機械設計 連載「機械設計者のための金属材料の基礎と不具合調査の進め方」
2025.10.20
最終回 不具合調査の進め方
福﨑技術士事務所 福﨑昌宏
正常品との比較
不具合品の目視検査や写真撮影など非破壊検査が完了したら,次は切断などの作業を伴う不具合調査を行う。具体的な調査内容は不具合の種類や材料の状態によって変わるが,大きく分類して下記の4項目がある。
1.成分分析
2.金属組織観察
3.硬さ試験
4.加工工程の確認
これらの調査を正常品と比較して行い,どのような異常が起きていたのかを突き止める。それによって不具合の原因を考察する。
1.成分分析
成分分析の目的は材料の特定である。成分分析はミルシートなどに記載されている合金成分や不純物元素の分析である。化学組成,化学成分と言うときもある。成分は材料の特性や組織を左右する大事な項目であり,最優先で調べる項目である。分析方法としてはICP-OES,発光分光分析装置,GD-OESなどがある。ほかにも特定の元素の分析に特化した装置がいくつかある。これら装置はppmレベルで分析が行える。
また,すべての金属材料に共通することとして,金属材料は多かれ少なかれ成分の偏析が存在する。一方,成分分析は製品のわずかな量(ICP-OESで約0.5 g,固体発光分光分析で数十g)を採取して分析を行っている2)。そのため,分析採取位置が非常に重要になる。ミルシートと分析結果が近いほど,その材料は偏析が少なく均一な状態であると言える。ミルシートと分析結果がやや離れているときは偏析が大きい可能性がある。あまりにも結果が違うときは最悪の場合,材料の取り違いが起きている可能性もある。
2.金属組織観察
金属組織観察の目的は適切に製造されているかの調査である。金属製品は最終形状にするまでに,鍛造,圧延,熱処理,プレス,表面処理など,さまざまな加工を行う。このような加工履歴は材料の組織に直接的に影響する。それは,結晶粒径,マルテンサイト組織,時効析出物,加工の方向などによって表される。このような金属組織は,通常の金属組織観察で確認できる3)。
組織観察するときに重要なのは採取位置,サンプル数,観察向きの3 項目である。採取位置は不具合発生場所として製品の品質上重要だが,表面または中心などの位置関係も重要である。サンプル採取位置が1 カ所のときもあれば,サンプル採取位置を複数箇所にするときもある。サンプル数を増すほど組織の状態がよくわかるが,増やしすぎると時間とコストがかかる。観察向きとは,製品の縦,横,高さのどの方向を観察するかである。金属組織は3 次元的な構造をしている。3 次元的に均一な組織もあれば,加工方向などにより特定の方向で組織が方向性をもっているものもある。そして,不具合品の組織観察をするときには,正常品も同じ位置,向きで試料採取して,同様に組織観察をして結晶粒径などを比較する。
最近では,光学顕微鏡観察の後にSEMなどによって詳細な組織観察や不純物介在物のEDX分析を行うことが多い。SEMなどの電子顕微鏡では試料の導通が必要になる。金属試料を直接SEM観察するのであれば問題ないが,樹脂埋めすると導通がとれなくなるため,コーティングが必要になる。また樹脂の中にはSEM観察するために,導通フィラーを添加した樹脂が販売されている。組織観察を行うときはそのことも考慮する。
3.硬さ試験
硬さ試験の目的は機械的性質の調査である。機械的性質には引張応力や伸びなどの項目があるが,毎回できるわけではない。硬さと引張応力には関連性があり,硬さ試験は金属組織観察程度のサイズの試料があれば行える。硬さ試験は機械的性質の調査として手軽に行える4)。また熱処理品の品質は硬さで評価することがほとんどである。金属組織が適切であれば,硬さを大きく損なうことはない。広い範囲で平均的な硬さを調査したいときはブリネル硬さ試験,狭い範囲で調査したいときはビッカース硬さ試験やロックウェル硬さ試験を行う。
4.加工工程の確認
加工工程を調べる目的は,製造上の異常が起きていたかどうかの確認である。通常,時間,温度,電圧などの条件は記録される。そしてトラブルが発生すれば,工程内不具合となるが,ここでいう異常とは記録に残りづらいオペレーターの感覚的なものである。普段よりも材料が硬めで加工しづらくなかったか,熱処理のための電気炉セットで普段よりも時間がかからなかったかなどのことである。もし材料が硬ければ,組織の異常が考えられる。電気炉のヒータが劣化していれば,温度セットに時間がかかり,均熱も悪くなり,炉内の場所による熱処理条件の変化などが考えられる。
近年は作業の可視化,言語化が進んでいるが,金属加工の分野では可視化,言語化しにくい領域がある。そのようなオペレーターの情報が解決の手がかりになることもある。このような確認を円滑に進めるために,現場の5S 活動などが十分に行われていることが重要である。
原因考察と対策立案
金属材料に必要以上の応力が負荷されると割れなどの不具合が発生する。そして,割れた破面などを観察することで破壊の状況を考察する。不具合の原因考察のために金属組織や金属材料の知識が不可欠になる。そして,対策立案のためにはそのほかにモノづくりや生産技術としての考えも必要になる。例えば「製品が割れた」という状況において,「製品品質に問題があった(不良品だった)ために割れた」ときと「製品品質にはまったく問題がないけれども割れた」ときではまったく意味が異なる。
製品品質の不良であれば,きちんとした製品を製造するために作業手順書による教育,重要なポイントの説明などが必要である。しかし,製品品質に問題がないときは,予想以上の応力が負荷されていないか,制御しなければならない製造パラメータがほかにも存在するかなどを確認しなければならない。製品不具合自体の原因と製品不具合が発生する原因の両方についてそれぞれ対策をとることが本当の不具合対策になる。
図1 に原因考察のフローチャートを示す。製造不良は製造過程で問題が起きたために製品品質に問題が発生した,いわゆる不良品である。過剰品質は製品品質に問題がなくても過剰品質の規格のため,不良品扱いされること。図面不良は図面に問題があるため,図面通りに製造しても不具合が起こること。設計不良は図面において元になる強度設計などが間違っており,これで製造されたものが不具合を起こす。使用不良は誤った使い方をしたために起きた不具合であり,適切な使用方法を徹底する。
不具合の原因が明確ではなくても不具合が起きるときは起きてしまう。このときの原因特定には特性要因図,散布図,層別などのQC7つ道具が有効だが,時間がかかることも多い。そして,原因特定ができたときには新たな知見やノウハウが得られる。これらが積み重なって「技術力」となっていく。
参考文献
1)(著)C. R. Brooks,A. Choudhury,(訳)加納誠,ほか2 名:金属の疲労と破壊,内田老鶴圃(1999)
2)(公社)日本分析化学会:分析化学 実技シリーズ 機器分析編4 ICP発光分析,共立出版(2013)
3)材料技術教育研究会編:改訂版 金属組織の現出と試料作製の基本,大河出版(2016)
4)武井英雄,中佐啓治郎,篠﨑賢二:機械材料学,オーム社(2013)