工場管理 連載「キラリと光る技術をM&Aでつなぐ」
2026.02.19
最終回 “選択”の時代を生き抜くために~経営者がこれから考えるべきこと~
スピカコンサルティング 松栄 遥
まつえ はるか:取締役 製造業支援部 岐阜県出身。2012年にキーエンスに入社し、国内トップクラスの成績で受賞歴多数。2016年、日本M&Aセンターに入社。2019年にはM&Aコンサルティングを共同創業し、代表取締役に就任。2023年にスピカコンサルティングに参画
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これからの日本の産業をより良くしていくためにも、中小の製造業が持つキラリとした技術を後世に残していきたい。こうした想いから、本連載では全12 回にわたり製造業経営者や製造業で働く皆さまに、M&A の正しい知識を深めていただけるような情報を発信してきました。
今でもまれにM&A を“終わり”や“負け”ととらえる人がいらっしゃいますが、本質的にはM&A は「未来につなげる選択肢」であるということをご理解いただけたのではないでしょうか。また、中小製造業の企業価値の考え方や、バリューアップ(企業価値向上)の具体的なポイントを実例を交えて解説してきたことで、さまざまな角度から企業の未来を考えるきっかけになっていれば幸いです。
最終回となる今回は、「経営者がこれから考えるべきこと」をテーマに、変化の時代における3 つの視点をお伝えしたいと思います。
自社の“価値”を言語化できるか
私たちがご支援している企業の多くは、帳簿には表れない魅力を持っています。たとえば、長年蓄積してきた加工ノウハウ、顧客との厚い信頼関係、熟練の職人技術、あるいは独自設計の治具や設備など。こうした数字では測れない「定性的な価値」こそが企業の競争力の源泉であり、次世代へのバトンタッチにおいても重要な要素です。
ところが、これらの価値は日々の業務の中で当たり前になってしまい、社内でも正しく共有されていないことが少なくありません。いざ事業承継やM&A を検討しようと思ったとき、「会社の魅力がうまく伝わらない」「何を売りにすればよいかわからない」と壁にぶつかるのは、定性的な価値に気づくことができていないからです。
経営者自らが「自社の価値とは何か」を見つめ直し、言語化する姿勢が求められます。それは社員にとっても、未来の承継者にとっても、そしてご自身の“経営の誇り”を見つめ直すきっかけになるはずです。
“自社だけ”では限界がある時代にどう備えるか
第8 回(『工場管理』25 年2 月号)でご紹介した新栄ホールディングスの事例では、3 社の中小製造業がM&A を通じて「共存共栄型グループ」を形成し、それぞれが持つ経営課題を補い合いながら成長を実現していました。
今、多くの中小企業が直面しているのは、労働力不足や後継者不在、設備投資の遅れ、財務の不安定さといった課題です。これらは、もはや“一社だけの努力”では乗り越えることが難しくなってきています。
だからこそ、経営者は「孤独な職人型」から、「資源をつなぐプロデューサー型」へと進化していくことが求められています。すべてを自社内で完結させるという発想ではなく、外部の技術、人材、資本、ネットワークとどうつながるか。そうした柔軟な視点が、今後の経営には不可欠です。
M&A もその手段の1 つです。企業同士が対等に連携し、お互いの強みを掛け算する。そこには、搾取や吸収ではなく「新しい価値をともに生み出す」という発想が必要です。製造業においても、もはやM&A は一部の大企業だけの話ではなく、戦略的成長の選択肢として、現実味を帯びてきています。
経営の“出口”と“人生の後半戦”を描けているか
第9 回(『工場管理』25 年3 月号)で紹介したM&A の経験者、パインバレー社の松谷氏のように「60 歳までに事業を譲り、自分の時間と家族の時間を取り戻す」という明確な人生設計をもった経営者の姿は、多くの読者の心にも残ったのではないでしょうか。
事業承継やM&A は、単なる経営課題の解決ではありません。経営者自身の生き方、そして家族の未来にも大きく関わるライフイベントです。会社の未来を考えることと、自分自身の未来を考えることは、切り離せません。「あと何年、どんな形でこの仕事に関わるか」「会社を離れた後、自分は何をするのか」。これらの問いに答えを持つことは、後悔のない引き際を描くことにもつながります。
経営とは、ゴールのないマラソンではありません。意志ある“出口”を設定することこそが、最後まで「経営者として走りきる」ための条件なのだと思います。
未来を選ぶために、今どんなアクションをとるか
これからの時代、経営者に求められるのは、未来を“決める覚悟”ではなく、未来を“選ぶための準備”です 。自社の価値を改めて棚卸しし、社外とつながる力を育て、自分自身の人生の後半戦をどう描くか。この3 つを意識することで、会社の選択肢も、経営者自身の選択肢も大きく広がります。
そして、最も重要なことは「実際に取り組むこと」です。日々の業務に追われ、なかなか時間を確保できない経営者の方も多いと思われます。私たちスピカコンサルティングは、未来の選択肢を一緒に考え、学び合う場として、「バリューアップラボ」という勉強会を開催しています。製造業の経営者同士が、実例を共有し、企業価値の向上に向けて前向きに対話できる場です。
勉強会「バリューアップラボ」歓談の様子(プライバシー保護のため、画像を加工しています)
直近開催した、ものづくり太郎氏による「下請け構造からの脱却」をテーマとした会では、伝統的な下請け構造や2 次元図面に依存する現場管理の問題を指摘し、BOM(Bill of Materials)戦略を軸とした製造業の変革について意見交換を行いました。勉強会に参加された方からは「同じ業界の経営者として、これまで1 人で考えてきたような悩みを話せる仲間ができた」とのお声をいただきました。このような交流の場に参加いただくことも「実際に取り組むこと」のアクションになるかと思います。
10 年後、自社がどんな姿でありたいか。社員や家族に、何を残したいか。そのために、今日どんなアクションをとるか。経営者にしかできない決断があります。経営者にしか描けない未来があります。
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M&A は“終わり”ではありません。未来につなげるための、1 つの選択肢です。
本連載が、そのきっかけの1 つとなれば幸いです。これまでお読みいただき、本当にありがとうございました。