“300万部品のアセンブリデータを0.2秒で処理”。その抜群の操作性を誇る3次元CAD「iCAD SX」は、大規模な機械装置や製造ラインの設計者に強く支持されてきた。3次元CADで扱いたい機械装置や製造ラインが複雑化・大規模化する中で、iCAD SXの開発を手がけるiCAD社の高速処理技術の開発には大きな期待がかかっている。
2025年3月、同社は設立15周年を迎えた。そこで、本座談会では、同社の代表取締役社長 大宮豊広氏、同社技術部山内克弥氏、iCAD SXの3次元機能の初期ユーザーである(株)IHI 技術開発本部 統合開発センター エンジニアリング部主幹 百々泰氏に、iCAD SX独自の高速性能CADカーネル技術はどのように発展を遂げ、今後どのように進化していくのか、現在の機械装置設計の現場ではどのような課題が生じているのか、そして今後の3次元CADへの期待、日本の機械装置設計の方向性などについて語ってもらった。(司会:フリーアナウンサー 藤田真奈氏)
“図面レス”に向けての課題
㈱IHI 技術開発本部 統合開発センター エンジニアリング部 主幹 百々 泰氏
藤田 ここからは3次元設計の課題や、3次元CADの活かし方に言及していきます。まずはお客さまの機械装置設計の現場で感じられている課題についてお聞かせください。
山内 機械装置と一口に言っても多種多様で、さらに特注でつくって顧客に納めるものなのか、標準品を販売するのかでも業務プロセスが大きく異なりますので、課題もお客さまごとに異なっているのが現状です。ただ、最近ではいろいろなお客さまから“図面レス”に取り組みたいと言われることが増えています。ペーパーレス化の意向もあって、図面を描かずに3次元モデルを設計から製造まで一気通貫して活用したいとの要望です。「他社が実現しているから、うちも同じようにできるでしょ」と考えるお客さまも多いのですが、そもそも現状、どのような種類の部品があって、どのような工程で加工されているのか、例えばCAMと連携しているのか、連携せずに汎用加工しているのかによってもアプローチが異なってきますので、そのあたりの状況をきちんとひも解いて提案することがわれわれの役目になっています。
藤田 図面レスについて、百々さんはどのように捉えていますか。
百々 私もよく耳にするようになりました。3次元CADがこれだけ手軽に使えるようになり、3次元でモノの形を表現できるようになってくれば、当然行きつく先として、紙に出力しない図面レスだと思うのでしょう。けれども、私は懐疑的です。ある限られたモノづくりをしている会社は運用できるのかもしれませんが、一般産業機械やもっと特殊な機械をつくっている会社ではまだ難しいのではないでしょうか。
藤田 図面レスの実現に向けては高いハードルがあるということですか。
百々 3次元CADでモデリングすることで、形状はとても見やすくなったのですが、形状に表れない設計情報が逆に見えづらくなりました。例えば、公差や表面粗さ、めっきや表面処理、熱処理などの材料に関する情報が挙げられます。2次元図面であれば、ここの公差はH7とか、表面粗さは算術平均粗さで6.3μm以下といったことをどのように表現するかJIS設計製図で規定されているのですが、3次元データでそれをどう扱うのか明確ではありません。そうなると、設計者がチェックしづらく、検図しづらい。ということは承認しづらいのです。設計者が設計した内容を承認する上長がいて、それを見る調達担当がいて、組立担当がいて、機械加工担当がいるとなってくると、やはりJISの製図のルールにのっとった方法が適しています。私はやみくもに図面レスではなくて、2次元のいいところは2次元で、3次元のいいところは3次元で表現すべきじゃないかなと思います。
3次元設計を定着させるために 重要なこと
藤田 企業によっては、3次元CADを導入してもなかなか定着しない場合もあるかと思うのですが、うまくいく会社とそうでない会社にはどのような違いがありますか。
山内 まず言えるのは、3次元CADの定着に向けた活動を組織としてしっかり進めていく体制を整えられるかどうかです。経営層と現場の思いがかみ合っていないケースがよくあります。例えば会社の経営層や推進者が旗を振って進めようとしても、現場の状況を理解しておらず、現場の運用体制も定まっていないままでは失敗してしまいます。逆に現場主導でも、プロジェクトとして進めなければ、特定の人だけが率先して使って、その人がいなくなったら使われなくなってしまうことも多いです。
大宮 百々さんのように、社内で自社の業務プロセスを捉え業務課題をきちんと分析できて、業務にITシステムをどう使っていくかを考えられる人がいないとうまくいかない場合があります。あとはやはり、山内が言ったように、組織として「やるぞ」という覚悟を持って進めなければ、なかなか定着しないのではないかと思います。
百々 2002年の4月にiCAD SXを3本試験購入し、運用ルールをどうしようかと四苦八苦していた頃の話です。われわれはもともと、設計の3次元化ありきではなく、設計構造改革の一環として3次元CAD導入を決定しました。当時私のいた部署がかかえていた手戻りと設計変更に伴う慢性的な設計負荷増大という課題を克服し、新しい仕事のやり方へ変えていく。3次元CAD導入はそのための起爆剤と位置付けていたのです。しかし、この改革を具体化するためにはどういうシステムにすれば良いのか、設計本来の業務とは何かに立ち返り、3次元CAD導入ワーキンググループは毎週集まって議論を重ねていました。そして、それまでになかった3次元モデルによる新しい情報の流れを定義し、そのための運用ルールをつくる。そのルールで試しに図面をつくって不具合や問題点を洗い出し、またルールを書き換える。この繰返しでした。さらに操作教育や標準ライブラリの準備、デザインレビューのやり方まで見直して、3次元CADの使い方を決めていきました。
藤田 まさに山内さんや大宮社長のお話で挙がったような出来事ですね。
百々 ただ、当時は3次元CADを導入したにもかかわらずなかなか出図できない状況が続いていたので、投資対効果を指摘されることもありました。設計構造改革を具体化するためには、それまでの2次元だけの設計のやり方をやめて、新たな設計業務に切り替えなければなりません。それに対してさまざまな反発が生じますが、一つひとつ説得して皆に理解してもらわないとなかなか前には進みません。でも振り返ってみると当時のこの苦労がとても重要で、ベテラン設計者や計画設計担当者、開発や見積もり業務の担当者など、いろいろな人に相談をしながら皆を巻き込んで3次元CADをどのように使えば仕事が楽になるのかを真剣に考えてきました。だからこそ、その後の定着に至ったのだと思います。3次元CAD導入ありきで、とにかく早く3次元CADを使わせようとしていたら、定着には至らなかったかもしれません。
山内 やはり百々さんのような業務に精通され、ITに理解のある方が中心となって、現場を巻き込みながら、これまでの業務の仕方で守るべきところ、変えるべきところを判断しながら進めていくべきです。われわれも、お客さまの業務をしっかりと理解するために、お客さまのそばで活動しています。業務分析を任されることもあり、百々さんのような人材がいない場合に、われわれが代わりになれるように取り組んでいます。
大宮 百々さんのような方たちと一緒に議論をさせていただくことがわれわれにとっての財産です。当社主催の「iCADフォーラム」で講演もしてくれますので、本当にありがたいです。おかげさまで、当社は今どういう製品でどういうCADを使っているかを聞けば、だいたい設計のプロセスと、どこでどんなことに困っているかは想定できるようになりました。初回の訪問で「こんなことに困っていませんか」と議論し始め、事象から原因・背景・問題を整理して「解決策としてこういう取組みがありますよ」と提案できるようになっています。そうするとお客さまももっと知りたいので、「こういうことに困っています」という話になってきます。ほかのITベンダーさんはITしか知らない人が多くなってきているので、お客さまの業務にもITにも精通していることが当社の強みです。
3次元データの活用範囲を広げる
iCAD SX の次期バージョンでは、1000 万部品を 1/60 秒で動作させる開発に取り組む
藤田 ここからは未来についての話も交えてうかがいます。3次元設計や3次元CADが普及してきた中で、どのように将来を見据えていますか。
山内 大規模性能という点では限りがないように思います。電池の製造設備のラインの全長は2〜3kmに及ぶと聞いたことがあります。もはや300万部品の対応では足りません。さらに、アセンブリの情報量が増え、設備の中での動きも見たいという要望もありますので、高速なレスポンスも必要になり、「もっと大規模を、もっと速く」にという「いたちごっこ」が加速しています。
百々 設計者が300万部品を理解して判断できるとは到底思えませんが…。
山内 確かに1個1個中身まで見ないこともあるのですが、わざわざ簡略化したモデルをつくるのは面倒なので、載せられる部品はそのまま載せてしまいたいと考える方が自然です。実際に3次元データの活用の仕方として、元の詳細なモデル、プレゼン用に簡略化したモデル、営業担当者が活用するモデルといったように、いろいろな派生モデルを作成するケースが増えていますが、それが無駄というか手間になってしまい、なおかつ管理も大変になっている面もあります。また、オリジナルのモデルを編集したときに、派生モデルも修正するのか、それを繰り返すとどれが最新かわからないという事態も起こり得ます。そうすると1個の単一のデータとして管理すれば、無駄や手間が削減されます。
大宮 当社で考えているのは、単一データにすべての設計情報を蓄積する仕組みです。設計や加工、組立てはそのまま3次元データを使うと思います。それだけでなく、例えば営業用や購買用、協力会社用、また工場の生産技術部門やメンテナンスなど、いろいろな部門に3次元データの活用を広げていくことを考えています。今図面で仕事をされているところも多く、図面をなくすのは難しいと思いますが、理解度を上げるために3次元データを見られる状態をつくれば、3次元が1つの共通言語になり会社全体の仕事ができます。そういう状態をつくるのが当社の目指すところです。
藤田 設計という枠を超えていろいろな分野で活用されていくのですね。
大宮 今、iCAD SXで作成した3次元データを丸ごとWebブラウザで見られる形に出力できるようにしています。形状だけでなく製品構成や部品属性など設計情報をすべて出力することができます。特別なアプリケーションや専用パソコンも必要ありません。スマートフォンやタブレットで見ることができます。これにより全社のあらゆる部門で3次元データがいつでも、どこでも、誰でも見ることができるようになります。さらに3次元データを活用したWebアプリケーションを簡単に開発できるインターフェイスを用意しようとしています。例えば、3次元データから情報を取り出して別のアプリケーションと連携させたり、別のアプリケーションの情報をブラウザに3次元データと一緒に表示させたりするなど、各部門の業務に合わせたシステム化が実現できると考えています。つまり、3次元データに蓄積した設計情報をすべての人が活用できるプラットフォームを用意していこうというイメージです。
藤田 iCAD SXの次期バージョンでは、さらなる大規模性能が搭載される予定ですか。
大宮 現在、1000万部品を1/60秒で動作させる開発に取り組んでいます。すでに今より3倍以上データがあって、今より確実に速いという状態がプロトタイプでできています。でも、先ほど山内が話したように、従来の経験からリリースして2年も経たないうちに、また「もっと大規模を、もっと速く」と言われるのではないかと想定していますが、当社は超大規模・超高速レスポンスを実現するCAD開発に今後も挑戦し続けます。
“すり合わせ”に適した日本型3次元CAD
藤田 今後の日本の製造業についてもうかがいます。日本が技術的にも組織的にも頑張っていくためにはどうしたらいいのか、何が必要だとお考えになりますか。
山内 ハーバード大学グロースラボが調査した「世界の製品複雑性ランキング(2003〜2023)」によりますと、まだまだ日本にしかつくれない製品がたくさんあり、日本の製造業は難しいものや技術的に特化した製品に強いという特徴があります。例えば、工作機械や半導体製造装置、電池製造装置などです。そういった技術の追求を続けていくことが重要だと思います。日本はお客さまに寄り添ったよりよいものをつくっていく。そしてより付加価値を高めていけば、もっと日本の機械装置が世界から頼られるのではないかと思います。そういったモノづくりを実現するために、日本は“すり合わせ”や“カイゼン”を繰り返していますので、今後も日本の製造業の設計スタイルに寄り添った開発をし続けていきたいと考えています。
百々 まったくその通りです。以前は航空機エンジンなども開発元の指示に従い言われた通りにつくっていましたが、今では複数の国のメーカーで共同開発するようになってきています。産業機械もしかり、グローバルなモノづくりが当たり前になる中、設計したメーカーに無条件に従うのではなく、つくる者、使う者がそれぞれの意見を出し合って良い物にしていくというモノづくりがますます重要性を増すと思うのです。したがって、何もかもがトップダウンで下請けとして指示通りに製品をつくるのではなく、現場でのメンテナンスのしやすさや、安くつくるための工夫、こういうアイデアならほかの国でも製造できるといった現場すり合わせ型の提案を積極的に行うことで市場競争力を高める、それが日本製造業の強みだと思います。
藤田 iCAD SXはそのようなすり合わせに向いていますか。
百々 設計者が試行錯誤をするツールとしてとても使いやすいですね。欧米のCADは試行錯誤の道具というよりはトップダウンの設計の仕方で育ってきたCADなので、上が言うことを忠実に下流に伝えるというスタイルでできています。だから、現場やお客さまの話を聞いてすぐに形を修正するような作業が行いづらい。iCAD SXは設計者自らがその場ですぐにモデルを変更するような直感的な操作が行え、設計の道具として使うことができます。日本のモノづくりを支えていく、唯一のCADだと思っています。
機械設計のおもしろさを伝えるために
藤田 日本の製造業がここからさらに伸びていくためには、若い世代に入ってきてもらわないといけません。そのきっかけとなるような本を出されるとお聞きしています。
大宮 学校の授業だけでは機械設計のおもしろさがなかなか学生には伝わっていないと感じています。「設計の現場では大変なことも多いけれど、それ以上におもしろいことがあふれているよ」と、それをもっと伝えていくべきではないかと思い、百々さんに執筆してもらいました。『機械設計ってこんなにおもしろい 機械設計1年目・宮永翔、奮闘中!』というタイトルで、2026年3月に日刊工業新聞社から出版されます。
藤田 百々さんはどういう思いを込めて執筆されたのですか。
百々 今回、初めて本を書くことになったのですが、機械設計に関する教科書的なものをつくっても学生はあまり興味を持てないでしょうから、小説風にすることを提案しました。私が会社に入って設計者としていろいろな経験をしながら、少しずつ機械設計を勉強してきたことをベースに物語にしたのです。小説のように読んでいきながら、若い世代に「機械設計ってこんな仕事なんだ」とリアルな設計業務の楽しさやおもしろさが伝わればと思います。実はこの本を書き始める前に、iCAD社の担当者と一緒に大学の工学部を訪問し、今の学生についてヒアリングをしました。やはり今の学生はITやロボットへの関心が高く、機械設計は製図をする仕事という感覚のようです。けれども、ロボットは機械設計を理解していないと設計できませんよね。この本を読んで、少しでも機械設計はおもしろそうだと知ってもらえるとうれしいです。
藤田 ところで、今後、iCAD SXを大学などに訴求していく考えはお持ちでしょうか。
大宮 これまで教育現場に対しては力を入れてこなかったのですが、最近は学校から導入したいというオファーが来るようになってきました。なぜかというと、iCAD SXが多くのお客さまに広がり、ある地区の主要なメーカーが設計業務にiCAD SXを使っていると、近隣の学校としても使わざるを得ないという状況が生まれているからです。
百々 それはいい傾向です。大学で導入され、授業で使用する3次元CADは海外製がほとんどだと思います。会社に入ってからiCAD SXを使用するために、もう一度CAD操作の勉強をしなければいけないので、新入社員にとって大きな障壁になるのです。
顧客とともに進化を続け 日本の製造業をサポート
藤田 これまでさまざまなお話をうかがってきましたが、最後にiCAD社が誇れることをお一人ずつお聞かせください。
山内 CADに関する“尖った”技術を持っていることですね。それで世界と戦っていくのだというところに惹かれて入社したようなものです。
百々 われわれがお客さまの意向を根掘り葉掘り聞いたうえでオーダーメイドの機械をつくるように、iCAD社もわれわれの要望を一つひとつ実直に聞いたうえで、「こうしましょう、ああしましょう」と提案をしてくれる。そこが私は一番いいところだと思います。
大宮 日本の機械設計をぜひとも支援していきたいという気持ちを社員全員が持って業務を遂行していることです。お客さまのところに入り込んで、業務プロセスの中での課題を明確にして、ITつまりCADをどう使うかというところまでしっかりと提案できる、つまり開発からサポートまでを全部一気通貫で行えることが当社の最大の特徴だと思います。それがないと今の日本のお客さまを本当の意味でサポートできないと考えて取り組んでいます。機械設計は高品質・高性能・短納期が求め続けられてきた中で、進化してきました。そうすると道具であるCADも進化しなければいけません。特に日本のモノづくりは当社が支えないといけないと思っていますので、われわれも進化し続けなければなりません。特別な何かが出来上がるのではなく、継続的な積み上げ、現場を捉えて問題を解決し続けることでそれが実現できるのではないかと考えています。
藤田真奈氏