型技術 連載「巻頭インタビュー」
2026.05.28
ガンダムのプラモデルが未来のモノづくり人材の心に火をつける―BANDAI SPIRITS
㈱BANDAI SPIRITS ホビーディビジョン ホビークリエイション部
金型・成形チーム アシスタントマネージャー
中野博貴氏
Interviewer
三菱電機㈱ FA システム事業本部
メカトロニクスフィールドエンジニアリング部
企画グループ 主任
榎本耕二氏
1980 年の発売以来、子供と大人の心をときめかせてやまないガンダムシリーズのプラモデル。その企画・開発・製造を一手に担うのが、プラモデルの町・静岡市に生産拠点を構えるBANDAI SPIRITS(東京都港区)だ。同社の金型・成形チーム所属の中野博貴氏に、ファンを魅了するプラモデルを生み出す技術や、製造業の未来を見据えた教育活動について聞いた。
榎本
最初に中野様のご経歴とこれまで携わってきたお仕事についてお聞かせください。
中野
当社では金型製作に関しては新型製作のディレクションと金型の保守・保全を行っていて、私は金型の修理やメンテナンスを行う部門に所属しています。私はここバンダイホビーセンター(静岡市葵区)のすぐ隣にある工業高校の出身で、入社して今年で15 年目になります。父親が大工で、「自分で使う机やいすは自分でつくれ」という環境で育ったこともあって、早いうちからモノづくりに興味をもちました。
今でこそガンダムは好きですが、実は高校生の頃はあまり興味がなかった。当社への入社を決めたのは、高校3 年生のときにたまたま当社の工場を取材したテレビ番組を見たことがきっかけです。金型の製作現場で職人の方が金型を真剣な表情で磨いているシーンが目に飛び込んできて、「カッコいいな、これを仕事にしたい!」と直感しました。ちょうどそのときに当社の求人を見つけて応募したのです。
榎本
そうした機会に巡り合うのも運命ですね。
中野
入社後は今と同じで金型の修理やメンテナンスを行う部署に配属となりました。現在は主に管理業務を担っていますが、入社当時は実際に現場に入って自分の手で金型を加工・修正したり、直した金型でトライ成形を行って不具合の有無を判断したりということを行っていました。そこで10 年ほど経験を積んでから、量産成形の工程管理や商品の箱詰めなどの後工程の生産管理を経験して、視野を広げさせてもらったあとに現在の部署へ帰ってきたという感じです。この経験が全体効率を意識した業務改善に活かされています。
バンダイホビーセンターのエントランスではガンダムの歴代プラモデルが来場者を迎える
榎本
これまで金型の修理やメンテナンスに携わってこられた中でご苦労されたエピソードはありますか。
中野
苦労したことはとても多いのですが、何より大変だったのは、手作業で金型を修理する技術を習得することですね。われわれは版権元様からキャラクターをお借りしてガンプラ(ガンダムのプラモデル)などの商品を展開する立場なので、元のキャラクターに備わる意匠がとにかく最優先。そのため、テーパや抜き勾配をつけない金型は当たり前のようにありますし、ガンプラとしての格好良さにつながる「細い」、「細かい」、「薄い」といった再現が難しい形状も多いです。
他業界の金型づくりでは、まず「それで生産できるか」という点を考慮すると思うのですが、われわれは「いかにカッコいい形に仕上げるか」を優先して考えます。そのぶん量産成形中のトラブルも起こりやすくなりますが、われわれとしてはこうした部分も妥協せず形にしたいので、生産効率や歩留まりの改善を考慮しながら、これらを成し遂げる金型技術を身につける必要がある。その技を一つひとつ習得していくのはなかなか大変でした。
榎本
厳密に定まったデザインに、いかに対応するかが大変なのですね。一般の工業製品では必要な機能を果たすことが重要で形状などには許容範囲がありますが、そうした分野とは違った大変さがありますね。プラモデルを組むときのパーツのはめ心地なども金型をつくるときに考慮するのでしょうか。
中野
そうですね。パーツがはまる感覚や、完成後の関節などの可動部の硬さなどは結構こだわっています。これらはプラスチックどうしの摩擦の効き具合に左右されていて、強すぎても弱すぎても心地良い感触は得られません。これを金型で実現するために寸法自体を1/100 mm 単位で追い込んでいくのですが、どのくらいの幅でどのくらいの深さで摩擦を効かせるのかという「効き代」を考えて調整しています。ちょうど良い効き代をつくるのはやはり1 回の加工では難しくて、何回かの調整を経て理想に近づけていきます。
また、成形材料についてもABS 樹脂の特性に近いPS を狙って当社で独自開発した「KPS」と呼ぶ樹脂を使用しています。PS どうしだと摩擦で削れて嵌合部がゆるくなりやすいという問題があったのですが、KPS はゴム成分が多いので摩擦で削れにくくなっています。そのぶん金型ではシビアな調整が必要になりますが、材料の観点からもはめ心地の良さなどプラモデルを組む楽しさを追求しています。
榎本
プラモデルファンに向けた御社の素晴らしいこだわりですね。
2008 年に発売された「MG1/100 RX-78-2 ガンダムVer.2.0」のプラモデル金型
45年前の金型で成形することも
榎本
御社はやはりガンダムの印象が強くて、これまでにさまざまなシリーズのガンプラを展開されていますが、その金型を扱う立場の中野様にとって特に思い入れのある商品について教えてください。
中野
具体的な商品名としては「HGUC 1/144 ゼータガンダム」です。私が初めてメンテナンスを担当したのがこの金型だったのですが、やはり最初ということですさまじく苦労したのが強く印象に残っています。パーティングライン(PL)がつぶされて金型の垂直面が倒れ込んでしまっているものを自身で溶接し、PL と製品形状を手作業で元に戻していくという修正なのですが、調整できたと思ってもトライをすると全然ダメ。それを10 回ほど繰り返したのを覚えています。ゼータガンダムは定期的に再販しているのですが、その数年後にまた同じ金型を修理する機会があったときに当時の自分の修正箇所を見ると、とても下手くそでした(笑)。でも、一方で「それが下手だとわかるくらいには成長できたんだ」とも思えました。
榎本
自分が修理した金型を数年後また自分で修理するというのはおもしろいですね。御社の金型は寿命もかなり長いのですか。
中野
長いものだと45 年ほど前に製作した初代ガンプラの金型を使って生産している例もあります。プラモデルの生産では自動車のような複雑な組立ラインが必要ないので、それほど手間をかけずに再販できます。モデルチェンジや廃番もあまりありません。だから極力金型を残しておいてメンテナンスや修理を続けながら再販を繰り返すということを行っています。同じ金型で何百万ショットというのも珍しくない。金型自体も修理することを前提にして割りを細かくしてつくっています。ちなみに現在当社では、面数で言えば1 万7,000 面ほどの金型を保管しています。
榎本
45年前の金型で生産するというのは産業製品ではなかなか聞かないのでとても興味深いです。
多色成形技術で手指の関節をつくる
榎本
これまで発売してきた商品の中で、高い顧客満足度が得られたと実感できたものをお教えください。
中野
われわれの強みの一つに「4 色成形」という特許技術があります。これは東芝機械(現・芝浦機械)と共同開発した独自の射出成形機を用いて最大4 種類の樹脂で1 つのパーツを成形できるというものなのですが、この技術を使って、ランナーについた状態ですでに手指の関節が成り立っていて、ニッパーで切り出すと関節が動かせる手のパーツになっているというものを実現しました。関節部分は球状と軸状の形で構成されていて、樹脂どうしはつながっていません。これが初めて世に出たときは、お客様からたくさんの驚きの声をいただけました。
多色成形技術により手指の関節を備えたプラモデルパーツを実現
榎本
成形が完了した段階で関節が組み合わさっているのですね。これを金型の技術に落とし込んで実現しているというのが素晴らしい。
中野
技術のアイデア自体は1990 年代にはあったのですが、金型をつくりやすくしたりコンパクトにしたりと改良を続けてコストダウンを図って実現に至りました。従来は手を構成する小さなパーツをお客様が一つひとつ組んでいたので手間がかかって大変でした。プラモデルを組むうえでストレスを感じる工程でしたが、そこを感動させる瞬間に変えられたのは価値として大きかったと思います。
プラモデルは「つくるのが大変」というところに新規顧客の参入障壁があると捉えていて、われわれはできるだけそのハードルを下げたい、誰がつくっても出来の良い仕上がりになるようにしたいと考えています。組立工程を楽にするこうした技術は新たなファンを増やすうえでも一役買っていると思います。ただ、あまりやりすぎると今度はプラモデルを組む楽しみをそいでしまうこともあるのでバランスが大事ですが。
同社の特許技術「4色成形」を可能とする独自開発の射出成形機が並ぶ成形現場
榎本
金型をつくる側は大変だけれどお客様にはメリットを感じてもらえる状況をつくり出せたということですね。ちなみに御社では今、年間でどれくらいのプラモデル商品を発売されているのですか。
中野
ガンダムシリーズやそのほかのキャラクターを含めて約300 商品です。バンダイが展開するプラモデルは基本的にすべてバンダイホビーセンターで開発しています。型数で言えば年平均で約700 型。毎年これだけの新型を起こすのは、ほかではあまりないと思います。
小学生に向けた「ガンプラの授業」
榎本
近年、プラモデルの価格が上昇傾向にあって、いわゆる“ 大人の趣味” になっているように感じています。一方で、プラモデルは本来、子供がモノを組み立てる喜びを感じる原体験になるものだと考えているのですが、そうした低年齢層に向けた御社の商品展開などについてお教えください。
中野
ガンプラで言えば、各顧客層に合わせたグレードは広く揃えていて、ガンプラの究極の姿を具現化する最高峰のブランド「PG」(パーフェクトグレード)や、初心者向けで子供のお小遣いでも買える「EG」(エントリーグレード)なども展開しています。イベントで配布するための体験用ガンプラというものもあります。子供向けで言えば、小学校などでガンプラを題材にした授業を実施するという取組みも行っています。
榎本
ガンプラの授業ですか!
中野
「ガンプラアカデミア」という取組みで、先ほど述べた体験用のガンプラと工場見学の配信動画を無料提供し、プラモデルをつくる体験を通じてモノづくりの楽しさなどを感じてもらうことを目的にしています。また、「マイプラスチックステーション」という取組みでは、トラックの荷台に射出成形機を積み込んでわれわれが小学校へ出向き、粉砕したプラモデルランナーからリサイクル成形を行う様子を実演するということも行っていて、こちらはSDGs に関連した授業です。
ガンプラアカデミアでは2026 年2 月現在で参加校数は累計1 万3,770 校、参加児童数は累計94万人を超えました。特に大阪府では推奨いただいていて、大阪府の小学校では全校で実施いただいたと聞いています。大阪府の今の小学生のほぼ全員がガンプラを組んだことがある、と言い換えてもよいのかもしれません。
榎本
それはすごいですね! きっとその中にはプラモデルにハマって、今度はお小遣いを貯めて自分で買う子供も出てくるでしょうね。
中野
こうした取組みは、もちろんプラモデルファンを増やすための種まきでもあるのですが、モノづくりという仕事を認知して理解してもらって、一人でも多くの子供にモノづくり業界の将来の担い手になってもらいたいという思いの方が強いです。ご存じのとおり、今は製造業に若い人が入ってこなくて、技術の継承もままならない。金型メーカーで言えば、1990 年代に約1 万3,000 社あったのが今では4,000 社程度まで減っているようです。その中で、将来の日本の型技術の存続に関してわれわれに今できることは何かということを真剣に考えています。子供たちに受け入れられやすいガンプラをつくるわれわれだからこそ、世の中に向けた活動や発信を積極的に行っていきたいですね。
榎本
外部への発信で言えば、近年では展示会のINTERMOLD やIPF Japan などでも講演をなさっていたそうですね。
中野
実はわれわれは小学校のほかに大学や専門学校に向けた情報発信も行ってきていて、そうした活動を進める中で展示会からも声がかかるようになりました。企業向けのセミナーを行うことで幅広い分野の金型メーカーともつながりができて、そうした企業と少しずつコミュニケーションがとれるようになりました。この業界の将来に向けて何かできないかと、話し始めているところです。
榎本
そこで何か成果が実ることを期待しています。本日はありがとうございました。
中野博貴(なかの ひろき)
2011 年 静岡県立科学技術高等学校 機械工学科 卒業
同 年 ㈱バンダイ 入社
2017 年 同社 金型チーム金型生産担当 チーフ
2018 年 ㈱BANDAI SPIRITS 設立に伴い出向
2024 年 同社 成形・生産チームへの異動を経て金型・成形チームへ帰属
2026 年 同社 金型・成形チーム アシスタントマネージャー