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機械設計 連載「若手技術者戦力化のワンポイント」

2025.02.18

第7回 若手技術者に技術の本質を理解させるためには?

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FRP Consultant 吉田 州一郎

よしだ しゅういちろう:代表取締役社長。東京工業大学工学部卒業後、Fraunhofer Instituteでのインターンを経て、同大大学院修士課程修了。繊維強化プラスチック関連の技術指導や支援を企業に行いながら専門性鍛錬を行う一方、技術者に特化した育成事業を法人向けに展開。自らの10 年以上にわたる研究開発と量産ライン立上げ、国内外企業連携によるプロジェクト推進の経験を踏まえ、繊維、機械、化学などの企業の研究開発現場での技術者育成の指導、支援に尽力。福井大学非常勤講師。
若手技術者戦力化のワンポイント
「若手技術者に技術の本質を理解させるための具体的なアプローチがわからない」とき、「インターネットではなく、紙媒体の専門書で調べさせる」ことを徹底する

はじめに

 技術者が業界不問の普遍的スキルを身につけ、それを実践するにあたって重要なのは、技術の本質に対する“執念”だ。自ら課題を見つけ、その解決に向かって能動的に動ける技術者に共通するのはこの“執念”であることを筆者は強く感じている。しかし、実際にリーダーや管理職の方が、部下である若手技術者を技術の本質に向き合わせようとした場合、最初に何をやるべきかについて明確な答えを持っていないことも多いと考える。

 今回は若手技術者に技術の本質を理解させるための、具体的なやり方について解説する。

若手技術者戦力化のワンポイント

 「若手技術者に技術の本質を理解させるための具体的なアプローチがわからない」とき、「インターネットではなく、紙媒体の専門書で調べさせる」ことの徹底を推奨する。技術の本質を理解させるにあたり、効率を求めてはならず、情報の質がある程度担保された技術情報に触れさせることが肝要だ。

技術の本質を理解することは、若手技術者の課題発見力とその解決力の礎となる

 なぜ、若手技術者にとって技術の本質を理解することが重要なのかについて考えたい。冒頭で述べたとおり、若手技術者に求められるのは、課題発見力とその解決力である。

 課題発見力は、目の前に出てきた技術データやチャート、実験や試験中の音・動き・着色などの事象を見た際、何かあるのではないかという探求心を持てる力といえる。ほかの技術者が当たり前と見ていることに対し、何となく感じた変化や違和感を突き詰めようとすればするほど、そのよりどころとして技術的な理論である本質を知りたくなるのが、技術者の心理だ。経験のあるリーダーや管理職は、この知的好奇心の受け皿として技術の本質に触れさせる道筋を若手技術者に教える必要がある。知りたいという欲求が満たされた若手技術者は、さらにさまざまなことに興味を持つだろう。この繰り返しこそが、課題発見力醸成手法の定石だ。

 一方の課題解決力は、技術の本質である技術理論を念頭に、創意工夫をしながら解決に向けた“具体的な手順”を考えられる力と言い換えることができる。課題解決に向けて抽象的なことを言うのは、それほど難しくはない。重要なのは課題解決策の“具体性”だ。技術的な課題に対する具体的な解決法を述べるにあたり、技術の本質である技術理論が不可欠である。技術理論は、さまざまな事象に対して何かしらの規則性を示す数式を含むことが一般的だ。そしてこの数式を用いれば、さまざまな事象を“予測”できることが多い。この予測こそが、課題解決力の根幹だ。予測はすなわち“仮説”であり、この仮説があるからこそ、どのようなことを行えば課題解決できるのかという戦略の立案が可能となる。技術者の普遍的スキルの一つであるグローバル技術言語力1)と課題解決力に関係があるのは、技術理論に関連した数式を用いた数学的思考が必要なことからも明らかといえよう。

若手技術者が技術の本質を理解していないとは具体的にどのようなときか

 若手技術者が技術の本質を理解していない、とはどのような状況か。これについて、1 つ実例を紹介したい。

 筆者が、ある企業で新卒の技術職向けの新人技術者研修を行ったときの出来事である。研修中に熱伝導率に関する話が出た。筆者から参加者である新人技術者の方々に「熱伝導率を知っているか」と問いかけたところ、全員が知っていると答えてくれた。

 このやりとりの後、「熱伝導率」はどのような意味か説明してほしいと問いかけたところ、複数の新人技術者の方が「熱の伝わりやすさの指標」という趣旨の発言をした。もちろんこの回答で最低限の技術的回答という意味では問題ない。しかしながら、技術の本質を求めるためには次の要望が重要となる。それは「熱伝導率を技術的観点から具体的に説明をしてほしい」というものだ。

 この要望に対して、当日研修に参加していた新人技術者は誰も明確な答えを示すことができなかった。もちろん、明確な答えができるに越したことはないが、ここで理解してほしかったのは“技術の本質を理解する”という観点でいうと、自らの知見は不十分であるということだ。技術の本質の理解を求める問いに答えられないことは、言い方によっては“何となく知っている”という、「感覚的理解」の域を超えていないともいえよう。これは技術の英語であるエンジニアリングではなく、感覚的な要素の強い“カンジニアリング”なのだ。カンジニアリングにとどまっている時点で、それは技術的な本質を理解しているとは言えない。

技術の本質に近づくためには、技術理論を基本に説明する

 技術の本質を意識しながら、例として示した熱伝導率を技術者はどのように説明すべきか。最重要なのは、技術理論を基本とした説明を行うことである。熱伝導率を説明したいのであれば、下式に示す理論式を基本に説明できれば問題ない。
「熱量をQ、面積・厚みがそれぞれAとdの隔壁で隔てられた部屋のうち、高温側、低温側それぞれの温度をTa、Tb としたのが、式中の文字の意味である。左辺は時間t 当たりに、隔壁を通じてどの程度の熱量が移動するかを示している。右辺は隔壁の面積Aに比例し、その厚みdに反比例することが示されており、これは隔壁の面積が大きく、厚みが薄いほど熱が伝わりやすいことを示している。同右辺中、(Ta-Tb)は隔壁によって隔てられた2 つの部屋の温度差を示しており、当該温度差が大きいほど隔壁を通じて移動する熱量が大きいことがわかる。同様に係数として示されるkが熱伝導率だ。隔壁の形状や温度差に不変の係数であることから物質由来の定数で、単位はW/mKが一般的である」。

 熱伝導係数1 つをとっても、技術的な本質である理論を押さえて説明しようとすれば、このような表現になる。「熱の伝わりやすさの指標」という表現と比較し、技術的な意味が述べられていることがわかるはずだ。若手技術者は用語1 つに対しても、丁寧に技術理論を押さえる姿勢が重要だろう。

 一点注意すべきは、このような内容を説明できるよう覚えることが必須ではないことだ。企業に勤める技術者に求められるのは、学生のように試験の点数が取れることではない。本質を説明すべき状況になった際、もし若手技術者の理解に不足があれば、一度持ち帰って若手技術者自身が調べ、そこで得られた資料や情報を見ながら説明できれば十分だ(図1)。または必要に応じて、リーダーや管理職がその旨の指示をすれば問題ない。ただし、技術の本質に関する調査をするにあたり、若手技術者が留意しなければならない観点もある。
図1  技術の本質を説明するにあたり、すべて暗記する必要はない

図1  技術の本質を説明するにあたり、すべて暗記する必要はない

若手技術者には、技術としての妥当性が担保されていないインターネットを使わせない

 インターネットはさまざまな情報をタイムリーに入手できる、大変有効なツールだ。最近は多くの論文や文献もインターネットで入手可能であるのは、技術者にとって大変大きなメリットがあると思う。しかしながら、実務経験が不足する若手技術者に対して技術の本質を理解させるにあたり、リーダーや管理職はあえて若手技術者のインターネットによる調査を禁ずることを推奨する。

 実務経験をある程度有する技術者であれば、インターネットから得られた情報であっても、その情報元が信頼に値するのかなどの検証を行い、その判断ができるはずだ。その一方で実務経験の浅い若手技術者が、そのような技術情報の質に対する妥当な判断を行うことは、必ずしも容易なことではなく、場合によっては誤った情報をうのみにしてしまう可能性もある。このようなリスクを回避する意味でもインターネット上の情報と異なり、校閲が行われる紙媒体に限定して調べさせることが重要だ(図2)。技術的な本質に触れるような情報は、科学辞典や専門書のような紙媒体にも記述があるからだ。そしてインターネットはSEOスコアなどにより、検索サイト運営企業によるバイアスがかかっている可能性が高く、本当に必要な情報が手に入らないことも珍しくない。
図2 技術的な本質理解には紙媒体での調査が重要

図2 技術的な本質理解には紙媒体での調査が重要

 加えて正確な情報を得るためには、それ相応の手間がかかることを若手技術者に学ばせるという観点もある。検索キーワードを入れれば答えが出ることに慣れすぎると、技術の本質を理解する重要な取組みにおいても、無意識に効率を重視するようになる。結果、若手技術者が主観により業務のやり方や情報を選定してしまう。この流れができてしまうと、若手技術者の基礎力に偏りが出るだろう。若手技術者は業務効率を考える以前に、技術の本質を見いだすには何が必要なのかを理解しなくてはならない。何度も述べているとおり、技術者育成に効率という考え方はご法度だ。

まとめ

 技術の本質を若手技術者に理解させることは、課題発見力とその解決力向上に直結する。技術の本質は技術的理論と密接な関係があり、数式を用いた説明をできるようにすることは、技術の本質理解に向けた取組みの代表例といえる。ただし、若手技術者は技術の本質すべてを頭の中に入れておく必要はなく、必要に応じて調べたうえで自らの口で説明できるようにすることが求められる。この調査では効率を重視してインターネットを使わせず、辞典や専門書などの紙媒体で調査することをリーダーや管理職は徹底しなくてはならない。なお、若手技術者に紙媒体での調査を進めさせるにあたり、リーダーや管理職はどのような紙媒体を調べるべきかの最低限の情報提供、ならびに不足があるようであれば会社負担でそれらを準備する対応は必要であることを加筆しておく。

 若手技術者を即戦力にするため、技術の本質を理解させる継続的な取組みが重要であろう。
参考文献
1 )吉田州一郎:第10 回 技術者のグローバル化に必要な「数学力」と「文章作成力」の鍛え方、機械設計、Vol.67、No.1(2023)

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