型技術 連載「巻頭インタビュー」
2026.05.01
新設の「AMイノベーションセンタ」から量産への適用を見据えたAM技術を展開―DMG森精機
DMG森精機㈱ 執行役員 兼
DMG森精機Additive ㈱ 副社長
廣野陽子氏
Interviewer
九州工業大学 大学院情報工学研究院 教授
楢原弘之氏
工作機械の最大手・DMG森精機が、新たな成長軸として金属積層造形(AM)事業を強化している。切削加工と積層造形を融合したハイブリッド加工機や、加工プロセスの最適化、さらにはユーザーの量産適用を見据えたトータルソリューションまでを一貫して展開し、AMを「使える生産技術」へと推し進めている。同社AM担当執行役員の廣野陽子氏に話を聞いた。
楢原
本日はよろしくお願いします。JR 奈良駅を出てすぐに、今日訪れている木目調の外観のきれいなビルが目に入りました。このビルは最近できたのですか。
廣野
ここは3 年半ほど前の2022 年7 月に開所しました。当社のグローバル本社が東京都の潮見(江東区)にあるのですが、BCP(事業継続計画)などの観点から第二本社も設けておいた方がよいのではないかということで、創業の地の奈良県にこのビルを建てました。幸運なことに隈研吾さんの建築事務所にデザインしていただいて、歴史深い奈良の町に溶け込むような建築に仕上げていただけました。
楢原
その第二本社に2025 年4 月、御社のAM(AdditiveManufacturing)技術を網羅した「AMイノベーションセンタ」を開設されました。このセンター開設の目的などについて、お話いただければと思います。
廣野
センター名にある「イノベーション」は、似た言葉の「インベンション」とは意味が異なります。インベンションはゼロから1 を生み出す「発明」を意味しますが、そうして生まれたものを量産の実現までコツコツと進めていくことまでは含んでいません。AMイノベーションセンタの名称には、誰かがゼロから生み出したアイデアをイノベーション(革新)によって一緒になって具現化して、量産につなげていこうという思いが込められています。ですから、AMイノベーションセンタは、当社の工作機械に使用しているAM部品について、その設計者らがアイデアを得たときに皆でワイワイ相談しながら試作したり、どうつくるのが一番安くて良いものができるかを検討したりする場をイメージして設立しました。
もちろんショールームの機能も備えていて、機械やワークの実物を見たい、AMを試してみたいと考えているお客様にも多く足を運んでいただいています。センター内には実機はもちろん、AMの原理を解説する動画やポスター、あるいは当社の金属3Dプリンタで作成したワークのサンプルも多数展示しています。
楢原
センターにはどのような方が来られますか。
廣野
製造業では生産技術の方ですね。生産技術は設計されたものを効率良く品質良く生産する体制をつくるのが仕事だと思いますが、生産技術の方が「これは革新的な製法だ」と感じると、次は設計の方と一緒に訪れて「これなら設計も変えられる」と盛り上がり、今度は品質保証の方も連れてきて具体的な意見が飛び交うといったように、お客様のコミュニケーションの場にもなっています。そこではわれわれのノウハウや技術の情報共有も行って、お客様の困りごとややりたいことをともに検討することも行っています。
楢原
日本のAM分野を盛り上げるうえで非常に良い場をつくられたと思います。ところで、廣野様はDMG森精機のAM担当執行役員であるとともに、新会社のDMG森精機Additive の副社長という立場にもあります。新会社の設立の経緯などをお聞かせください。
廣野
DMG森精機Additive はAMイノベーションセンタと同じタイミングの2025 年4 月に第二本社内に立ち上げました。われわれは2013 年にDED(Directed Energy Deposition)方式の金属3D プリンタを発表して以来、グループ全体で10 年以上AMに取り組んできました。これまでは新技術の開発へ投資する面が多かったのですが、昨今では引き合いや具体的な造形の案件がかなり増えてきたので、ここが新会社立ち上げのタイミングと判断しました。1 つの会社とすることで技術開発と市場開拓を両輪で回しながら適正な投資を行い、持続可能な事業として、お客様へより早くより質の高いトータルソリューションを提供し続けていくということをミッションと捉えています。
環境対応面でAM導入を検討する企業も
楢原
国内のAM技術の状況についてはどのように見ていますか。
廣野
当社が国内生産している金属3D プリンタに「LASERTEC 3000 DED hybrid 」という機種があって、5 軸切削加工と金属積層造形を1 台で行えてオプションで研削加工もできるというものなのですが、実はこれが一番売れているのが日本なのです。AMというと米国や欧州で広がっているイメージがあって、実際これらの国々ではAMが活況なのですが、日本でもわれわれとともに量産に向けてさまざまな試験やデータ収集などをコツコツ行ってきたお客様がいて、ようやくここ数年で導入が進み始めたと感じています。
楢原
日本でも導入が増えているということですが、さらなるAMの普及に向けた日本の課題はどう捉えていますか。
廣野
日本はAMに向いている国かもしれないと思っています。米国はまずやってみるというのは早いですが、できたものを量産へもっていくのに時間がかかっています。欧州は先に規格標準をつくるところにフォーカスしがちで、現場からのフィードバックを得るというより上から下へ順番に進めていくという文化圏だと思っています。その点、日本は現場で起きていることが研究者や開発者へぐるぐる回っていくという傾向が強い。日本ではAMが遅れているとよく言われますが、そうではなくて、規格標準のチェックや社内体制の構築、品質保証のあり方などをコツコツ調査しながら、メーカーとユーザーがともに開発を行うオープンな文化も取り入れて、ていねいに導入・活用の準備を進めるお客様が多い印象があります。ですから日本は、こうした新技術、新工法を導入するのに向いた文化圏なのではないかなと思います。
楢原
AMが向いている製品や分野などはありますか。
廣野
私が2019 年にLASERTEC 3000 DED hybrid を開発したいと考えたときに、この技術が適していると思ったのはダイカットロールやロールダイですね。これらは紙や不織布などを任意の形状に切ったり、模様や切り取り線をつけたりするためのロール状の刃型で、不織布マスクやスキンケア用のシートマスク、紙の箱などを製造するのに使用されます。
ダイカットロールやロールダイの製作では焼入れを行ったり、その後に切削や研削を行ったりと手間もコストもかかりますが、AMだと安い材料でできたシャフトの上に、刃など必要な部分だけ硬い材料を盛ることができます。材料コストはもちろん、リードタイムも短縮できるので電気代も抑えられますし、機械を稼働させる時間が短くなればCO2 排出量も削減できます。同様の理由で向いているのが部品や金型の補修です。例えばポンプのシャフトなどでベアリングが噛んでいるところだけがダメになったときに、従来は傷んだ部品を捨てていたそうですが、損傷部位にAMで肉盛りをして削ればまた使えるようになる。リードタイムもコストも削減できます。
ここ数年になって環境対応の有無が企業価値に直結したり、スタートアップだと環境対応がなければ出資者が集まらなかったりすることもあって、環境対応面から導入したいという声もいただいています。
楢原
これからも応用の分野が増えそうな期待がもてますね。
廣野氏が開発を担ったDED 方式のレーザー金属積層造形機「LASERTEC 3000 DED hybrid 」
社会人ドクターへの挑戦を支援
楢原
最近、新卒の初任給を上げる企業が増えている中で、御社ではいち早く、博士号をとった学生に破格の初任給を提示したことが大学関係者の間でも話題になりました。一方で、多くの企業で博士号の新卒を使いこなせていない問題があるようです。これに関して御社ではどのような社内教育体制を組んでいますか。
廣野
博士課程修了者に特化したピンポイントの研修というのは用意しておらず、内定者研修、新入社員研修、フォローアップ研修、管理者研修などを通じて人材教育を進めています。
教育体制の構築ももちろん重要ですが、博士課程修了者に対しては、その人がどの分野の出身で何がやりたいのかということと、当社が注力していこうとしている分野が重なるA ∩ B の部分をできるだけ広げて、その人に活躍してもらうことを考えています。例えば、博士課程修了後にわれわれのチームへ入ったメンバーがいますが、その人の専門分野は流体のシミュレーションでした。その人を面接した際には、AMと流体シミュレーションは直接的な関連性は薄いと感じましたが、DED 分野の温度シミュレーションが世界的にもない状況だったので、「専門分野を活かして、熱シミュレーションやAMなど新たなことも学びつつ一緒にやりませんか」と打診して、入社前のインターンシップから一緒に取り組んでいった結果、入社後に垂直立上げで受託シミュレーションができるレベルまでもっていってくれました。
ちなみに、当社ではその人の適性や本人の意向などを踏まえて、社会人ドクターの後押しを行っています。博士課程を修了した結果、当社の事業でどのような開発ができるか、具体的にどれだけの売上げが得られるかについて、当社の森雅彦社長や役員らの前でプレゼンを行って承認を得る必要がありますが、それが認められれば資金的なバックアップを得ながら業務として実験や論文執筆ができるようになります。実際、私もこの制度で社会人ドクターをとらせていただきました。
楢原
非常に良い仕組みをつくっているのですね。
旋盤にハマり工作機械の世界へ
楢原
次に、廣野様がモノづくりの世界へ飛び込んだきっかけやこれまでの経緯を教えてください。
廣野
保育園で泥団子をつくることに熱中していたのが始まりかもしれません。雨でも乾燥でも割れない泥団子を目指して試行錯誤した結果、砂場周囲の樹木の割れ目に詰まった砂を集めてつくると、粒径が揃っていてうまくいくことに気づきました。今思い返すと、粉体を固めて造形する部分は完全にAMで、当時からAMをやっていたのですね(笑)。私の博士号の研究テーマが割れないAM造形だったので、まさに「三つ子の魂百まで」です。
学校でも理科系科目、特に物理が好きで、大学では物理工学を選びました。2 回生のときに受けた旋盤の授業で「これを考えた人は天才だ」と衝撃を受けて旋盤にハマりました。ただ、旋盤を実際に使ってみると私は加工が下手だとわかり、旋盤に関わるなら原理を勉強して工作機械を開発する方が向いているのでは、と考えました。図らずも学部時代は熱工学を学ぶことになりましたが、修士課程では念願だった工作機械の研究室へ入り、振動と制御に関する研究に携わりました。修士課程修了後は三菱重工業へ入社し、工作機械の設計・開発に携わる中でAM技術に出会いました。その後、2019 年に当社へ移り、現在に至ります。
楢原
お話から幼い頃の泥団子の成功体験がそのまま今に続いているような印象を受けます。自分で工夫をして成功を経験するのは非常に大事なことですね。ところで、国内では女性の技術者は少ないと言われていますが、そもそも理系に進む女子学生が多くありません。いわゆる“リケジョ”を増やすには女性のロールモデルが必要という意見もあります。そのあたりのお考えがあればお聞かせください。
廣野
個人的には女性技術者のロールモデルが少ないから大変だったという記憶はありません。私は、成長過程で技術に触れる機会はまったくありませんでしたが、母親が男女の偏見をもたないように育ててくれたおかげか、「これは女性に向いているかどうか」といった思いをもつことなく、興味のままに進路を決められました。ですから、ご質問いただいたロールモデルとしてどういった人物像が必要なのかが自分でもわかっていません。私の経歴がレアケースに当てはまるためか、私自身はロールモデルには向いていないと言われたこともあるので、私がその役目を担うというよりも、さまざまな人の話を聞きながら自分にできることがあればぜひやっていきたいと考えています。
楢原
最後に、これまでの仕事の中でつらかったことややりがいを感じたことなどのエピソードがあればお教えください。
廣野
振り返ってみると、おそらくつらかったこともかなりあったのだと思いますが、社会人になってからずっと楽しかったなというのが率直な感想です。どの仕事もやりがいがありました。
例えば、社会人1 年目に担当した競合他社の工作機械のオーバーホールの仕事。お客様からの依頼だったのですが、たまたま競合企業の工作機械の調査を任されました。わからないことだらけの私に、隣の席のベテランの技術監督のような方が毎日、調べるべきことを紙に書いてくれたり、実践したことに対して指導してくれたりしました。そのおかげで、実際の現場作業の進め方や実験計画の重要性などを勉強させてもらいました。
2 年目には大型機械の開発で検証担当に任命され、機械の中に潜り込んで油まみれになりながら働いて、作業服を5 着ぐらい着つぶしてしまいました。その中でも、工作機械の開発ではどういう検証を行うのか、振動や静剛性の測定ではどこを測らなければならないかなど、非常に勉強になりました。
3 年目になると開発した工作機械の納入先に、トラブル担当で訪問するようになりました。トラブル発生でご不満をおもちのお客様も一生懸命に対応して機械を直したらものすごく喜んでくれて、そのことに自分がとてもうれしい気持ちになることも学びました。
お客様がわれわれの工作機械で何かを生産して、それを売って儲けられてお客様の事業が成功する。われわれの仕事はすべてがそこにつながるので、何をしていてもやりがいを感じられているのだと思います。
楢原
とても素晴らしいことですね。本日はどうもありがとうございました。
廣野陽子(ひろの ようこ)
2007 年 京都大学 工学部 物理工学科 卒業
2009 年 京都大学大学院 工学研究科マイクロエンジニアリング専攻 修士課程修了
2009 年 三菱重工業㈱ 入社
2019 年 DMG森精機㈱ 入社
2020 年 同社 AM開発室 室長
2021 年 同社 R&Dカンパニー執行役員 AM開発部 部長
2024 年 京都大学大学院 工学研究科マイクロエンジニアリング専攻 博士課程修了
2025 年 DMG森精機㈱ 執行役員 兼 DMG森精機Additive ㈱ 副社長