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型技術 連載「モノづくりの未来を照らす高専突撃レポート」

2025.06.02

第10回 「糖」で世界を変える! 苫小牧高専の挑戦

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フリーアナウンサー 藤田 真奈

ふじた まな:大阪府出身。元とちぎテレビアナウンサー。関西学院大学卒業後、金融業界の企業に就職。その後転職してアナウンサーに。とちテレニュース9(とちぎテレビ)、アクセント!(栃木放送)、BerryGood Jazz(Radio Berry)、軽井沢ラジオ大学モノづくり学部(FM軽井沢)などに出演中。
Instagram:mana.fujita

北海道苫小牧の地から人間力の高い技術者の育成を

 北海道の中南部に位置する苫小牧市。札幌都市圏に最も近い太平洋岸の港であり、新千歳空港にも近接しているため、北海道工業地域を代表する工業都市でもあります。また、漁獲量日本一を誇るホッキガイ(ウバガイ)をはじめ、カニやエビなどの豊かな漁場にもなっています。

 そんな海の幸豊かな苫小牧市にキャンパスを構えるのは、苫小牧工業高等専門学校(苫小牧高専)です。今年度(令和6 年度)60 周年を迎える学校で、教育するうえでの独自のモットーを掲げているという特徴があります。例えば、理想の社会人としては「他人を愛し、自分を愛する人間」、「自分を誇らず、卑下しない人間」、「勇気と責任をもって行動する人間」の3 つを挙げていて、高専の学びの中で、勉学だけでなく人間的にも成熟してほしいという学校側の思いが感じられます。

 苫小牧高専で、今回私が注目したのは、創造工学科の甲野裕之教授の研究室です(図1)。甲野教授の専門は「生物資源科学」。一体どんなことをしているのかというと、「動物や植物、微生物などの生物資源を有効活用して、環境問題や食料問題など現代社会がかかえる課題の解決策を考える」というものだそうです。バイオテクノロジーなどの最新技術を駆使してさまざまな研究が行われています。
図1 研究に勤しむ学生の方々(写真中央奥が甲野教授)(写真提供:苫小牧高専)

図1 研究に勤しむ学生の方々(写真中央奥が甲野教授)(写真提供:苫小牧高専)

不思議な現象「可逆的ゲル化現象」とは?

 数ある研究のうちの一つが、「糖」に関するもの。糖と聞いてまず私の頭に浮かんだのは、砂糖や果糖、ブドウ糖といった私たちに身近な糖類でした。しかし、ここで研究対象となっていたのは「キチンオリゴ糖」というもの。初めて聞く名前に、「キチン?チキン?」などと思っていると、「キチン」はカニやエビなど甲殻類の甲羅や殻、貝殻などに含まれる動物性の食物繊維で、それを細かく分解して得られる糖の集まりがキチンオリゴ糖なのだと説明してくださいました。

 なるほど、カニやエビ、貝類の水揚げが豊富だという北海道(苫小牧)の地域性を活かした研究なのだなと思い、さらに詳しく聞いてみると、このキチンオリゴ糖には珍しい性質があるのだとか。それは「可逆的ゲル化現象」と呼ばれるものです。

 「ゲル」と言うと、ドロドロした液体と固体の中間的な物質形態のものを指しますが(図2)、通常、ゲルは一度固まると再び液体に戻すことが難しいとされています。しかし、キチンオリゴ糖は特定の条件においては固まってゲルになり、その条件が変化すると再び液体に戻るという「可逆的」な現象を起こすのだとか。これが可逆的ゲル化現象なのです。
図2 ゲル(イメージ)(写真提供:苫小牧高専)

図2 ゲル(イメージ)(写真提供:苫小牧高専)

 ちょっと気になったので私なりに調べてみると、この現象はさまざまな分野での応用が期待されているとのことで、その一つが食品分野。条件によって状態が変化するという特性を活かして、従来の食品にはない新しい食感の食べ物をつくり出したり、新しい手法で肉汁を閉じ込めたジューシーな肉製品を開発したりということも可能になるかもしれません。また、化粧品分野では、生物由来ということで肌への刺激が少なく保湿効果の高い化粧品ができる…かもしれないようです。

 とにかく、「世の中に何か新しいものを生み出せそうな技術(物質)だな」と直感的に思ったのですが、これについて研究を深めている学生さんが甲野教授の研究室にいました。

医療分野での「糖」の可能性

 この現象を医療分野に活かせないかと研究を進めているのが井筒歩夢さん(専攻科2 年)です。ゲルという状態に着目し、病気の治癒などに効力のある薬剤を液体ではなくゲル状にして体内に取り込めば、成分の効力を長く持続させることができるのではないかと考えたのです。そこで、常温では液体で、体温近くの温度になるとゲル状に変化するという新しいゲル材料を開発しました! このゲル材料(液体)と薬剤を混ぜたものを注射することで、薬剤が体内でゲル化し、長く効果を発揮する…という仕組みです。

 この研究成果を携えて、井筒さんは今年7 月に熊本県で行われた「セルロース学会第31 回年次大会」に参加。研究内容をポスターにまとめてプレゼンテーションを行いました。大会には、全国から優秀な企業の研究者や技術者、大学院生などがエントリーしていましたが、参加114 件の発表の中から井筒さんの発表は上位5 つに選ばれ、見事「優秀ポスター賞」を受賞したのです(図3)。
図3 優秀ポスター賞を受賞した井筒歩夢さん(写真提供:苫小牧高専)

図3 優秀ポスター賞を受賞した井筒歩夢さん(写真提供:苫小牧高専)

 プレゼンテーションの持ち時間は90 分あり、その中で参加者と直接交流しながら質問に応じる場面もあったと言います。参加者の中には東京大学や京都大学といった優れた研究者の姿も見られたそうですが、「緊張しなかったの?」という私の問いかけに「初めは緊張したけど、だんだん慣れてきて楽しかった」と、大舞台でも楽しむことができたという大物ぶり。その楽しむ心とはつらつとした表情も審査員をはじめ見ていた人の心に残り、受賞につながったのではないかと感じました。また、指導教員である甲野教授は、優秀な研究者や大学生たちが多数集まっていた大会で「高専生」が受賞できたという快挙に、目を細めていました。

 そんな甲野教授には「夢がある」と言います。それは、井筒さんのように優秀な人材を地元で受け入れる企業をつくること。苫小牧高専に限らず、北海道内の多くの教育機関で毎年優秀な人材を育てて輩出していますが、多くは北海道にとどまらず道外へ出ていってしまうのだとか。「それなら、その子たちが苫小牧に残りたくなるような魅力的な会社を立ち上げるしかないかなと」。甲野教授の夢が、現実となる日が楽しみです。

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