型技術 特別企画「次世代のために書く『社長の始末書』」
2025.06.30
人づくりあってのモノづくりを実感 銅合金、人間力で世界一が目標―大和合金/三芳合金工業
大和合金㈱/三芳合金工業㈱ 代表取締役社長 萩野源次郎氏
日本にはさまざまな分野で卓越した技術をもつ中小企業が存在する。1941 年に創業。現在は3 代目の萩野源次郎氏(以下、萩野社長)が社長を務める特殊銅合金メーカー、大和合金グループはその1 社である。
初代が新材料を開発して独立。2 代目が材料や用途を広げて国内で拡販。そして3 代目が新規分野も含め世界に拡販するという理想的な成長カーブを描く。その一方で、財力や人的リソースの限られる中小企業は難局に弱いとされる。しかもその難局は外部要因だけでなく、内部要因に起因することも少なくない。同社でも過去には社員の不祥事や気の緩みなど、ひとつ間違えれば致命傷になりかねない事態が発生した。それらを教訓に、モノづくりだけでなく、人づくりにも熱心に取り組んでいる。
特殊銅合金ひと筋の開発型企業
大和合金グループ(以下、同社)は販売を担う大和合金㈱(東京都板橋区)と製造を担う三芳合金工業㈱(埼玉県三芳町)で構成される特殊銅合金ひと筋の開発型企業である。特殊銅合金は、銅のもつ高電導性、高熱伝導性、耐腐食性を活かしながら硬さや強度、耐摩耗性を高めた材料であり、自動車、航空機、半導体関連、船舶、鉄鋼、光ファイバー海底ケーブルなど、さまざまな分野で利用されている。同社の生産品は100 種類以上におよび、特に国内の主要自動車メーカーで使用されている抵抗溶接用電極材やプラスチック用金型材料、航空機の足回り部品では高いシェアを握る。
銅合金の製造は、通常は大手であっても製造工程の一部しか自社の一つの工場で行えないことが多いが、同社は溶解から鋳造、鍛造、押出し、引抜き、熱処理、機械加工までの一貫生産設備を近い範囲の距離内でもつことが特徴だ(図1、図2)。生産設備とノウハウがすべて社内にあることから、品質維持のほか、小ロットや短納期の受注などにも柔軟に対応できる。
新材料の開発にも意欲的だ。その代表例がコルソン系銅合金材の「NC 合金」だ。銅合金の中でも最高強度と高い電動性、熱伝導性をもつ材料としてベリリウム銅が知られるが、人体や環境に有害性を懸念されることがあった。これに対し同社は十数年にわたる研究期間を経て、ベリリウムを含まず、ベリリウム銅と同等の強度や熱伝導性を有する銅合金材を世界で初めて開発、実用化した。それがNC 合金である(図3)。この材料は、一般的に使用されている金型鋼と比べても熱伝導性は3 倍以上とはるかに優れる。近年では核融合発電設備向けの新材料の開発という大きなポテンシャルをもつテーマをはじめ、国内外の研究機関や企業と連携を取りながら新材料の開発に取り組んでいる。
初回の海外輸出事業は大失敗
萩野社長は上智大学大学院理工学研究科修了後、大手消費財化学メーカーの花王に勤務。30 歳になった1999 年に家業である同社に入社した。花王での仕事は充実し上司や同僚たちにも恵まれていたが、高齢になっても働き続ける父親(先代)の姿を見て、腹を括ったという。入社したての頃は前職とのギャップに戸惑うこともあったが、やがて同社のもつ優位性にも気づく。「普通の製造業は研究所と製造現場との間に距離があるものですが、当社にはそれがないので、『おたくの現場を使わせてもらえないか』というお客さまニーズがあったのです。そこでそれをアピールするようにしたら、受注件数が結構増えました」(萩野社長)。そして、2012 年に3 代目の社長に就任した(三芳合金工業の社長には2016 年に就任)。
同社は2 代目社長の時代に材料の種類や用途を広げて国内で拡販し、経営基盤を築いた。ただし、将来を見据えると課題もあった。2000 年頃の同社は、自社工場でつくれる製品だけをつくるスタイルを貫き、そこから外れる注文は取り扱わなかった。しかし、断わってばかりいると顧客を遠ざけかねない。そこで萩野社長が打ち出したのが鋳造や鍛造、金型会社など外部企業との連携だ。萩野社長は高校ではサッカー部、大学ではヨット部に所属し、多くの人と連携して事を成し遂げるすべを身につけていた。実際に、同社よりも大きな熱処理炉をもつ企業と連携することによって、従来、断っていた仕事も引き受けられるようになった。
もう1 つは海外向け販売の強化である。萩野社長が入社したての頃、海外販売は総売上の1 %程度しかなかった。しかし、国内よりも海外の方に大きな需要があり、同社の技術が活かせる分野もあった。その1 つが航空機の足回り部品である。そこで、2008 年から欧州の展示会に出展するようにした。最初はどこからも相手にされなかったが、2016 年に初めてドイツの足回り関連メーカーが日本まで監査に来てくれた。そしてその年の審査で認定がおりた。「そのときは、小躍りするほどうれしかったものです」(萩野社長)。
だが、喜んだのも束の間、出荷後に客先の実体から採取した試験片を使っての試験で失敗する。原因は社内での引張強度試験の際、製品からではなく別取りの小さなテストピースから取ったため、テストピースの結果は規格に満足していたものの、製品自体での検査を行っておらず、実体の中には要求強度を満たしていないものがあることを確認できていなかったのだ。
萩野社長は自身の詰めの甘さに愕然とした。ただし、そこであきらめたらそれまでの努力が水の泡になってしまう。試験プロセスを含めて要求仕様を満たすことを条件に顧客企業と交渉したところ、再チャレンジを認めてくれた。その結果、予定よりも1 年遅れたものの、2018 年からドイツ企業への出荷が始まった。そこで得た教訓は、海外メーカーは経験の少ない中小企業であっても、技術や管理能力、誠実さが認められれば、大手と同等に扱ってくれること。半面、気の緩みや甘えは禁物であるということだった。
その後、同社の製品は欧州で注目されるようになり、ドイツ企業のほか、フランス企業などにも採用された。同社の売上高は2013 年度の37 億円から2023 年度には92 億円にまで伸び、そのうちの約20 %を海外売上が占めるようになった。
責任を取って丸坊主に
ところで、同社は創業以来、「素朴な社員と家庭的な社風」を良き伝統としてきた。親子、夫婦、兄弟で勤務する社員もおり、社員は定年後も働く意思があれば何歳になっても働くことができる。また、社員間の交流を図るため、バーベキュー大会や音楽会などの文化的行事も盛んだ。
こうした半面、気の緩みからくる事故や不祥事も少なからずあった。2020 年のゴールデンウィーク前のことである。コロナ禍に入って外に出かけられなくなり、仕事も減ってきた。萩野社長は社員たちを前に「とにかく今は出るものを減らそう(ムダをなくそう)。そして戸締りをしっかりして盗難に遭わないようにしよう」と注意を喚起した。中でも不景気になると横行しがちなのが盗難である。特に同社が取り扱う銅合金は、一般的な銅と比べてもはるかに高価なものだけにひとたび被害に遭うと損失は計り知れないからだ。
4 月30 日、萩野社長は深夜の12 時頃まで残業したあと、帰宅しようと工場の前を通りかかると、門が空いていた。「誰かいるのかなと思ったら、門を閉め忘れていたのです」(萩野社長)。その瞬間、萩野社長の身体からは稲妻のように怒りが走った。「一体、どうなっているんだ。引き締めなきゃいけないときに…。普段の私の甘さがこういうところに出たのかと思うと、腸が煮えくり返った。翌朝、皆に聞くと、結局、『自分が最後だと思っていなかった』というような返事しかなかったのです。注意喚起したばかりでの不始末だったので、なおさら会社全体の緩み加減に腹が立ったのです」。当時の萩野社長の日記には、次のように書いてある。
「とにかく湯気が出るほど怒っていた。私のイライラはちっとも抑えられなかった。課長を集めて廃業の話を告げた。社内はピリッとした。これでよかったのだろうか? その日(5 月1 日)の夜、坊主頭にした。(野球部に入っていた)三男が(バリカンで)刈ってくれた(2020 年5 月1 日)」(図4)。
図4 髪を刈る前(左)と髪を刈った後(右、2020年5 月1 日21:45撮影)
次の日、萩野社長は朝礼で「本来は皆、坊主頭にすべきかもしれないが、社長の私が責任を取って丸坊主にした。皆はその分を仕事で取り返してくれ」と話した。さすがに社員たちも事の重大性を意識するようになり、その後はルールの徹底が図られた。
プライベートでも許されないことがある
社内の不祥事はこれだけでは終わらない。キャバクラ通いが高じて退職金をすっかりなくしてしまった再雇用の高齢者。アイドルの押し活資金を捻出するため消費者金融に通い、返済不能に陥った若手など、いろいろな問題が発生した。
当初、萩野社長はプライベートのことにはあまり口出ししなかった。押し活も飲み屋に行くのも個人の自由だからだ。しかし度が過ぎるのはまずいし、ましてやお金を借りてまでそういうところに行くのを許してはいけないと思うようになった。「当社の社員は真面目で良い人が多い。しかし世の中にはそういう人柄につけ込む人もいます。余計なお節介かもしれませんが、会社やほかの社員たちに迷惑が及ぶケースこともあり、黙って見過ごすことができなくなったのです」。
また、同社は文化祭のような行事がいろいろあり、男女が親しくなる機会が多い。しかし、そんな中から社内不倫が発覚したことがあった。萩野社長は当事者である女性と男性、そして家族の方と面会し、社長としての監督不行き届きを謝罪するとともに、善後策の相談に応じた。「先代時代にも同様なことがありましたが結局、何人かの社員が会社を辞めざるを得なくなり、会社にも社員にも損害が生じました」(萩野社長)。
息子たちに伝えたかったこと
萩野社長には3 人の息子がいる。2018 年のお盆の頃のことだ。久々に仕事をせずに、長男と次男を連れて鹿児島県の知覧へ旅行に行った。そのときは、父親として子供たちに伝えたいことがあり、その思いを紙に記して2 人に渡した。その内容は「考え方、恋愛、お金、生き方」についてであり、以下にその要点を記す。
〈考え方〉「特攻隊で散った方々の辛い頑張りのおかげで今のわれわれの幸せな人生・生活がある。彼らに恥ずかしくない生き方をしなくてはいけない」
〈恋愛〉「好きになった相手や相手の家族を悲しませるようなことを決してしてはならない。付き合っている相手であっても、まだ結婚していないのに妊娠させてはいけない。自分がすでに結婚している場合、あるいは相手が結婚していた場合、たとえ好きでも付き合ってはいけない。自分が好きではなく相手から好きだと言われても無視するか、 誠実にきっぱりと断ること」
〈お金〉「お金は生きていくうえでとても大切なものだから、浪費してはいけない。借金は計画性がなければ絶対に破滅・破産する」
〈生き方〉「大らかに生きること。物事は計画立てて進めることが重要だが、こちらのコントロール下にないことは、ときにどうにもならず、計画変更を余儀なくされることも多いのが現実。いちいちイライラしないで、西郷さんのようにド~ンと構えて臨機応変に変化の本質を見極めて対処していくことも大切」
そしてこの内容は後日、社員たちにも伝えたという。
銅合金、人間力で世界一を目指す
社員によるプライベートの不始末や気の緩みに心を痛めた萩野社長は、それらの予防策の一つとして2023 年4 月から11 人の課長を対象に月2 回のミーティングを開くことにした。「会社で仕事をしているときは、誰もが鎧のようなものをまとっています。『自分の弱みは自分がいちばんわかっており、そこは他人から攻められたくない』と隠しているわけです。しかし、その隠そうとするエネルギーはすごくムダなものなので、そんなものは剥いでしまえと。そのうえで人と付き合えば、エネルギーを前向きなものに使えるのではないかという発想です。そして、まずは課長同士が腹を割って話すことから始めました」(萩野社長)。
その際のグランドルールは「本音で話す、相手の話を心で聴く、誰もが正しい」の3 つ。机なしで丸くなり、プライベートのことも含め、今、感じていることを率直に話す。「正直言って、初めはそんなに簡単には行かないだろうなと思っていましたが、予想以上に盛り上がっています」と萩野社長。
例えば、「小学6年生の自分の息子が学校でイジメを受けていて、そのまま中学に行ったらもっとひどくイジメられそうで悩んでいる」と、今まで会社ではプライベートの話をほとんどしなかった人が打ち明けた。すると、それを聞いた人が「会社の近くの中学に入学させて、ここから学校に通わせたらどうか」という助言をするといった具合だ。
実際に「このミーティングを始めてから、課長同士の距離が一気に近くなった感じがしています」と萩野社長は言う。1 年数カ月間の実施で思いのほか距離が縮まったことから2025 年度からは20 数人いる係長と一部の主任を対象にした同様のミーティングを開くことにした。
開発型企業である同社は、外部から常に先進性を求められており、社員たちはそれに応える情熱と向上心を持ち続けることが必要だ。もちろん、そのための研修会やカリキュラムも用意されている。ただし、モノづくりだけが先行しても人間力が伴わないと良い結果は得られない。銅合金で世界一、人間力でも世界一を目指すのが同社の大目標なのである。