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プレス技術 連載「世界のなかの日本、日本のなかの世界」

2026.07.13

第19回 久しぶりのベトナムで気づいたこと

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帝京大学 平田 好

ひらた よしみ:外国語学部長 兼 日本語教育センター長。早稲田大学卒業後、1995 年からベトナムを皮切りに世界各国で日本語教育に携わる。2021 年より帝京大学教授。2022 年より日本語教育センター長、2025 年より現職。修士(国際関係学、2000 年早稲田大学)。
 あるシンポジウムに参加するため、3 年半ぶりにベトナムに行ってきました。その昔、通算6 年間も暮らしていた国でありながら、ベトナム社会における常識、習慣、マナー、仕事の進め方などを忘れていたことを痛感する今回の出張でした。

 まず、空港を出た瞬間に「え!夜10 時過ぎているのに、この人混み!?」と、現地の熱気と熱波に飲み込まれそうになりました。初めてベトナムを訪れた外国人が一様に感じる感覚です。

言い値で乗ったタクシー

 出迎えや見送りの人々でごった返し、タクシー乗り場に行く途中に並ぶカウンターから「タクシー(を探していますか)?」と呼び込む声が聞こえてきます。一応、カウンターにいる営業担当者にホテルの場所を伝えて料金を尋ねました。相場よりも少し高い気がしたのでカウンターから離れ、そのままタクシー乗り場(と思われる方向)に向かいました。

 人混みは続き、どこがタクシー乗り場かもわかりません。次々とタクシー営業が近づいてきます。料金を尋ねれば、先ほどのカウンター営業とまったく同じ価格でした。以前の筆者であれば、ここから交渉を始めるのですが、出張直前までの業務多忙と、久々の長時間フライトに加えて、現地の熱気と熱波と勢いに押されて、営業の言い値で乗車してしまいました。

 価格交渉をせず、相場より高い金額を支払うことは非常に悔しいものです。そして、その後、ベトナムで最も利用されている配車アプリは空港でも使えることに気づきました。なんと、タクシー乗り場の近くに、その配車アプリのロゴ表示がある迎車スポットもあったのです。Uber、Grab、DiDi などの配車アプリは、国や地域によって普及しているものが異なります。認められたタクシー業者以外は空港近辺に入らせない方策をとっている地域もありますが、ここではGrab で車を空港に呼べたのです。

 今回は筆者の負けです。しかしそれは、価格交渉の問題ではなく、現地の文脈を読み取れなかったことに対する「負け」だったのかもしれません。

東南アジアのトイレの常識

 次に、宿舎での失敗もお伝えします。シンポジウムの開催前日も、共同研究者との打合せや準備作業があることを考えると、リビングと寝室が分かれている部屋が好都合と考えました。ホテルであれば、スイート(Suite)となるのですが、高級かつ高額なホテルに泊まる余裕はありません。宿泊予約サイトで探したところ、会場となる大学にも近く、なじみがある地区のサービスアパートメントが予算内で短期滞在できることがわかりました。20 年以上前になりますが、現地に駐在していたときに同僚が住んでいたので、施設の様子も雰囲気も知っていました。狙い通り、宿泊した部屋での打合せやPC での作業も快適に進行して、大学でのシンポジウムも成功裡に終わりました。

 明くる朝のことです。用を足したところ、水が流れません。トイレが詰まってしまったのです。フロントに連絡したところ、施設管理スタッフがすぐに部屋に来てくれました。いわゆるスッポン(Plunger)を使って流れるようになり、スタッフから「トイレットペーパーは流さないで、このゴミ箱に捨ててくださいね」と注意を受けました。

 トイレには大きなゴミ箱が備え付けられていました。そうでした!これがあるということは、「トイレットペーパーを流さないことが常識」なのです。どうして気づかなかったのか。この5 年間、日本で暮らしていたことで、東南アジアの常識や習慣に関するアンテナが鈍くなっているのではないかと自己嫌悪に陥った次第です。

 もちろん外国人が多く泊まる高級ホテルであれば国際基準の配管が整備されていてトイレットペーパーが流せると思いますが、それ以外の場所では、たとえ流せるとしても不安定であり、流さない前提とした方が安全です。

チップを払うのもコミュニケーション

 さて、深夜発のフライトで帰国する夜、かつての学生たちが夕食に招待してくれました。30 年前には20 代前半であった彼(女)らも今では、日本の大手企業の現地法人の幹部や、日系企業をクライアントとするコンサルタントもいれば、自分の会社をもっている者もいます。遅れて到着した筆者の前には、ごちそうが次々と並べられ、おしゃべりに花が咲きました。しかし交通渋滞が激しいホーチミン市の事情から、名残惜しくも空港に向かうときが迫ってきました。

 誰かがタクシーを呼んでくれ、何名かがレストランの前まで見送りに来てくれました。スーツケースを車内に運ぶ運転手に何枚かの紙幣を渡している元女子学生は「先生をちゃんと第2 ターミナルに連れて行ってくださいね!よろしく!」とか言っているようでした。社長の貫禄というか風格です。筆者には「先生、支払いは済ませてあるから心配しないでください」と言います。たぶん、相場運賃に加えてチップも渡したに違いありません。

 これもまた筆者の負けとも言えます。空港からの移動で言い値通りに支払ったことで自己嫌悪に陥ったことが恥ずかしくなりました。安全に目的地まで運転してくれる者に対して多少の謝礼を支払うことで、運転手も乗客も気持ちよく車内ですごせます。交渉は交渉で楽しいコミュニケーションとなることもありますが、場合にはよっては言い値で支払ったり、相場の金額に謝礼を加えたりすることもコミュニケーションと言えるでしょう。

 そして、時間通りに空港に到着し、運転手に見送られてターミナルに入った筆者を待っていたのは、とんでもない人混みと保安検査場前の長い行列でした。「え!夜9 時近いのに、こんなに人がいるの!」ベトナム人も外国人も、たくさんの人々であふれかえっていました。利用者数に比較してターミナルが手狭であり、特に国際線はピーク時に飽和気味のようです。

 現在、ホーチミン市から40km ほど離れたところに新国際空港が建設中であり、2026 年度中に運用開始の予定と聞いています。次回来るときには、混雑が緩和されていることを願うばかりです。

人口は30 年間で3,000 万人増加

 3 年半ぶりに訪れたベトナム。この間に人口が1 億人を突破しました。この30 年間では約3,000万人の増加です。経済成長が続き、アジアの「昇り龍」と言われるゆえんでしょう。人混みも渋滞も、その勢いの表れと言えます。今では立派な親世代となった元学生たちの子女の多くは現在、大学生です。ベトナム国内はもちろんのこと、日本や米国やヨーロッパに留学している者も少なくありません。人混みにも交通渋滞にも屈せず、たくましく育ち、高い意欲と能力をもって世界をリードする存在に成長することを期待したいと思います。

 今後トイレットペーパーを流せるトイレがベトナムでも普及していくのかもしれません。でもベトナムならではの習慣もよいものです。それぞれの文化に対して柔軟なアンテナをもちつづけたい。そう思いながら帰国の途につきました。
イラスト:奥崎 たびと

イラスト:奥崎 たびと

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