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機械設計 連載「若手技術者戦力化のワンポイント」

2025.11.28

第19回 自分の仕事ではないと逃げる若手技術者への対応

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FRP Consultant 吉田 州一郎

よしだ しゅういちろう:代表取締役社長。東京工業大学工学部卒業後、Fraunhofer Instituteでのインターンを経て、同大大学院修士課程修了。繊維強化プラスチック関連の技術指導や支援を企業に行いながら専門性鍛錬を行う一方、技術者に特化した育成事業を法人向けに展開。自らの10 年以上にわたる研究開発と量産ライン立上げ、国内外企業連携によるプロジェクト推進の経験を踏まえ、繊維、機械、化学などの企業の研究開発現場での技術者育成の指導、支援に尽力。福井大学非常勤講師。
若手技術者戦力化のワンポイント
「若手技術者が業務指示に対し、自分の仕事ではないと逃げる」場合、「技術業務の指示内容について、目的と必要なアウトプットを活字化して、若手技術者の不安を取り除く」

はじめに

 読者の方が技術チームのリーダーや管理職とする。その読者が若手技術者に業務指示を出した際、実際に口に出して言うかは別として「これは自分の仕事ではない」という意思表示をし、仕事を回避しようとする場面に出会うことは珍しいことではない。実際にこのような場面を見聞きした、もしくは自身で経験したことがある読者もいるかもしれない。仮に読者が若手技術者の場合、自身の前述の言動に心当たりがある方もいるだろう。技術業務経験が浅く、その内容を知らないであろう若手技術者が、取り組む前から業務命令に対して回避しようとする姿勢は見方によっては不思議な事象であるが、そこには若手技術者ならではの心理が存在する。加えて、若手技術者のこのような応答が、当人の技術者育成において負の影響を与えることを踏まえれば、放置するわけにもいかない。今回は、自分の仕事ではないと技術業務から逃げる若手技術者への対応について考える。

若手技術者戦力化のワンポイント

 「若手技術者が業務指示に対し、自分の仕事ではないと逃げる」ことにリーダーや管理職が直面した場合、「技術業務の指示内容について、目的と必要なアウトプットを活字化して、若手技術者の不安を取り除く」ことでさまざまな実務経験を積ませ、課題発見とその解決の実行力を養うことを後押ししてほしい。

「自分の仕事ではない」と述べる若手技術者の心理

 なぜ、若手技術者は「自分の仕事ではない」という考えのもと、目の前の技術業務を回避する場合があるのだろうか。この考えの基本にあるのも、やはり知っていることこそ正義という“専門性至上主義”だ。

 若手技術者は入社した企業において、学生時代に学んだことだけでは歯が立たず、また研究開発のように答えがなく、さらには周りの社員との連携を求められる技術業務を前に、自らの無力さを痛感することが多いはずだ。そのうえ、若手技術者が最も認めたくない“知らない”ことが多く、ただでさえ自尊心の低い若手技術者の内面的なダメージは蓄積する一方だろう。

 この状態が続いた若手技術者は、「自分が少しでもわかること、興味のあることに関する仕事に集中し、社内で自らの存在価値を認知させたい」という承認欲求が強まることが多い。自らの存在価値を社内で認知させたい、という考えそのものは決して悪いものではない。問題は“主観的考え”のみで集中すべき仕事を選んでしまうことだ。知識と経験、すなわち知恵の不足する若手技術者が自らの考えに依存してしまっている。適切な知恵を有さない若手技術者が、自らの将来を見据えて長期視点で技術業務を選ぶことは不可能だろう。なお、技術者にとって重要な知恵については、過去の連載1)も参照してほしい。

 この心理によって表面化する言動が、前述の若手技術者の決めた要件にそぐわない技術業務を“排除する”ことにつながる。つまり“自分の仕事ではない”と、若手技術者の中で定義されてしまうのだ。

特定の技術業務へのこだわりは“業務選定”につながる

 若手技術者が、“自分がわかること”という基準で技術業務の受け入れと、排除を行うとはどういうことだろう。例えばリーダーや管理職から、試作を行うための3 次元モデルと図面の作成の指示を受けたとする。指示を受けた若手技術者は、これらの作業に必要なソフトウェアのオペレート上の知識は有している。しかし、図面化となると幾何公差の考え方や基準の入れ方、さらにはノート欄に検査要件などに関する規格を記載しなければならず、こちらについての知識はない。ここで“自分がわかること”にこだわる若手技術者は、次のような趣旨の発言をするだろう。「3次元モデルの作成は問題ないが、図面化はほかの人に担当してもらいたい」。これが“業務選定”の典型例だ(図1)。3次元モデル作成までは自分の仕事だが、それを図面化して適切な形に仕上げるのは“自分の仕事ではない”、という意思を示している。この業務選定は技術者育成の観点から見ると、負の側面が大きい。
図1  若手技術者の主観的基準による業務選定は当人の成長に対する負の影響が大きい

図1  若手技術者の主観的基準による業務選定は当人の成長に対する負の影響が大きい

“業務選定”を行う若手技術者は必ず伸び悩む

 若手技術者による業務選定が、技術者育成に対して与える負の影響とは何だろうか。一言でいえば“伸び悩む”だ。より具体的には、リーダーや管理職が“目指してほしい技術者像”になかなか近づかないといえる。

 目指してほしい技術者像については、各社各様でさまざまな表現があるに違いない。その一方で、筆者が当社技術者育成方針として掲げている、「自ら課題を見つけ、その解決に向けて実行できる実行力を有する」という技術者像とは、大きく違わないのではないだろうか。業務選定を行うことは、この技術者像に到達しにくくなることを意味する。本点についてもう少し詳細を述べる。

「自ら課題を見つける力」の成長を阻害する“業務範囲の縮小化”

 若手技術者のうちにぜひ身につけておきたいのが“自ら課題を見つける力”だ。能動的に動き、どこに課題があるのか、現状正しいこととして進められていることに問題はないのか、といった視点で課題をあぶりだすことは、研究開発はもちろん、生産・製造を担う現場の技術者にとっても重要な力だろう。

 このような力はどのようにして養われるのだろうか。答えは“幅広い技術業務”を通じた“徹底した実践経験”だ。これ以上でも以下でもない。成功はもちろん失敗も含め、当事者意識をもってできる限り多様な技術業務を経験することが望ましい。幅広い技術業務に関する経験を蓄積すると、自らの技術業務を俯瞰的、かつ客観的に見る視点を手に入れることができる。この“高い視点”こそが、課題を見いだす際の基本となる。

 前述の例のように、仮に業務選定を若手技術者が行うとしよう。自らのわかる範囲でのみ技術業務スキルを高めることでその業務効率を高めれば、その業務スキルを高め、理解を深めることはできるかもしれない。しかし、一歩その業務から離れた瞬間に何もできなくなる。狭い範囲でしか力を発揮できない技術者は、課題を抽出できる範囲自体が狭い。さらに、視点の多様性が養われていないゆえに、課題抽出に必須となる異なる側面を見ることも難しいだろう。結果、技術者として求められる“自ら課題を見つける力”が不足したまま年齢を重ねることになる。

「課題解決に向けての実行力」の成長を阻害する“実務の限界突破経験不足”

 若手技術者の中には、その新鮮な考え方や視点によって、課題解決に向けたアイデアを述べられる者もいる。リーダーや管理職にとっては、自社の文化に染まりきる前にさまざまな提案をできることは喜ばしいと感じるに違いない。しかし、アイデア止まりだと、それは“評論と大差ない”と感じてしまうのが現場を指揮するリーダーや管理職の本音だろう。やはり、若手技術者に求めるのはアイデアもさることながら、課題解決に向けた“実行力”だ。裏を返せば、実行力を伴うレベルにある若手技術者の課題解決に向けたアイデアは、“具体的”であることが多い。課題解決に向け、どのような行動を起こさなければならないのかがイメージできているからこそ、具体的な表現が可能となる。評論やべき論だけを述べたところで、それは課題解決への入り口に立ったという段階でしかない。課題解決は実行を伴って初めて、その価値を認められるのだ。

 このような実行力を養うために必要なものは大変シンプルだ。一言でいえば、「当事者意識をもって業務に取り組み、自らの考える限界を突破する」という経験の蓄積である。これに勝る課題解決の実行力を養う手法はないと断言して問題ないと、筆者は考えている。

 若手技術者が仮に想定外の厳しい現場に直面し、支援もない状態で目の前の課題を解決しなければならないとする。そのとき、若手技術者の頭の中に芽生える考えは“この状況を打開するにはどうしたらいいか”だろう。この場面では、自分は知っているという専門性至上主義が、実践ではいかに無力で無意味かを実感するに違いない。やるしかないとなれば無意味なプライドを捨て、周りに協力を仰ぎながら必死に前進するはずだ。そして、自分の足で前進しなければ何も進まないという実体験こそが、若手技術者の課題解決の実行力を養う糧となる。必死の試行錯誤は、実行力醸成の基本だ。

 その一方で、前述の経験を阻害するのが“主観的な限界値”の存在だ。若手技術者に限らないかもしれないが、人はそれぞれ自らに限界値を決めている。その限界を意識している者もいれば、無意識に決めている者もいる。しかし、当事者が決めた限界値は得てして本当の限界よりかなり手前に設定されることが多く、これには無意識に自らを守ろうとする防衛本能が関係していると考えられる。特に“業務選定”を行うような若手技術者は、この線が本来の限界のかなり手前に引かれるため、自分の限界を知らないまま歳を重ねてしまう。年齢不相応に引かれた限界線は、相対的に技術者としての力量を低下させ、結果として実行力をまったく伴わない評論家への道を突き進むこととなる。
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