山岸製作所(群馬県高崎市)は、旋削加工で丸棒やパイプ材を薄肉形状に削り出し、厚さ0.5mm、直径5〜800mm のリング状の部品を、寸法精度20μm、真円度0.05mm 以下の高精度に仕上げる加工技術を誇る。この基盤になっているのが、新入社員が機械加工に関する基本事項を学ぶ「ヤマギシテクニカルセンター」(図1)だ。社員の能力開発・技能向上訓練の仕組みとして機能し、計画的な人材育成につながっている。
図1 基礎事項から実務に関することまで幅広く学ぶ(写真提供:山岸製作所)
知識と技能を学ぶ
ヤマギシテクニカルセンターは本社工場を置く、浜川工業団地から車で約5 分の場所にある倉庫の一画を改装し、2010 年に開校した。開校のきっかけは、08 年秋のリーマン・ショックが響いて仕事量が激減した際に人員整理を行わずに、余剰になった時間を技術者教育に充てたこと。山岸良一会長らが講師となり、水曜日から金曜日の週3日間、勉強会を開いた。09 年には事業環境は回復して、以前の仕事量に戻り始めていたが、職業能力開発協会から招いていた外部講師らの勧めもあり、企業内学校に発展させた。現在は群馬県の認定職業訓練校になっている。
現在の同センターの取組みは、新入社員に対して4 〜9 月の半年間、毎週金曜日の9 〜17 時の業務時間に行う研修だ。24 年度は「普通旋盤」、「NC(数値制御)旋盤」、「マシニングセンタ」について計19 日間、学科29 時間・実技97 時間の計126 時間の研修を実施した。ビジネスマナーなども研修するほか、担当作業や習熟度合いに応じて卒業後の補習も実施している。
テキストはどれも手づくり。内容は「図面の書き方」や「寸法公差・幾何公差・表面粗さ」、「標準作業」、「工具・チップの種類と用途」、「段取りの基礎」、「工程設計」など多岐にわたり、必要に応じて改訂している。学科・実技と現場での実践により、徹底的に基礎を身に付けさせる。
「文系でもモノづくりに興味がある学生は多い。面接時に『社内の職業訓練校でしっかりと育てるから、何も心配することはない』と言い切る」(山岸会長)。大学で理系を専攻していても、技能職に就くのを不安に思う就職活動生はいる。まして、文系であればなおさらだが、この一言が不安を払拭するのに効果を発揮している。実際、新入社員の約6 割以上はモノづくりや機械加工に関する専門知識がなく、入社後に学んだ。
どの中小企業においても人材確保は重要課題の1 つ。人手不足もあり、理系・文系とより好みできる状況ではない。専攻や性別を問わず、一人前に育てられる環境を整えていることが、新卒採用においても強みになっており、例年4 〜5 人が入社して、自社のモノづくりに欠かせない戦力に育成している。
中堅社員にはキャリアビジョンとリンクさせた教育を実施
新入社員だけでなく、入社から時間の経った社員に対しても教育の機会を設けており、キャリアビジョン(図2)とリンクさせて制度設計している。会長自らがマンツーマンで指導する「会長塾」、国家資格・技能検定研修、自主学習補助などを設定。オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)も工夫している。
会長塾は入社2 〜5 年目の中堅らを対象にして毎週木曜日、丸一日を費やして実施する。一人ひとりの得手不得手に合わせて、段取りや作業のコツなどを伝授する。中核社員として活躍してもらうために、より詳細で深い知識や実践で役立つノウハウ、高度な技能を身に付けさせ、成長を促すことが狙いだ。
国家資格・技能検定研修は管理職である技師長と取得を目指す受講生が師弟となり、試験課題などに取り組む。これは自習と位置付け、土曜日に実施している。また、自主学習補助は技能向上や資格取得に関する外部機関で受けた研修を対象とし、自己申告を受け付ける。学んだ内容が実務に活かせているかを審査のうえ、受講料などかかった費用を全額支給する。
OJT は現場指導をはじめ、要所要所にタブレット端末を置いて作業内容の説明動画を閲覧できるようにしている。「百聞は一見にしかず」で、外国人労働者やパートタイム労働者らも早期に戦力化している。
企業は人なり
同社は1962 年に山岸会長の父で旋盤工をしていた鍋夫氏、母のヨシヱさんの2 人で創業した。77 年に工場を移転・拡張し、翌年にNC 旋盤を導入した。これを使いこなすため、当時、別の金属加工会社に在籍していた山岸会長が呼び戻された。その後、弟で社長の祐二氏も加わり、1 人ずつ従業員を増やして会社を成長させた。山岸会長は、技術へのこだわりを鍋夫氏から受け継ぎ、現場で「企業は人なり」の信念を培った。
96 年に現在の本社工場に移転。当時、大手ベアリングメーカーからニードルベアリング向け部品開発の依頼を受け、試行錯誤して量産にこぎ着けた。山岸会長は「これが会社を飛躍させるきっかけになり、この経験が『難しいことに挑戦する会社』の礎になった」と振り返る。取引先は自動車をはじめ、半導体製造装置、ロボット、航空機などのさまざまな業界に広がり、開発・加工事例も積み上がっている。コーポレートサイトの事例・加工紹介ページには「お困りの方へ!」の一文が踊る。取引先の課題解決に挑戦する姿勢、それを可能とする技術に対する自信の表れでもある。
2025 年は同センター開校15 周年を迎える。現在、従業員数は100 名を超える。このほとんどは現場で働いており、かつそのほとんどは同センターの卒業生である。山岸会長は「基礎固めをしていないと、どこかで必ず成長が止まる。会社の成長は人の成長だ。だからこそ教育に力を入れる」と強調する。
社長の祐二氏は、将来の目指す姿として“NASA(米航空宇宙局)から必要とされる企業” を掲げる。全社一丸となり、この挑戦を続けている。(日刊工業新聞社 群馬支局長 藤竿裕謙)