icon-sns-youtube icon-sns-facebook icon-sns-twitter icon-sns-instagram icon-sns-line icon-sns-tiktok icon-sns-etc
SEARCH

型技術

2025.02.03

大手梵鐘メーカーの経営再建を支える世界初の鋳造製ウイスキー蒸留器「ZEMON」―老子製作所

  • facebook
  • twitter
  • LINE

 老子(おいご)製作所(富山県高岡市)は、寺院などで使われる梵鐘や銅像、仏具などを手がける鋳造メーカー。中でも梵鐘では国内最大手で、国内シェアは約7 割を占める。同社はコロナ禍での受注減が決定打となり2021 年に民事再生法を申請。2020 年に就任した15代目の老子祥平社長(図1)が経営再建を目指す中、その道筋を照らす光となっているのが、同社が新たに開発した世界初の鋳造製ウイスキー蒸留器「ZEMON」だ。
図1 老子祥平代表取締役社長

図1 老子祥平代表取締役社長

広島の「平和の鐘」も手がける

 同社の創業は古く、江戸中期に遡る。創業当初は鍋や釡、火鉢などの生活用品の丸物鋳造を主に手がけていたという。同社が位置する高岡は、17 世紀初めに加賀藩主の前田利長が城下の繁栄を支える産業を興すために鋳物師を呼び寄せたことを契機として、長い歴史の中で「高岡銅器」と呼ばれる銅器の一大産地となっていった地域でもある。同社が大型銅器である梵鐘の製造に本格的に参入したのは戦後のこと。太平洋戦争開戦の直前に公布された金属類回収令によって全国の寺社が梵鐘の供出を行い、戦後にはほとんどの寺社に梵鐘がないという状況に陥った。そのことを知って忍びない思いと商機の両方を感じ取った老子社長の曽祖父が全国の寺社を回り、それまでにも少数ながら手がけていた梵鐘の製造に注力することとなった。

 現在、同社の梵鐘が国内で占めるシェアは約7 割。日本全国の寺社はもちろん、欧州やアジア各国など海外にある別院にも広く梵鐘を納めてきたほか、広島市の平和記念公園内に常設されている「平和の鐘」や、東日本大震災の鎮魂と復興の願いのためにJR 釡石駅前に設置された「釡石復興の鐘」など、モニュメントとしての釣鐘の製造実績も数多い。一方で、同社は寺社に納める銅像や仏具など比較的小型の銅器も手がけており、近年では禅の思想など日本の文化が海外で広く受け入れられた背景から、海外の顧客からオブジェとしての仏具の製造を受注するケースもあるという。

 梵鐘は、専用の土(真土)を使って引き型と呼ばれる回転板を回してつくった主型(外型)と中子の隙間に銅合金の溶湯を流し込んで製造する(図2)。老子社長は「梵鐘づくりで最も重視されるのは音」とし、撞木でゴーンと打ち鳴らした後に聞き心地の良い音が余韻をもって長く響くものが好まれるという。良い音を生み出す大きな要素の一つが梵鐘の内側の形状で、真ん中が膨らんだ樽型の形状に中子を製作し、長年の経験によって中子を削って製品の肉厚を部位ごとに調整することで、よく響く梵鐘をつくり出せる。「顧客からは、由緒ある寺の鐘の音を再現した梵鐘をつくってほしいといった発注もあります。そうした梵鐘がどこまで実現可能かを調べるため、さまざまな梵鐘の周波数や肉厚を調べて聞こえ方を見える化する研究に挑戦したこともあります」(老子社長)。
図1 老子祥平代表取締役社長
図2 現場の様子[溶融炉(上)と主型と中子をつくる引き型(下)]

図2 現場の様子[溶融炉(上)と主型と中子をつくる引き型(下)]

ウイスキー蒸留器の開発に着手

 梵鐘の国内最大手メーカーとして歩んできたはずの同社だが、以前同社に存在していた機械製造部門が出した赤字を抱える中での経営が続いていた状況もあり、2021 年には経営破綻に陥り、民事再生法を申請することとなった。その決定打となったのはコロナ禍だった。「一番の顧客である寺社では、人の集まりを避けるために法事が激減し葬儀も簡素化され、収入が大きく減りました。その影響で発注の取り消しが相次いだのです」(老子社長)。また、銅像などの製造依頼があった民間企業などでも発注の延期が多数発生したという。

 現在、老子社長が自力での経営再建に取り組んでいる真っただ中だが、その中で同社の経営の新たな柱にすべく事業展開に注力しているのが、同社が開発した鋳造製ウイスキー蒸留器「ZEMON」だ(図3)。
図3 鋳造製ウイスキー蒸留器「ZEMON」(写真提供:老子製作所)

図3 鋳造製ウイスキー蒸留器「ZEMON」(写真提供:老子製作所)

 蒸留器の開発は老子社長が同社の製造部長だった2016 年、県内酒造メーカーの若鶴酒造(富山県砺波市)からの相談を受けたことがきっかけだった。同酒造では1950 年代からウイスキーの製造も手がけるようになったが、所有していた蒸留器の老朽化に伴って製造中止の状態が続いていた。そのウイスキーづくりを復活させたいと考えたのが、同酒造の現社長である稲垣貴彦氏。だが、ウイスキーをつくるために必要な蒸留器を手がける国内メーカーは非常に少なく、完成まで2~3 年が必要になるということで、同社へ相談に来たのだった。「当時は経営破綻前でしたが、梵鐘の製造も少しずつ減っている時期で新たなことをやらなければという思いがありました」(老子社長)。

 一般に鍛造によって純銅の板を成形する方法で製造される蒸留器を、梵鐘などの製造に用いる鋳造用の青銅(銅と錫などの合金)でつくる試みは「世界初だった」と老子社長は振り返る。ウイスキーの蒸留器に銅が用いられるのは醸造時に発生する不快な硫黄臭を銅との化学反応によって抑えるためで、そうした効果が鋳造製の蒸留器でも得られるのかといったことなどを事前に調べる必要があった。そこで老子社長は純銅製や鋳造製の小型蒸留器を試作し、酒類総合研究所(広島県東広島市)の協力を得て蒸留酒の分析を行った。「分析の結果、鋳造製では不快なにおいを抑える効果は純銅製と同様で、フローラル系の良い香りはより良くなることがわかりました」(老子社長)。

鋳造製の蒸留器のメリットと今後

 実際の蒸留器の製造では、人体への影響から梵鐘などの鋳造で用いていた鉛が使えず、湯走りの悪さに悩まされた。「肉厚を10 mm としましたが製品の大きさと比べると相対的に薄く、大きさや形状、角度などで湯が回りにくくなる部分があり、ひけ巣が起きていました」(老子社長)。ウイスキーの蒸留では高濃度のアルコールを扱うことになるため、安全性の観点も含めて従来の鍛造製のものと同等の気密性を確保する必要がある。開発では何度も失敗したが、鋳造法案を何度も検討したり原型を変えたりと試行錯誤を繰り返し、約3 年で世界初の鋳造製ウイスキー蒸留器が完成。老子製作所の屋号である次右衛門から「ZEMON」と名づけた。

 1 号機となった初留用と再留用の蒸留器1セットは若鶴酒造の三郎丸蒸留所へ納品。また、2 号機は、同社の民事再生法申請を知り、「同社を支援したい」と採用を決定した舩坂酒造店(岐阜県高山市)の飛騨高山蒸留所へ納めた。老子社長はZEMON には従来品より優れた点が2 点あるとする。1 つは前述の酒質の向上。もう1 つは銅合金の鋳造製では純銅の鍛造製のものに比べて冷めにくいことから蒸留時の加熱で省エネ効果が得られると言い、「実際に若鶴酒造では大幅な省エネが達成できた」(老子社長)という。

 同社にとっての主要製品が梵鐘であることに変わりはないが、老子社長は「新たなチャレンジで生まれた鋳造製蒸留器の実績も地道に増やし、会社を再建させたい」と力強く語る。

関連記事