自動車の計器類の確認や空調、オーディオなどの端末操作に関わる構造部品の1 つであるインストルメントパネル。視認性、操作性だけでなく、衝突時の乗車者保護機能といった安全・安心にも大きく影響する重要な部品でもある。エスバンス(大阪府枚方市)はこうした自動車内装部品に加え、外板部品の射出成形金型の専業メーカーとして技術を蓄積してきた。自動車部品はデザイン性を高めるため、絶妙な曲線や意匠面があり、成形する金型もまた複雑、大型化している。品質・機能が高度化する大型射出成形金型の製作現場で、金型づくりに真摯に向き合う技術者と経営目線で考えながら合理化に取り組む若手技術者が奮闘している。
失敗からは謙虚に学び、成功は次への意欲にする
自動車の内装部品や外装部品を成形する大型射出成形金型を手掛けるエスバンス。同社の金型が生み出すインストルメントパネルは計器類の視認性や装備されている情報端末のさまざまな操作のしやすさに、バンパーやテールゲートなどはデザインに影響する要素であり、衝突時の歩行者・乗車者の保護という機能・安全上の役割も併せもつ重要な部品だ。デザイン面では絶妙な曲線や表面品質、意匠性を再現し、機能面ではさまざまな機器や構造部品と関係するため形状は複雑化し、金型の形状も複雑になる。また、成形性を高める機能・機構が盛り込まれるため、構造も複雑になり、設計、機械加工、組立てのあらゆる面で知見とつくり込みが欠かせない。
現在、金型製作の機械加工において、切削加工で形状をつくり上げる傾向が進みつつあるが、深い溝やリブ形状の加工では、材料と主軸・ツールホルダとの干渉や工具摩耗など、技術とコストに関する課題も多い。そうした課題に対する有効な策が形彫り放電加工である。同社の金型の製作にも形彫り放電加工が欠かせない。その欠かせない工程に欠かせない技術者が勇和紀さんと宮本尚さんである。
勇さんは生産部加工技術グループ放電チーム主任として、形彫り放電加工用のグラファイト電極の製作と形彫り放電加工を担当する。
「いくつか職を経験してきて、縁があって金型づくりに携わるようになりました。何もわからない自分のことをあきらめずにていねいに指導してくださった方に、中途半端な姿は見せられない」と感謝の思いを日々の仕事のモチベーションにしている。
板金製品の組立てとトラック運転手を経て、エスバンスで金型づくりに関わることとなった。金型づくりとの関わりはこれまでの職業観を大きく変えた。
「トラック運転手を始めとする物流業は、荷物を時間までに必ず届けなければなりません。先輩には『早く届けて、自分の時間をつくれ』と言われてきました。定められた場所に定刻に荷物を届けること、早さも大事なことはわかりましたが、顧客である荷主や届け先に寄り添えているか疑問でした」と勇さんには違和感があった。
「早さを優先すると、荷積みが雑になり、安全運転の意識が薄れることがあります。雑な荷積みでは到着時に荷物がくずれていて、せっかく届けたのに役割が果たせず、お客さんの期待に応えられない。しかも、金銭的な損害が生じた場合の責任は自分がとらなくてはいけない。それでも早さが優先される価値観に疑問をもつようになりました」(勇さん)。
そんなときに、エスバンスに勤める知人に出会った。その知人の紹介がきっかけで採用試験を受けることになり、これまでの経験や仕事に対しての考え方が評価され、金型技術者としてのキャリアが始まった。これまでのキャリアの中で、試行錯誤しながら、失敗した場合はすぐに改善に取り組み、原因を把握し対策を施して次に同じことを繰り返さないようにし、うまくいったときは自信にして次へのモチベーションにしてきた。
勇さんが日々の業務で常に忘れないようにしていることも失敗から得た教訓である。それは「慣れてきたときや『わかった』と思っているときが最も危ない」ということ。
入社2 年目のある日の加工中、オペレーションしていたグラファイト電極加工機の主軸を損傷させてしまったことがあった。原因は加工対象物の形状と寸法を十分に確認しないまま、深さ方向を加工したため。加工対象物の形状・寸法と加工データが適切かどうかを確認しておくことで、防げたトラブルだった。
「機械操作を覚えて、仕事に慣れてきた頃でした。緊張感がなかったのです。最も基本的な手順を踏まなかったために起こってしまったことであり、『“確認不足”のひと言では済まされない』と仕事への向き合い方を考えさせられました」(勇さん)。猛省し、手順を遵守するという基本の徹底の重要性を再認識。常に緊張感をもつことを意識している。
失敗からは謙虚に学ぶ。一方で自ら考えて取り組んだことでは結果をしっかりと出し、自信を深めた。同社が手がける金型に必要な電極の数は1 面につき、300 個程度。その数を普通に製作するだけでも、計画に基づいて効率的に製作を進める必要があるが、緊急で対応が必要な加工依頼を始めとする突発的な事案をこなしつつ、切削など前工程を経た材料に放電加工を施して滞りなく次工程に進めるには、放電加工の段取りなどを見越して、過不足なく、必要な電極が整っている状態にしておく必要がある。そこで取り組んだのが、1 回の段取りで最大の数の電極が製作できるようにする仕組みづくりだ。「サブ座標の活用」である。
オペレーションを担当するグラファイト電極加工機にはサブ座標を活用できる機能は備わっていたが、これまで使われておらず活用には至っていなかった。
「『ひょっとしたら使えるかも』という思いで、調べてみたら使えました。既存の機能でしたが自分で調べてCAM データの作成者に協力を依頼して、狙い通りマシニングセンタが動いてくれたときはうれしかったです」と勇さんは飾り気のない言葉で当時抱いたことを振り返る。小さな成功体験だったことを明かすが、それ以上の手応えを感じた。
「自分で思いついたことを自分で調べて、仲間と協力して、狙ったことができました。これまでの仕事では経験することが多くなかった達成感が得られました」と勇さんは意味をかみしめる。金型製作に携わることで、勇さんは仕事のおもしろさを再認識し、素直な喜びを語る。
上司である藤田誠執行役員生産部加工技術グループ長は「自社で使用する電極の製作効率が高まることで、これまで協力工場に依頼していた数もこなせるようになりました。金型製作コストに効いていますし、この取組みが進めば、他社からの電極製作を請け負える可能性も出てきます。事業経営の面にもつながりそうです」と勇さんの取組みを評価する。
経営目線で考えながら、仲間も支える
金型づくりを通じて、働くことに誠実に向き合い、手応えを力に変えている技術者に加えて、効率的に仕事を進めながら納期・品質ともに顧客の期待に応えようとする意識の高い技術者の存在もまた、エスバンスの金型を支えている。生産部CAM グループ第2 CAM チームの宮本尚さんだ。電極を切削加工するための加工データの作成を担当する。
父親が電機メーカーに勤めていたことで自然にモノづくりに興味をもち、中学生のときから「将来は製造業に携わる」という意識をもった。工業高校へ進学し、卒業後は就職して自己の能力を磨き、「社会に貢献する」というビジョンはぶれることなく、金型メーカーであるエスバンスに入社した。入社後はグラファイト電極加工機で電極を製作する担当者として意欲的に業務に取り組んだ。そんな宮本さんが評価を高めるのには時間はかからず、適切な品質の電極を、効率良く製作するためのカギとなる加工データ作成を担当するCAM グループへ異動になった。ここから宮本さんは真価を発揮する。
「物事を効率的に無理なく進めていくことを日頃から考えています」と自身の価値観のとおり、業務に対して思考すると、マクロの活用による加工データ作成の効率化の可能性に気がついた。
「保有しているCAM の1 つがマクロを活用できるCAM でした。うまくいけば合理化できると感じました」(宮本さん)。CAM のオペレーションを研究することに加え、CAM の開発元にも問い合わせながら自習し、電極製作に最適なマクロの活用法を習得した。この取組みについて、宮本さんの上司でもある藤田グループ長は「効率化を含めて、新しいことを軌道に乗せるには入念な準備が必要で、不具合に向き合うことにもなります。時間がかかるのです。手間を惜しまずに献身的に取り組んでくれました。言われたことをこなすだけの人が多い中でありがたい存在」と宮本さんをねぎらう。
「効率的な加工データを電極製作工程に供給して、滞りなく進んでいることがわかるとモチベーションになります。地道な取組みが金型製作の品質、効率化につながると信じています」と宮本さんは全体最適の視点で金型製作を考えている。
金型づくりの理想を追求する
こうした自律した技術者の宮本さんは同僚からの信頼も厚い。勇さんは「入社したときに宮本さんからも仕事を教わりました。ていねいにわかりやすく教えてくれたので、安心して仕事を覚えることができました」と感謝を示す。
そんな宮本さんが目指すのは、金型製作の効率化をさらに進め、エスバンスの金型づくりの競争力アップに貢献することだ。
「長い時間をかけて、ていねいにつくり込むことも大切ですが、効率的に高品質の金型をつくるということを意識していきたい。もっと自動化を進めて工作機械メーカーでは想定しないような目線での自動化体制を構築したいと考えています」。
また、勇さんは「電極製作と放電加工の工程を任せてもらって、自分の中でいろいろなことがつながり始めました。2 次元コードを活用する自動化なども仲間と協力して仕組みを構築しています。教えてもらったり、教えたりしながら専門性を高めたい」と意欲的だ。
自分の役割を理解し、目標をもって真摯に金型づくりに取組む技術者が名門金型メーカーをさらなる成長に導く。