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工場管理 連載「失策学 ビジネスの誤算から紐解く成功の条件」

2025.11.18

第5回  会社の信頼を危うくする失敗 その2 ─会社経営の視点から─

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米国公認会計士/公認内部監査人 打田昌行 

うちだ まさゆき:日立製作所傘下の監査支援部門に所属し、国内に加え海外30ケ国以上で内部統制を構築する仕事に12年間従事。 対象企業は100社以上に及ぶ。現職では制度導入の社内研修企画やコンプライアンス教育を実施。著書:『 令和時代の内部統制とリスクコントロール』翔泳社他

失策学のアプローチ

 「歴史は繰り返す」とよく言われる。企業をはじめ、組織や団体が人の手により運用される以上、いつの時代もさまざまな失敗や失策が繰り返し起きる。そして、苦い失敗には数多くの学びと将来の成功に繋がる糧が隠されている。失敗にこそ本当の学びがある、失策から成功のヒントを学び取る逆算の発想、つまり失策学のアプローチが求められている。

規制緩和と健康被害

 規制緩和による経済の成長戦略の一環で、2015年に機能性表示食品制度が創設された。製品に関する国の審査と許可が必要な特定保健用食品(トクホ)と異なり、消費者庁への届け出だけで審査はなく、製品にその機能性を表示できる。

 消費者の安全よりも経済活動による市場拡大を優先したと批判されたが、不幸にもその指摘が的中した。小林製薬の機能性表示食品を摂取した顧客が腎疾患を起こした可能性につき、患者を診察した医師が同社に通報したが、健康被害の公表まで2 カ月以上を要した。すでに5 人が死亡している。公表の遅れは、製品にまつわる因果関係の調査に時間を要したためと社長が説明した。原因の確定をいまだ見ない中、今も全国で患者や相談者が増え続け、政府は制度の見直しに乗り出した。

リスク管理と経営の危機

 制度欠陥の改善は政治に任せるとしよう。一方企業にとり切迫したリスクに対する管理を誤れば、たちまち信頼を失う。今回の事件とあわせ、以下の事例は目前のリスクにどう対処すべきか重要な示唆を与えている。

1. 事例1:雪印乳業集団食中毒事件

 2000 年、同社の乳製品を飲んだ顧客が嘔吐症状を訴えた。保健所は立ち入り検査後、疑わしい製品の回収と新聞掲載による告知を会社に指導した。しかし、会社は判断を先延ばしにして汚染製品の回収が遅れ、1 万人を超える食中毒患者が発生した。工場の停電で製品に使う脱脂粉乳が温められ、毒素が発生したのが原因であった。当初同社は汚染を否定するなど、場当たり的な説明や対応に終始して社会の信頼を大きく失墜させ、その後解体、吸収された。この事件は、食に対する消費者の信頼を失った会社は決して生き残れないという常識を社会に定着させた。

2.事例:タイレノール事件

 1982 年、ジョンソン& ジョンソン社の解熱鎮痛剤タイレノールを服用した患者7 名が相次いで死亡した。薬害か異物混入事件か、調査や犯罪捜査により因果関係が判明しない中、会社は製品の自主回収を決定した。事件発生から6 日後のことである。テレビ放送(当時インターネットはない)、相談窓口の設置、製品の不使用を求める新聞の一面広告により、1 億ドルを投じて回収と注意を喚起した。顧客の安全に対する惜しまぬ努力により会社は信頼を維持、10 カ月で、売上は事件前の80% にまで回復した。その後異物混入事件であることが判明、捜査によるもいまだ犯人は不明である。

3.事例3:参天製薬脅迫事件

 2000 年、犯人は眼薬に異物を混入すると脅し、同社に現金を要求した。社長は脅迫文が届いた翌日に記者会見を行い、同社製品の使用を控えることを訴えた。全国7 万に及ぶ薬局、薬店の商品棚から250 万点に及ぶ製品を自主回収、4 日間で棚からすべての製品が消えた。その後犯人は逮捕され、迅速な対応とリスク管理が評価された。

失敗から逆算するための解説

 健康被害の疑いがあるにもかかわらず、因果関係に拘泥した結果、公表と自主回収が遅れ、被害の拡大を招いたと批判される会社がある。その一方で、因果関係が判明しないにもかかわらず、事件発生から6 日間で製品の自主回収を決断した会社(事例2)や脅迫状が届いた翌日に社長が記者会見で注意を喚起し、4 日間で全製品を自主回収した会社(事例3)がある。彼らはひっ迫したリスクを克服し、逆に信頼を高めた。こうした差はどこで生まれるのか。

 すべての事例において、株価下落と株主からの非難に対する懸念、回収に要するコストや資金調達の問題が議論されたことだろう。全製品を回収しなくともよいのではないか、捜査や調査の結果を待ってから対応すべきではないか、こうしたことも検討されたと推測する。しかし、迅速で大胆な対応をとれた企業は、自社は何のために存在するのかを問いかけ、つきつめれば自社の理念をきちんと自覚していたに違いない。

 すべての事例で健康被害の因果関係を明確にすることは大切である。しかし、その前に顧客の健康と安全を守るという経営上の判断がまず求められているのであり、それは会社の存在意義と結びつく。会社の使命や存在意義を見失い、顧客の信頼を失えば、事例1 のような結末を見ることになりかねない。

失敗から逆算して得られる教訓

 因果関係による法的な責任が自社にあるかどうかにかかわらず、会社とって不利な情報でも自発的に公表し自主回収に乗り出す会社と、評判の低下と責任の負担を恐れて公表に後ろ向きな会社とでは、危機管理に対する姿勢の違いが明確である。その結果顧客はどちらの会社の製品をより信頼するか、これも明白である。

 いずれの事例でも、切迫した危機の中で会社が日頃掲げる理念や経営方針が裸にされ、試された。顧客の健康と安全のために社会に貢献するという理念や経営方針を謳う会社であっても、それが経営陣はじめ従業員に日頃からどれほど浸透しているかどうかで緊急時にとる行動は異なってくる。わが社は日頃から何を大事にするのか、何を目的にして事業活動を行っているのか、なぜわが社は社会で事業活動をすることが許されているのか、こうしたことをつきつめて考えてみることが大切ではないだろうか。こうしてみると企業の理念や経営姿勢の持つ意味がいかに重要か、会社の規模と業種にかかわらず、今回の事件はコンプライアンスに基づく経営を改めて自覚するために絶好の機会を私たちに与えている。

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