型技術 連載「巻頭インタビュー」
2026.08.28
スマート製造やデータ標準化が紡ぎ出す金型業界の未来の可能性―製造科学技術センター
(一財)製造科学技術センター
国際標準部長
北山健志氏
Interviewer
㈱ソディック 工作機械事業本部 レーザー加工機事業部
開発部 部長 兼 加工技術課 課長
松本 格氏
製造科学技術センター(東京都港区)は、産業ロボットやFA などの基盤技術の研究開発や標準化を推進する機関。その中で国際標準部の北山健志部長は、ISO やIEC などの国際標準策定を推し進める役割を担う立場にいる。国際標準の最前線で、日本の製造業の競争力をいかに高めるか。金型業界におけるスマート製造やデータ標準化などのあり方と可能性について話を聞いた。
松本
本日はよろしくお願いします。これまで製造科学技術センター(MSTC)の活動について知る機会がありませんでしたので、今回勉強させていただければと思います。まずは北山様の経歴についてお教えいただけますでしょうか。
北山
私は現在、三菱電機の名古屋製作所に所属していて、MSTC へは出向で来ています。三菱電機への入社は1999 年。神奈川県鎌倉市にある情報技術総合研究所で国際標準を適用した通信ネットワークの制御を行うハードウェアの研究開発に携わり、試作から製品化までもっていくということを行っていました。その後、研究所内でFA 関連の部署へ異動となり、三菱電機でFA 関連製品の製造を行う名古屋製作所とやりとりしながら、現場の制御などのネットワークに関わるIoT やエッジコンピューティングなどのOT(Operation Technology)領域の研究開発に携わってきました。
現在、MSTC で関わっている国際標準に触れるきっかけとなったのは、2019 年の本社への異動です。先輩に連れられて国内の国際標準関連の委員会に足を運ぶ機会が増え、社内から業界へと視野が広がるきっかけになりました。そうした経緯もあって、その後に名古屋製作所の所属となったときに、名古屋へ行くか出向の形で国際標準の世界に残るかを選ぶことになり、2021 年にMSTC へやってきたというわけです。
松本
MSTC の国際標準部ではどのようなことを行っているのですか。
北山
日本の製造技術、特にFA などの産業オートメーション分野における技術をISO(国際標準化機構)やIEC( 国際電気標準会議)などの国際標準規格として提案・策定することが主なミッションとなっています。出向前には国際標準を使うことはずっとやっていたのですが、つくるという経験はまったくなかったので、経済産業省とやりとりをしたり専門の先生方や関連委員の委員長とさまざまな国際標準の策定を進めたりしていくのは、当初はなかなか大変でした。
2010 年代の前半から国内外の製造業で「スマートマニュファクチャリング(スマート製造)」ということが言われ始めました。スマート製造の核心となる国際標準の策定を行っている「ISO/TC184」という技術委員会があるのですが、経済産業省からの依頼を受けて、その委員会を取り仕切る国内審議団体をMSTC が担っています。その中で国際標準全体を取りまとめて、日本が主導的な立場で提案しながら国際規格をつくっていくということですね。日本としてどのようなことが必要か、ユーザー企業の方々の意見を集めながら委員会で策定を行い、欧州や米国で開かれるワーキンググループに専門家の方々が参加して提案を行う。その提案の良し悪しの審議を受けて、そこで初めてISO に登録されるかどうかの判断の土俵に乗ります。
正式に登録されれば、そこから必要な文書の作成を行ったり、さらに委員会などで議論を深めたりしながら少しずつ内容を固めていく。そうしてできた内容が各国の投票などの審議を通過すると、初めて国際規格として発刊されます。こうしたさまざまな手続きを踏む必要があるので、発刊までには数年単位の時間がかかります。
松本
なかなか複雑で大変な事業ですね。それを日本代表として取りまとめる役割なのですね。
北山
そうですね。もちろん費用がかかりますから、経済産業省の事業と結び付けて予算を工面して、その予算管理も行います。こうしたプロジェクトが3、4つ同時に立ち上がっていて、それらを取りまとめているというのが今のメインの仕事です。
スマート製造の現在地と目標を示す「SMKL」
松本
MSTC の活動の中で型技術者に最も関連深いのが、現場のデジタル化やIoT 化を簡易的に評価できる指標「SMKL」(Smart Manufacturing KaizenLevel)かと思います。ここで言われている「4 段階のみえる化」などはスマート製造に向けた改善を実務レベルでどのように行っていくかという話で、われわれに非常に密接に関わるテーマです。SMKL の概要や具体的な効果などについて教えていただけますでしょうか。
北山
SMKL のもともとのアイデアは実は三菱電機の名古屋製作所から生まれてきたものなんです。SMKL では、製造工程を「みえる化」と「管理対象」の2 つの軸で可視化して、スマート製造という国際的な動きの中で自社の生産現場が今のどの段階にあるのかを評価できます。
例えば、「みえる化」では最初の段階として現場の各種データを収集するというレベルがあって、その次に集めたデータを作業者が表やグラフで見られるようにするという段階があります。さらにそこからデータを使って分析して現場の状況を把握するという段階があって、AI などを駆使して改善が行えることを最も高いレベルに置いています。
一方で、「管理対象」ではこうした4 段階のみえる化のレベルが、現場の各機器、各工程、工場全体、サプライチェーン全体の4 段階のどこまでの範囲に対応しているのか、4×4=16のマトリックスを使って2 次元的にマッピングしていきます。その中で、自社の生産現場の現在地を把握しつつ、目指すべき目的地を明確化していくというのがSMKL の概要となります。SMKL を用いることで共通の物差しでスマート製造の達成度合いを示すことができます。
4 段階の「みえる化」レベル(上)と4 段階の「管理対象」スコープ(下)(画像提供:製造科学技術センター)
松本
これはつまり、生産現場でよく言われる「PDCA を回す」という考え方に近いですよね。PDCA を軸にして改善活動をどのレベルで行っていくのかという、その軸を見る手法がSMKL と捉えればよいでしょうか。
北山
そうですね。そこにスマート製造の概念が含まれていると考えてもらえればと思います。SMKL を活用することで、現状と達成すべきゴールのイメージを把握し、そのゴールにたどり着くための具体的な課題を計画的にクリアしていく道筋が立てられます。また、先ほども述べた通り、共通の物差しでスマート製造の達成度合いが示せるので、営業担当の方は「競合他社と比較して当社はここまでできます」とアピールしたり、これからDX を進める現場が経営層に生産現場の現状や達成目標を客観的に示したりすることもできます。
松本
なるほど、現状とゴールを明確化するのは大事なことですね。
レジリエンス確保としてのデータ標準化
松本
次にMSTC の活動とも関係が深いデータ標準化についておうかがいします。金型製作で言えば、CAD モデルや図面データ、加工プログラムなど標準化すべきところがあると思います。また、熟練者の技などもどうにかして標準化を目指して、属人化しないモノづくりが行える仕組みをつくっていくことが必要です。これに関して考えや意見などお聞かせください。
北山
例えば、東日本大震災のような大規模災害で物流が断絶されてしまった場合には、遠隔地の企業との連携が急遽必要になるケースが出てくるかもしれません。そうした可能性を考慮して、金型製作における熟練者のレシピや各種データの定義などの標準化は行っておくべきだと思います。いわば、サプライチェーンのレジリエンス(強靱性)の確保のために、企業間で理解可能な共通言語としてのデータ形式を決めておくという考え方ですね。
金型は一品一様で、金型メーカーによって製作のやり方や考え方は千差万別というところだと思います。また、熟練者の勘どころなどの暗黙知については簡単にはモデル化できません。ですから、製作のやり方自体を完全に標準化するのは難しいと思います。ただ、おっしゃられたように設計データや加工プログラムなどでは標準化できる余地は大きいでしょう。まずは各社で共通して重なっている部分からでもいいので、段階的に標準化していくということが必要になるのだと思います。
実際、ドイツにある欧州最大級の産業団体であるVDMA(ドイツ機械工業連盟)には中小企業の方々がつくる国際標準というのがあって、「EUROMAP」という射出成形用の制御データの国際標準としてすでに出てきています。一方で、機器やシステム間におけるデータの通信に関する国際標準としてOPC UA があります。EUROMAP のような国際標準があって、それに基づいたデータをOPC UA を使って通信できれば、その時点で企業や国を超えてつながることができます。
松本
経営の視点で見れば、こうした基盤が整っていれば、あちこちにつながりが生まれてそこから仕事がもらえるようになる、という感じですね。
北山
そうですね。特に中小企業が外部に向かってさまざまな展開を図ろうとなったときに、こうした企業間のデータ連携に関わる通信規格のようなものが必要になります。その通信規格を使って中小企業でも大企業に匹敵するぐらいの関係性を構築できるようになるのではないか、というイメージをもっています。
松本
これを国内にとどまらずグローバルなサプライチェーンにジョインしていくというのが近い将来のあるべき姿なのかなと想像します。今、国内の金型業界は元気がなくなってきていますが、グローバルな視点をもって世界にうまくつながることができれば、高い技術力をもつ日本がもっと活躍できる機会が増えていきますよね。
三位一体で国際標準に取り組む
松本
こうして考えていくと、金型製作自体のスマート製造化も大事ですが、金型メーカーの生存戦略にも大きく関わってきますね。具体的に実務に落とし込んでいく際の進め方についてはいかがでしょうか。
北山
ユーザーとなる産業会団体とIT ベンダー、そしてわれわれ標準化組織が三位一体で進めていくことが理想だと思います。例えば、3D-CAD データの品質(Product Data Quality:PDQ)に関する日本発の国際標準を発行していますが、その提案から改訂までを三位一体で行っています。
具体的には、実際にIT ベンダーがPDQ の規格を入れてIT ツールを作成し、それをユーザーである日本自動車工業会(JAMA)の会員企業に使ってもらってさまざまな課題を提示いただき、その要望を取り入れた改訂を繰り返していくということを、MSTC の「ものづくり標準データ推進協議会」という会議体の中で行っています。そこには国際標準の委員長もいらっしゃるので、そういった三位一体の取組みを続けながら国際標準の活動を行っています。
ユーザーとIT ベンダー、標準化組織の三位一体の連携が不可欠(画像提供:製造科学技術センター)
松本
では最後に今後の展望をお聞かせください。
北山
今述べたようなユーザーとIT ベンダーとわれわれで国際標準を進める三位一体の取組みを行いながら、そのための組織を確立・維持していくところが私のミッションの一つだと感じています。また、先ほど触れたドイツの産業団体のVDMA のような大きな産業団体が国内で立ち上げられるといいなという思いももっています。
私は現在、IEC のスマート製造に関する委員会であるSyC SM(Systems CommitteeSmart Manufacturing)で工業会委員長を務めているのですが、ここにさまざまな工業会の方々が集まっていて、今は各工業界の共通テーマとして、工業製品の循環経済を掲げてともに活動しています。今後はほかの共通課題も支援できる体制を構築できればいいなと考えています。
松本
われわれとしてもそういった形で盛り上がってほしいと願っています。日本が高い金型技術をもっていても発揮できる機会がないというのが一番つらいので、世界的に日本の技術の価値を再認識してもらうきっかけとしてDX をうまく活用できれば、将来的に金型業界の各企業が生き残っていく力になるのではないかと思います。本日はありがとうございました。
北山健志(きたやま けんじ)
1995 年 富山工業高等専門学校 電気工学科 卒業
1997 年 新潟大学 工学部 情報工学科 卒業
1999 年 新潟大学大学院 自然科学研究科 博士前期課程 修了
同 年 三菱電機㈱ 入社(情報技術総合研究所)
2019 年 同社 本社(FA システム事業本部)
2020 年 同社 名古屋製作所(本社駐在)
2021 年 同社 名古屋製作所[(一財)製造科学技術センター]