日々、開発スピードが上がっていく自動車業界。燃費や安全性、生産効率を考慮した「新しい車づくり」が模索される中、各自動車メーカーの金型設計・製作の現場で活躍するのがサンの技術者たちだ。「エンジニアのプロ集団」として、3 次元(3D)CADを活用したプレス金型の治具設計や搬送装置の設計などを担当。また、近年では2D からの設備モデリングや点群測定データからのリバースエンジニアリングなどにも着手。業界が直面する課題に最新技術で対応している。専門性の高さから同社の人材育成は難しいが、そんな中でも2 名の若手がそれぞれの課題を見据えながら奮闘している。
3D-CAD のスペシャリスト集団
サンの創業は1997 年。当時は3D-CAD が本格的に商用化され始めた頃で、各自動車メーカーの現場で金型設計支援などに携わっていた創業者の若林啓民社長は、今後の3D-CAD の重要性をいち早く認識。3D-CAD に特化した「エンジニアのプロ集団」を目指し、設立した。
プレス金型の設計を中心に金型間の搬送装置や治具の設計、樹脂部品の製品設計を受託する。近年では2D 図面からの各種設備のモデリングや提供された点群データを用いたリバースエンジニアリング、類似車種や既存設備を測定し、3D データ上で改造するなどの新規受注も拡大している。また、102 名の社員のうち、約8 割は社外にエンジニアとして派遣されており、前述の業務内容に限らず構造解析や剛体解析、剛性評価などのCAE シミュレーション、鋳造関連のロボットシミュレーション、設備レイアウト検討、物流工程シミュレーション、品質評価など幅広い業務に従事している。
解析に関わる業務が多い同社であるが、高度な専門教育の受講者や業界経験者以外も着実に力をつけ、活躍していることが特徴だ。牧田和敏課長は「数学が得意だからといって必ずしも3D-CAD を使用することが向いているとは限りません。パソコンの電源を入れ、CATIA の開き方といったオペレーションを最初から教え、ある程度慣れたらお客様先への派遣を経験し、さらに活きた技術を学んでいきます」と実務の中で、力をつけていく様子を説明する。
とは言え、一人前のエンジニアになるには教育や機会だけではなく、その人材自身の粘り強い努力や知的好奇心が必要不可欠だ。同社で牧田課長が「いないと仕事が回らない」と信頼を寄せるのがプレス技術Gr グループマネージャーの池ヶ谷祐生さん、そして化成技術・リバースエンジニアリングGr の松永博さんだ。
3D(仮想)の世界に呑まれない
池ヶ谷さんは2007 年の入社以来プレス金型の設計を担当している。2022 年からはグループリーダーとして社内で受託するプレス金型の設計案件を把握し、グループ内のほか2 名とともに分担をしながら業務をこなす。
「製品の形状はもちろん工程数などもある程度お客様に指定いただいたうえで金型の設計を始めます。一から考えなくていいから楽にも聞こえますが、指定の条件ではその形状は難しいという場合も多く、検図などを通してのすり合わせがとても大切です」と池ヶ谷さんは自身の仕事内容について説明する。
子供の頃からプラモデルが好きで「モノづくり関係の仕事がしたい」と高校卒業後は地元の製造業関連の専門学校に進学し、CAD コースを受講。ないものがパソコン画面の中で魔法のように形づくられる様子がおもしろく、就職先も「3D-CAD をしっかり使えるところ」を条件に探したという。サンには拾ってもらいました、と入社のきっかけを謙虚に語る。
しかし3D-CAD こそしっかり使える職場だったものの、そこからは苦労の連続だった。ソフトを使いこなせても池ヶ谷さんには「金型」の知識がない。毎日必死に業務をこなしたが、入社2 年目に、自身の設計した金型が大きな不具合を起こしてしまった。
「トランスファー金型のパネルの抜き工程でスクラップの排出を考えておらず、結果、先方でトライをしてすぐにスクラップがぶつかってしまい金型が一部破損しました。今思えばありえないような単純なミスで、このときはずいぶん、社内外に迷惑をかけてしまいました」(池ヶ谷さん)。
そのあとは自分の設計に自信がもてず、しばらくは電話が鳴ると「自分が起こした不具合じゃないか」と電話恐怖症になってしまった。先輩に質問をしようにも何がわからないのかもわからない日々。こうした状態から抜け出せたと感じたのは入社から5 年ほどたったころ。劇的な出来事はなく、ただ黙々と目の前の設計をこなしてきた中で得た手応えだった。池ヶ谷さんは「今ではあまり聞かないような徹夜仕事もやりました。つらかったけれど、そういう仕事の積み重ねで成長できたと思います」と振り返る。
そんな経験を経た池ヶ谷さんが今、グループリーダーとして心がけているのは「チームの対話」だ。受注する案件のスケジュールや金型の基本事項や懸念点はていねいに話し合う。それぞれがベテランで本当は細かい打合せをしなくても仕事は進む。しかし、3D-CAD だけでモノづくりをする同社だからこそ、この時間は欠かせないと池ヶ谷さんは強調する。
「3D-CAD はパソコンの画面の中ですべてが完結してしまうので、仮想でできた『自分の世界』にのめりこみがち。ベテランでも思い込みが過ぎて私自身が新人の頃にしたような、考えられないような単純なミスを犯してしまうことだってあります。第三者の視点を入れて冷静な設計をすることが大切です」(池ヶ谷さん)。
どこまでを追い求めるかの線引きを
一方の松永さんは2022 年の入社。もともとは整備士を目指し、自動車整備士の資格が取得できる高校へ進学した。進路を選択する中で開発設計の仕事に興味をもち、専門学校に行くことを決意。奇しくも学科も池ヶ谷さんと同じCAD 関連の学科を選んだ。卒業後は自動車の樹脂部品などを設計する企業でキャリアを積んだあと、サンに入社した。入社後3 年ほどは自動車外装部品の製品設計などを担当していたが、ここ数年は治具設計や搬送装置設計、特に自動車部品の金型を対象にしたリバースエンジニアリングに挑戦している。牧田課長も「苦労が多いはず」とねぎらうが、松永さん自身は「僕も会社に拾ってもらった身ですからなんでもやりますよ」と明るく笑う。
新車種の製造を開始するにあたり、金型が製作されると、まずトライをし、そこで必ずと言っていいほど現場での微調整が入る。そして、実際の量産に入るのだが、この金型を新たな拠点で運用していこうとした際、図面に残らない「現場の微調整」も反映した金型が必要になる。ここで活躍するのがリバースエンジニアリングである。3D スキャナで金型全体を測定し、そこから得られたデータをもとに実際の寸法を3D データ上で再現。成形不良があった場合、どこをどう微調整したのかを見える化したうえで、今後起工していく金型へとフィードバックしていくためであり、部分的に見込みを付けたデータを作成することを要望されることもある。
松永さんいわく、この仕事で最も難しいのは「顧客の要求を見極め、納期内にデータを仕上げられるか」ということ。3D スキャナは、対象の表面をたくさんの座標(X・Y・Z)として記録していくため、得られるデータは無数の点が浮かび上がったような「点群データ」と呼ばれるものになる。しかし、同時に読み取る際に光の反射などにも反応しそれがノイズとなり、データの表面に月のクレーターのような凹凸が出てしまう。これをきれいにならしていく必要があるのだが、ここで慎重になりすぎると工数がかかる。要求より良いデータを収めても納期がギリギリになってしまったケースもあり、自身の中での課題だ。
「データ上の点群を少しずつ線でつないで滑らかな表面を再現していくイメージなのですが、これにこだわりすぎると、時間がかかるだけでなく実態の形状から離れていってしまう場合もあります。今後もっと経験を積んで引き出しを増やしていくしかないなと思います」(松永さん)。
学ぶべきこと、やるべきことはいくらでも
長年プレス金型設計に関わってきた池ヶ谷さんだが、新しい技術やトレンドを理解しておくことを常に心がけている。ちょっとした顧客との会話やニュースで見聞きした話題はあとから調べ、整理して知識にする。
「取引先の自動車業界が今必要としていることをわかっていないとこの仕事はできません。ウルトラハイテンの冷間プレスやギガキャストなどは特によく話題になります。自動車業界は軽量化への問題意識が高まっています。技術革新の話題は取り逃さないようにアンテナを張っていきたい」(池ヶ谷さん)。
一方の松永さんが現在関心をもつのは社内の教育体制についてだ。
「どうしても当社では、経験を積んで覚えるという側面が多く、池ヶ谷さんのような先輩たちはそれを乗り越えて第一線で働いている。でもそれをこれからの新人に言うのは難しいと思います。3D-CADもしょせんは道具。ベーシックな使い方と考え方をしっかり整理して、応用は自然とそれをもとに考えていけるようにマニュアルをつくっていきたいと考えています」と松永さんは後進に意識を向ける。
常に新たな挑戦と課題に向き合い続ける自動車メーカーを支えるエンジニアとして、目の前の仕事だけではなく、未来に目を向けている。