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型技術 特別企画「実録!中小金属加工業の事業承継」

2026.01.20

賃金の民主化で事業継続性を高めるひし形のグループ組織が誕生―新栄ホールディングス

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 新栄ホールディングス(東京都中央区)は、金型製作・プレス加工業を営む新栄工業(千葉市)、アポロ工業(埼玉県吉川市)、飯能精密工業(埼玉県飯能市)の3 社の持株会社として2023 年3 月に発足した。2024 年にはグループ3 社の共同出資で金型製作専門のアポロ技研を設立。これにより、新栄ホールディングスのもとに3 社が並び、さらにそれを支える形でアポロ技研が存在する「ひし形」のグループ組織が出来上がった(図1)。グループ化は2020 年にアポロ工業の高い金型技術力に着目した新栄工業がM&A を実施。その3 年後に加工体制に余力のある飯能精密工業を買収するという流れの中で生まれた。
図1 新栄ホールディングスグループ

図1 新栄ホールディングスグループ

 最初のM&A から5 年経過した現在、グループ全体の売上高はかつての2 倍以上に成長。しかし、その道程は順風満帆であったわけではなかった。「M&A による事業継承は、『株式を購入したら終わり』ではありません。3 社とも強みと弱みがあり、アイデンティティも異なります。それを踏まえたうえで、各社の弱みをなくし事業継続性を高めていくのは並大抵のことではないのです。念願の金型会社を発足させることはできましたが、ここからが正念場だと思っています」と新栄ホールディングスの中村新一代表(図2)は話す。
図2 中村新一氏

図2 中村新一氏

自社の技術力のなさに悩む

 中村氏は千葉市生まれ。高校時代に音楽(バンド)活動に目覚め、ひと頃まではその道で食べていくつもりだったが、挫折を味わい断念。30 歳のときに父親に懺悔して新栄工業に入社した。

「そもそも新栄という社名には、『新一の代まで栄えるように』という父親の思いが込められたものであり、それを無視し続けてきた自分を悔いたものです」(中村氏)。

 だが、入社後はがむしゃらに働いた。他の従業員たちが19 時に退社したあとも広い工場内に1 人だけ残って、毎日22 時頃まで働き続けた。そして工場長になる頃には自社の強みと弱みをきちんと掌握できるまでになった。

 かつては内部統制が脆弱だったが、長年にわたる改善の結果、「堅実経営の会社」として金融機関の与信は高まった。その一方で、一番の問題は技術力が不足していることだった。

「新栄工業の場合、お客様の仕事の出元が資材や調達などの部署で、ときには材料も支給されるなど、プレスの人工だけの商売になっていました。その状態では価格競争に巻き込まれやすいし、どう考えても未来はないと思いました」(中村氏)。

 その間には、自ら進んで「金型技術を身に着けよう」と、知り合いの金型会社に頼みこんで、仕事が引けたあとの深夜まで修業をしたこともあった。金型づくりの基礎を学び、それをもとに人材を育成して会社を発展させようと思ったからだ。しかし、金型技術を前面に出そうにも販路がなくて売上増には結びつかず、挙句の果てには、せっかく育てた従業員も他社に引き抜かれるなど、うまくいかなかった。

与信の高さを武器に買収先を探す

 その後、新栄工業の社長になった中村氏は2020 年、自社の技術力を補完するため、金融機関からの与信の高さを活かして高い金型技術をもつ会社を買収することにした。民間会社が運営する企業間提携サービスを活用。そして巡り合ったのがアポロ工業であった。当時のアポロ工業の社長は腕利きの金型職人あがりの人だった。

「私よりも前に数社とコンタクトしていたようでしたが、購入を希望する会社がいずれもファンド系であったのに対し、『職人の気持ちがわかる人に会社を譲りたい』と私が選ばれたのです」(中村氏)。アポロ工業はEV 関連やパイプなど自動車系部品を中心に扱う会社で、企業規模は新栄工業の半分ほどの会社であり、社長は中村氏が務めることにした。

 しかし、そのアポロ工業には大きな問題があった。技術力(図3、図4)はあったものの、内部統制がまったくできていなかった。前社長には息子である現・専務取締役でホールディングスの役員を兼務する小田省一氏(図5)がいたが、従業員間ではその息子派と反息子派のグループができていて、人間関係がぎくしゃくしていた。また、安全帽や安全靴はおろか作業服すら着ない従業員も少なくなかった。さらに問題なのは、プレス機械の作業性を高めるために人とボルスタの間を近づけており、光線式安全装置も機能していなかったことである。
図3  アポロ工業が製造する自動車部品の1つであるオイルフィルタ

図3  アポロ工業が製造する自動車部品の1つであるオイルフィルタ

図4  金型加工やプレス加工に真摯に向き合い理論を学んできた

図4  金型加工やプレス加工に真摯に向き合い理論を学んできた

図5 小田省一氏

図5 小田省一氏

「新栄工業も昔はそうでしたが、アポロ工業に来たとき、現場で最も重要な安全がおろそかにされており、これは『すぐに変えないとまずいな』と思いました。しかし『私の考えを理解してもらうための会議を毎週やりたい』と言ったら、『嫌だ』と言われたりもしました」(中村氏)。それでも従業員に対しては命令口調で物を言うことは避け、辛抱強く安全対策の大切さを訴え続けた。

 アポロ工業は2016 年には2,000 万円の赤字を出していたが、その後、顧客と一緒に開発案件として進めていたEV 車向け部品の受注が伸び、業績は回復傾向にあった。「しかし、そういうときって従業員は自分たちの力に過度の自信をもつものです。それで、私の言うことなんてまったく聞こうとしなかったのです。『安全装置をちゃんとしないとダメだよ』と言っても、『これで大丈夫です。そんなことを言っていたら仕事になりません』という返事しか返ってこなかった」と言う。

 そうした矢先に、パートの女性が指を切断するという痛ましい労災事故が起きた。その女性には何らの落ち度もなく、現場従業員が不安定な状態で女性に物を渡したのが原因だった。それでも、従業員たちは何事もなかったかのような顔をしている。工場にはその昔、「ケガと弁当は手前持ち」という隠語があったが、アポロ工業の従業員たちはそういう空気感をまだもっていたのだ。

 中村氏はその光景を見て、「お前らいい加減にしろ!」と初めて大声で叫んだ。それまでは従業員らの言い分を聞き入れてきたが、「もう、俺の言うことを全部聞け!」と言い切り、その日から安全対策を徹底させた。今や中村氏はアポロ工業の従業員の誰もが「自分たちの社長」として認める存在になったが、潮目が変わったのは、中村氏が労災の案件を最後までやり切ったことにあったという。労災事故が起きたのは21 年2 月のことだが、その年の11 月までには安全通路と作業エリアの分離、安全柵の設置、会議室の設置など工場内環境を大きく変えることができたのである。

買われた側が買う側に回る

 アポロ工業に続き、2023 年1 月には医療系を含む精密部品の加工や組立てを得意とする飯能精密工業を買収した。アポロ工業ではEV 車向けの銅板部品の需要が大幅に伸びたが、立地場所が調整区域なので工場を増設することはできない。また、その銅部品は加工後に顧客の工場でエッチング処理するため、ホコリや油汚れを嫌うなど、環境が整っていないとできないので、建築金物中心の新栄工業で肩代わりするわけにもいかなかった。そこで日本M&A センターの仲介サービスを利用。数ある企業の中から着目したのが飯能精密工業であった。

 この案件にも競争相手が存在したが、その競争を勝ち抜くにあたり大きな役割を果たしたのは、かつて買われる立場を経験したアポロ工業の小田氏であった。飯能精密工業のトップとの面談の際、小田氏は自身の経験を率直に語った。もともと「もう社内ではやり切れません。どこか良い会社を買ってくれませんか」と進言したのは小田氏であっただけに、話す言葉にも力がこもった。買われる側にすれば、どの会社に売ったらよいのか不安を感じているところへ、小田氏の「私はつくることよりも、営業やモノを運ぶことを仕事にしています。それによってお客さまを喜ばすことができているので、ぜひご協力ください」という言葉は相手に好印象を与え、「この企業グループだったら大丈夫だ」という決め手となった。

 ただし、M&A はできたものの、飯能精密工業には長年にわたり債務超過に陥ってきたという問題があった。M&A 時点でも、売上3 億円に対して債務は4億円あり、金融機関でもそれ以上の融資はできない状況だった。与信の高い新栄工業が借りてそれを飯能精密工業に回せれば話は簡単だが、迂回になるのでそれはできない。ただし、ホールディングス化してグループ企業の名目であれば、融資を受けることは可能である。もともと、中村氏は頭の中でホールディングス化の構想を描いていたが、飯能精密工業のM&A を機に行動を起こし、2023 年3 月に新栄ホールディングスを設立した。

賃金の民主化が信条

 中村氏が特に意識したのは、新栄工業が組織の頂点になるのではなく、ホールディングスがあってその下に3 社が横に並ぶフラットな組織運営だった。

「買われた側は劣等感をもちやすいものですが、そうではなく皆、平等であり、皆で競争しながら協力しあう組織にしたかったのです」(中村氏)。その中村氏の経営ポリシーは「賃金の民主化」というもの。各社は独立採算であって、目標管理制度が人事評価制度に紐づいて賃金が決められている。また賞与は営業利益の1/3 と決めている。実際にこれまでの5 年間で、新栄工業には出なかった賞与がアポロ工業と飯能精密工業には出たという年もあった。ホールディングスには3 人の役員がいるが、各担当事業者のほかにグループ内企業に掛けた労力も加味して、グループ内各社に請求する経営指導料の配分も決めている。この民主化された賃金制度をぐるぐると回すことにより、それぞれの会社とホールディングスの事業継続性を高めようという考え方だ。

 実際に、このホールディングス体制が奏功し、飯能精密工業の業績は急回復を示した。金融機関への返済が滞り、いつつぶれてもおかしくないドン底を味わってから2 年後の2024 年7 月期、飯能精密工業は純売上で4 億5,000 万円を超えるなど、まったく別の会社に生まれ変わったのである。

金型産業の新たなビジネスモデル

「株式を買っても、その会社の従業員の魂まで買ったわけではありません。特に忘れてはならないのは、買われた側に足りない経営ソースをどのように補充していくか、その答えを出すのは買った側の役割であることです。したがって、買った側は痛みを伴います。実際に、新栄工業がアポロ工業にM&A を実施した翌年は、従業員の大量退職があり、同じくアポロ工業は飯能精密工業にM&A を実施した翌年に大量退職がありました。また、買収先に幹部社員を送り込む会社がありますが、それは良くないと思っています。資金を投資するのはオーナーです。オーナーと事業責任者が同一人物なら構いませんが、従業員であった場合、早く結果を出したいと急ぐ傾向があり、焦りもあって事業継続性を高めるためのPMI(企業文化統合作業)がうまく進まなくなると思うからです」と中村氏は話す。

 今後はそれぞれの会社の健全性を担保するほか、金型製作会社のアポロ技研を現在の従業員4 人、年商1億円から、従業員10 人、年商4 億規模にまで高めるのが当面の目標である。それにはグループ3 社のメンテナンスだけでは成り立たないので、新たな仕事を入れて独立採算制でも十分にやっていけるようにすることだ。中村氏は以前から「金型産業の未来はけっして暗いものではない」と考えていた。

「日本では、お客様がほしいのは製品であって、金型というのはコストだと考える節がありますが、海外では金型会社やその技術は、とても高く評価されています。こうした中、アポロ技研をコアに事業継続性の高い金型産業のビジネスモデルをつくることが私の夢です」と中村氏は語る。

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