工場管理 連載「失策学 ビジネスの誤算から紐解く成功の条件」
2025.10.06
第3回 組織全体を危機に追い込む失敗 その3 ─管理体制の視点から─
米国公認会計士/公認内部監査人 打田昌行
うちだ まさゆき:日立製作所傘下の監査支援部門に所属し、国内に加え海外30ケ国以上で内部統制を構築する仕事に12年間従事。 対象企業は100社以上に及ぶ。現職では制度導入の社内研修企画やコンプライアンス教育を実施。著書:『 令和時代の内部統制とリスクコントロール』翔泳社他
失策学のアプローチ
企業をはじめとする組織や団体が人の手によって運用されている以上、さまざまな失敗や失策が起きるのは無理もない。しかし、よく考えるとその失敗や失策には、苦い経験にとどまらず成功に向けた豊富な学びが潜んでいる。失敗を未来の成功の糧として活かすために、失策から成功のヒントを学び取る逆算の発想、つまり失策学のアプローチが必要である。
不正の早期発見に貢献できなかった内部通報制度
製造業による品質不正が頻発している。問題が起きた構造的な原因を振り返るたび、なぜ早期に自浄作用が働かなかったのかと疑問を感じざるを得ない。たとえば、豊田自動織機で発覚した品質不正では、内部通報の制度が活用されることはなかった。それはなぜか。従業員には事態の是正に対する制度の期待感が欠けていたうえ、通報によって被りかねない不利益に対する不安があったと言われる。
時を同じくして認証不正を起こしたダイハツ工業でも、不正発覚の端緒となったのは外部への通報で、内部通報制度は活用されていない。昨今は、一般に秘匿性と信頼性の高い監査法人に通報があり、不正発覚に到る事例もしばしば見かける。不正や反倫理的な行為の早期発見を目指し、301 名以上の従業員を擁する公益通報制度として企業に導入が義務づけられた内部通報制度が有効に活用されるには、どのような工夫が求められ、留意すべきことがあるのだろう。
モノづくりの品質不正に伴う内部通報制度活用の実際
トヨタグループ傘下で起きた品質不正に伴い、各社の内部通報制度の実情を見てみよう。
1. 失敗事例1:ダイハツ工業
第三者委員会による調査報告書には、「最終的に外部機関への通報が、本件問題の発覚の契機に至ったことは、「社員の声」制度(内部通報制度)、さらにはダイハツの自浄作用に従業員が期待や信頼を寄せていなかった証左として、深刻に捉えるべきである。(中略)通報のうち、2022 年では実際に調査に至った案件の約6 割程度は、事案が発生している部署に調査を依頼する形で運用されている」とある。さらに匿名通報者は、通報の信頼性が低いと考え、たとえ連絡先を知っていても調査や対応結果を伝達しなかったことが、制度や自浄作用に対する従業員の疑念を深める要因となったと指摘する。
2. 失敗事例2:豊田自動織機
同社でも、なぜ内部通報の制度が活用されなかったのか、「その大きな理由の1 つとして、管理職が現場の問題に正面から向き合ってこなかった結果として、内部通報をして事態が是正されるとの実感を持つことができず、かえって、内部通報を行った結果、事実上の不利益を受けることを危惧するなど、心理的安全性が確保されていなかったという事情も存在するものと思われる」。特別調査委員会の調査報告書は、このように伝えている。
失敗から逆算するための解説
不正や不適切な反倫理行為が企業内で放置される期間が長ければ長いほど、被る損害も大きい。そのため早期発見が要となるが、その一助が内部通報制度である。
通報による案件の調査は、通報者保護の観点から秘密裡に行うのが通常で、それに携わる者は通報窓口と通報部署に利害関係のない者による必要最低限とするのが一般的である。また通報が匿名でも連絡先を把握する限り、調査と対応結果をフィードバックし、通報者の制度への信頼性を高める必要がある。
失敗事例1 では、驚くことに、通報の対象となった部署自体に調査を依頼していた。利害関係のある部署が調査をしては、客観的な事実の解明は期待できない。調査や対応結果を通報者に伝えなければ、通報が無視されたと解されかねず、制度の自浄作用に期待するどころか疑念が深まる。不正発覚の引き金が外部への通報であったのは、当然の帰結かもしれない。
制度を活用するには、勇気が要る。少なくとも心理的な敷居は高い。それに加えて、通報で不利益を被る恐れがあるなら、一体誰が通報をするのだろう。失敗事例2 のように制度利用に心理的な安全性がなければ、制度は絵に描いた餅と同じになってしまう。
失敗から逆算して得られる豊富な教訓
失敗にこそ、本当の教訓が隠されている。よりよい管理体制を首尾よく構築するため、企業の規模に関わらず、今回の失敗から成功への対策を学びとる必要がある。
1. 内部通報制度の周知と信頼性の確保
企業は次の事項を踏まえ、公益通報制度による通報で不利益を被ることがないことを周知し、制度を運用する具体的な方針や通報で改善された事例を周知して、信頼性を高める努力をすることが重要である。それは制度の形骸化を防ぎ、最終的に不祥事の早期発見につながることを改めて強調したい。
■制度は事業主に雇用されたすべての者が利用可能で、正社員、派遣社員、アルバイト、さらに役員も利用できる。
■通報窓口に指定された従事者は、通報者の利益を守るために守秘義務が課され、漏らせば30 万円以下の罰金として刑事罰が科され、異動や退職後も守秘義務は続く。
■通報を理由とした解雇、降格や減給は無効、会社は通報を理由に通報者に損害賠償を求めることはできない。
2. 通報に基づく調査や対応結果のフィードバック
通報の信頼性を高めるため、弁護士事務所や監査法人に通報窓口を委託し、併用する会社を見かける。しかし、たとえ通報があっても、調査や対応の結果を通報者に戻さなければ、最終的な信頼は勝ちとれないであろう。地道な信頼づくりの積み重ねが、大きな信頼と成果をもたらすにちがいない。