から、日本語教師の出身地を推察することは難しいのです。最近は、東京に住んでいる関西人でも共通語を話している人は少なくありませんが、共通語上に関西特有の語彙やアクセントが少なからず表れます。しかし、日本語教師の場合、語彙・発音・アクセントなどからも関西人であることを見破れないケースがあります。

 30 年以上前にベトナムで仕事をしていたとき、三重県出身の同僚がいました。普段は共通語を話しているところしか見たことがありませんでしたが、彼が同郷の人と話す場面に遭遇したことがあります。同郷の人とは出身地の言葉で話し続けながらも、同席している筆者と話す場面になると突然、共通語に変わります。話し手本人は意識しないままに自動的に切替えを行っているようでした。もちろん、日本語教師に限らず、出身地の言葉と共通語を使い分けている日本語話者は多数いますが、その同僚の共通語の発音・アクセントがあまりにも完璧であったため、彼が日本語バイリンガルであることが強く印象に残ったエピソードです。

 実は三重県は方言が多様な地域で、名古屋に近い地域では東海方言の影響が強く、関西や紀州に近い地域の方言とは異なると聞きました。方言の分布を見ると、現在の都道府県よりも旧国や江戸時代の藩、山や川などの地理的条件の影響が色濃く残っています。

「標準語」から「共通語」へ

 さて筆者は東京弁を母語として育った「日本語モノリンガル」です。両親の母語も東京弁であり、家庭でも学校でも東京弁の環境で育ちました。職場で使用する日本語は、日常生活で使用する母語のままです。厳密に言えば、東京弁と共通語は異なりますが、日本語学習者は筆者の話す日本語を共通語として受け入れているようです。

 そもそも、「共通語」は日本全国で共通して使われる日本語という意味です。江戸時代には「訛りは国の手形」と言われ、手形(関所を通過する通行証)を見なくても、訛り(方言)を聞けば、出身地がわかったそうです。日本各地で多様な文化が花開き、それぞれの「お国言葉」が使われていた時代です。明治になって教育や軍事などの近代化の中で「標準語」が整備されました。東京の山の手言葉を基準につくられた標準語の使用を促し、方言や地域文化を抑圧する教育が行われた時代もありました。1980 年代頃から共通語という呼び方が一般的になってきました。「標準=正しい」、「方言=標準ではない」という考え方から脱皮するまでに、ずいぶん時間がかかったものです。

国家と言語の関係

 実は、言語学的には「言語」と「方言」を明確に区切る客観的な基準はありません。「言語とは軍隊をもつ方言である」という言葉をアメリカの言語学者マックス・ワインリヒは残しています。ある言葉が独立した言語として認められるか、方言とみなされるかは、政治的・軍事的な力によって決まるということを表しています。つまり、国際社会の中で日本が国家として存在するため明治時代に標準語を制定して国語教育を行い、お国言葉は方言や訛りとして位置づけられました。また、語彙や発音が多少違っていても、なんとか会話が成り立つ言葉であれば方言と考えることもできるのに、政治的な境界線があると別の言語とみなすということでもあります。

 江戸時代に、薩摩の言葉を話す人と、会津の言葉を話す人で会話した場合、どの程度通じたのでしょうか。お互いに何度も聞き返すほどに通じにくかった可能性があります。現在では、日本全国、多少の語彙や発音の異なりがあってもコミュニケーションがとれることが不思議なことにも思えてきます。

 共通語が全国へ広がった背景には学校教育やマスメディアの影響がありました。では、AI が急速に普及するこれからの時代には、言葉はどう変わっていくのでしょうか。私見ですが、AI の普及によって自動通訳機能を使用したコミュニケーションが広まることは間違いないと思います。周囲に日本語を話す人がいない環境であっても、英語、フランス語、スペイン語、中国語のような国際的に広く使われている言語が通じれば、電子デバイスの通訳機能を使用して会話が成り立つでしょう。

言葉は文化の多様性の象徴

 共通語が普及する中でお国言葉が消えていくことに寂しさを覚えている方も少なくないと思います。言葉は文化の多様性、豊かさの象徴です。日本全国どこに行っても同じようなショッピングモールがあり、どこでも同じものが買えることは便利ですが、土地に根ざした文化が見えづらくなってきました。日本語バイリンガルが少なくなり、共通語のみを話す人が増えていくように、今後、世界の言葉が主要言語だけになっていく可能性もあります。

 AI による翻訳や通訳が当たり前になる時代だからこそ、自らの身体から自らの言葉を発して、コミュニケーションをとることの大切さが際立つように思えます。バイリンガルになることは難しくても、異なる言葉に耳を傾け、未知のものごとを学び、他者を理解する努力を続けたいものです。
(イラスト:奥崎 たびと)

(イラスト:奥崎 たびと)

関連記事