型技術 連載「モノづくりの未来を照らす高専突撃レポート」
2026.01.08
第19回 絵本で語るウサギ島の真実 100 年先の未来を見据えて、呉から世界へ
フリーアナウンサー 藤田 真奈
ふじた まな:大阪府出身。元とちぎテレビアナウンサー。関西学院大学卒業後、金融業界の企業に就職。その後転職してアナウンサーに。とちテレニュース9(とちぎテレビ)、アクセント!(栃木放送)、BerryGood Jazz(Radio Berry)、軽井沢ラジオ大学モノづくり学部(FM軽井沢)などに出演中。
Instagram:mana.fujita
広島県南西部、瀬戸内海に面した港町・呉市は、造船技術で日本の近代化を支え、戦艦「大和」の建造など軍港として栄えました。戦争末期には空襲で甚大な被害を受け、広島市には原爆が投下されました。80年を経て、地域は復興を遂げ、平和の尊さを語り継ぐ街として歩み続けています。
そんな呉市に位置する呉工業高等専門学校(呉高専)では、戦争の記憶を風化させず、次世代に伝えるための平和学習が根づいています。その取組みの一つとして、最近では学生たちが瀬戸内海に浮かぶ大久野島を舞台に一冊の絵本を制作したとうかがい、取材させていただきました。
伝えたかったのは「優しい警告」大久野島を舞台にした絵本
大久野島は、第2 次世界大戦中に日本陸軍によって秘密裏に毒ガスが製造されていた島として知られています。そのため、かつては「地図にない街」とも呼ばれ、一般には存在を伏せられていたという過去があります。そんな大久野島も、現在では半野生化した状態のウサギが多く暮らす「ウサギの島」として親しまれ、多くの観光客が訪れる名所となっていますが、その一方で、深刻な環境問題も抱えています。今回学生たちは、その現状を絵本の題材として取り上げていました(図1)。
図 1 学生たちが制作した絵本「ウサギ島のグレイスとプティー」(写真提供:呉高専)
学生たちが制作した絵本を手にとると、まず目に飛び込んでくるのは、かわいらしいイラストです。優しい色合いで島の自然やウサギたちがていねいに描かれていて、ページをめくるたびに、ほっと心が和むような温かさがあります。物語を読み進めるうちに、ウサギの習性や観光客が与える餌によって体調をくずしてしまうという問題、さらにその残り餌を目当てにイノシシやカラスなどが島に増え、生態系が脅かされているのだという現状がわかりやすく紹介されていました。
なるほど。内容としては「注意喚起」を目的としたものなのですが、語り口に絵本特有の優しさがあり、押しつけがましさがないため、自然と心に届いてきます。誰もが手にとりやすく、読みやすい一冊だと感じました。
そもそもなぜ絵本をつくろうと思ったのかというと、「幅広い世代に、楽しみながら島の現状を知ってもらいたかった」とのこと。大久野島を訪れるにはフェリーを使う必要があるのですが、その移動時間(およそ10 分)を活用して、注意喚起のメッセージを受け取れる方法はないか。そう考えた末にたどり着いたのが「絵本」だったのだそうです。
伝える絵、伝わる絵─ウサギ島を描くということ
絵本をつくろう!と決まったら、ストーリーや絵本の顔とも言えるイラストをどうするかなど、考えることが山積していました。幸いにも呉高専内には「絵を描くのが好きな学生たちのグループ」があったため、さっそく挿絵を描いてほしいと依頼。さまざまな絵本を参考にしながら、絵のタッチや、色のぼかし具合など、細かいことも相談しながら完成させていったと言います(図2)。
図2 大久野島のウサギを観察する生徒たち(写真提供:呉高専)
また、ページごとの絵の配置にも工夫を凝らしました。全面に絵を印刷するページと、フレームをつけて絵を配置するページとを使い分けることで、視覚的にも心地良い構成を目指しました。読みやすさにもこだわり、文字のフォントや大きさについてはいくつものパターンを試しました。
絵本は、文章以上に「絵」から伝わる情報が大きな役割を担うため、見た人に誤解を与えないよう(誤った情報を届けないよう)に、絵の描き方一つにも注意が必要です。例えば、大久野島ではウサギに触れないルールなのですが、もし絵本の中に「ウサギを抱いているようなイラスト」が登場したらいかがでしょうか? 読者に誤った印象を与えてしまうかもしれません。そうした誤解を避けるための確認も大切な作業だったと振り返ります(図3)。
図3 完成した絵本を届けるため、大久野島を訪れたメンバーたち(写真提供:呉高専)
制作チームのメンバーに、「一番気に入っているページ」についてと尋ねたところ、絵本の中ほどに出てくる「ウサギと人が一緒に歩いているシーン」だと教えてくれました。自然の中を人間とウサギが並んで歩いているという描写なのですが、このページには「ウサギのペースに寄り添いながら、ともに歩んでい伝える絵、伝わる絵─ウサギ島を描くということきたい」という願いを込めたのだそうです。ご紹介した絵本は呉高専のホームページからも読むことができますので、ぜひ多くの方に目にしていただけたらうれしいです(
https://www.kure-nct.ac.jp/newdiary/2025/07/17_1.html)。
絵本で越える国境 広島から世界へ
近年、日本各地と同様に広島県にも世界中から多くの観光客が訪れるようになりました。街を歩けば外国人観光客の姿を見かけない日はほとんどありません。
そんな中、呉高専では地域の歴史をより広く伝えるため、日本語版の絵本に加えて、英語版の制作にも取り組んでいます。英語で表現するとなると、1 つの言葉に複数の訳語があり、どの単語を選ぶべきか、文化的背景はどうか─考えるべきことが多くあります。それでも、学生たちは「地域の課題が国境を越えて伝わるかもしれない」という期待に胸を膨らませ、目を輝かせながら制作に向き合っていました。
現代の課題に目を向けながら、過去の出来事とも誠実に向き合い、未来へと語り継いでいくこと。それは、今を生きる私たちにとって欠かすことのできない姿勢だと感じます。
終戦から80 年という節目の年に、学生たちの活動、そしてこの記事が、広島という場所の意味を改めて見つめ直すきっかけとなることを、心から願っています。