機械設計 連載「機械設計者のための金属材料の基礎と不具合調査の進め方」
2025.07.14
第1回 金属材料の基礎
福﨑技術士事務所 福﨑昌宏
ふくざき まさひろ:代表。2005 年,千葉工業大学大学院金属工学専攻修了。同年電子機器向けの金属加工メーカーに入社。研究・生産技術部門で材料開発や引抜き加工技術開発に従事。2013 年に建設機械メーカーに転職。研究・生産技術部門で歯車などの機械部品の材料開発,材料分析評価に従事。2017 年に技術士(金属部門)取得。2019 年4 月に福﨑技術士事務所を開業。
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https://www.fukuzaki-gijutsushi.com/
周期表と金属結合
1.周期表と原子の構造
自然界に存在する物質は,すべて図1 の周期表に示される118 種類の元素から構成されている1)。周期表は原子番号順に並べられ,横方向を族,縦方向を周期と呼ぶ。原子番号は原子の電子および陽子の数と同じである。周期表の族が同じ元素はその化学的,物理的性質が似てくる。また,第7周期の元素の多くは人工的につくられた元素である。
周期表の元素を分類するときに,金属元素,半導体・半金属元素,非金属元素の3 種類に分けられる。金属元素の中でも第1 族はアルカリ金属,第2 族はアルカリ土類金属,第3 族から第11 族までは遷移元素と呼ばれている。元素の種類としては金属元素が多い。身の回りの金属として鉄,銅,アルミニウム,マグネシウム,チタンなどがある。半導体元素は,導電体と絶縁体の中間の電気的特性があることから半導体と呼ばれる。シリコン,ゲルマニウムなど半導体産業で使用されることが多い元素である。非金属元素は酸素,窒素などの常温ではガス状の元素が含まれる。非金属元素の中で第18族は希ガスと呼ばれ,化学的に非常に不活性なガスである。
原子の構造模式図を図2 に示す2)。例としてナトリウム原子を取り上げた。原子の中心には陽子と中性子から構成される原子核があり,その周りを電子が周回している。原子の重さは陽子と中性子の数によって決まる。電子の質量は陽子や中性子よりも非常に小さいため,ほとんど無視される。陽子はプラスの,電子はマイナスの電荷をもっている。陽子と電子の数は同じなため,原子全体として電気的中性を保っている。
そして電子軌道には規則性がある。電子軌道は内側からK殻,L 殻,M殻と続いていく。それぞれの電子軌道に入れる電子の数は決まっている。例えばK殻は2個,L殻は8個,M殻は18個である。そして一番外側の電子軌道を最外殻と言う。この最外殻には電子が最大8 個しか入れない。最外殻に8 個電子がある状態をオクテットと言い,化学的に非常に安定な状態である。
ナトリウム原子は最外殻のM殻に電子が1 個ある。このような電子を価電子と呼ぶ。このような電子の状態は不安定なため,M殻の1 個の電子を放出すれば,L 殻の8 個の電子が最外殻となり,電子軌道的に安定する。この最外殻の電子が放出して最外殻をオクテットにした状態(原子によっては電子を取り込むときもある)をイオンと呼ぶ。イオンは電気的にプラスまたはマイナスに偏っているため,原子に+や-の記号を付ける。ナトリウムイオンはNa+と表す。
2.金属結合
2 個以上の原子が集まり集合体を形成するとき,原子の間には結合力が働く。この結合を化学結合と呼ぶ。化学結合は主に金属結合,イオン結合,共有結合の3 種類がある。金属原子は金属結合によって原子が結合している。
金属結合では金属原子が接近すると,お互いの価電子を放出し,金属イオンになる。このとき,同じ金属イオンは電気的力(クーロン力)に反発するが,放出した価電子がそれぞれの金属イオンの周囲を自由に移動するようになる。電子はマイナスの電荷をもつため,プラスの金属イオンとの間に働くクーロン力によって結合する。金属結合において放出された価電子はある特定の原子だけでなく,どの金属イオンにも属さずに金属イオンの周囲を自由に移動する。この価電子を自由電子と呼ぶ。例えば,ある価電子がどの金属イオンの価電子であるという関係はなくなる。そして,金属イオンの位置が入れ替わっても,入れ替わる前とまったく同じ状態になる。
金属の特徴の多くはこの金属結合に由来している。1 つ目の特徴は塑性変形ができること。原子に位置関係がないので,応力などによって原子の位置が移動しても,元の場所に新しい原子が来ればそこで前と同じように金属結合できる。金属の塑性変形はそのようにして起きている。2 つ目の特徴は電気や熱をよく通すこと。電気とは自由電子の流れである。金属は自由電子が自由に動くので電気をよく通す。そして,熱も自由電子によって熱エネルギーを伝える。そのため,金属は電気や熱をよく通すのである。3 つ目の特徴は金属光沢があること。金属に光が入射したときに表面の自由電子が光を反射するから金属光沢がある。
結晶構造とその特徴
金属は金属結合によって規則的に配列している。それが結晶構造である。金属の結晶構造は大きく3 種類に分けられる。それは体心立方格子,面心立方格子,稠密六方格子である。金属元素はたくさんあるが,基本的に結晶構造はこの3 種類に属している。これらの構造を図3に示す1),3)。
体心立方格子(bcc)は立方体の各頂点と真ん中に原子がある。鉄やモリブデンやタングステンがこれに属する。面心立方格子(fcc)は立方体の各頂点と各面の中心に原子がある。これは銅やアルミニウムなどが属する。稠密六方格子(hcp)は六角形の結晶構造。六角形の各頂点とその中心に原子がある。それを3 層構造にしたものである。これはチタンや亜鉛,マグネシウムなどが属する。
原子を球体として考えた場合,球体を隙間なく最も密な状態に配置した構造を最密充填構造と言う。面心立方格子と稠密六方格子は最密充填構造である。1 つの原子に注目したときに,その周りに何個の原子が接触しているかを表す項目として配位数がある。最密充填構造のときは配位数が12になる。また,結晶構造の格子の枠の中に原子がどれだけ詰まっているかを表す項目として充填率がある。面心立方格子と稠密六方格子はともに74%,体心立方格子は68%である。
金属の特徴の大部分はこの結晶構造によって影響されている。もちろん同じ結晶構造でも金属によって特徴は違うが,おおよその傾向は決まる。硬さや引張強さは体心立方格子や稠密六方格子が高い。面心立方格子は硬さや引張強さはあまり高くないが,伸びや加工性が良い。体心立方格子は硬いので加工はしづらいが,伸びの量はある。稠密六方格子は,伸びはほとんどない。この硬さ,強度と伸び,加工性は相反する特性(トレードオフ)である。硬くなればなるほど伸びはなくなる。