工場管理 連載「キラリと光る技術をM&Aでつなぐ」
2025.08.18
第4回 企業価値を最大化するバリューアップ ① 財務・会計分析
藤川 祐喜 スピカコンサルティング
ふじかわ ゆうき:執行役員 製造業界支援部。大阪府出身。大阪府立大学大学院工学研究科修了後、2010年に新卒でキーエンスに入社。その後、日本M&Aセンターへ入社し、業界再編部において製造業専門チームを立上げ。2023年スピカコンサルティングに参画
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M&A(合併・買収)の検討をする際に、多くの経営者が「自社の価値(企業評価)」がいくらであるかを気にされるのは当然のことでしょう。そこで今回は、企業評価と関連性の高い企業価値向上についてお伝えしていきます。
中堅・中小製造業が企業価値を高める手法は複数あります。私たちは日頃、多くの経営者を支援する中で、さまざまなご相談をいただきます。各社が抱えている課題は異なりますが、中でも相談が多い分野を大別すると3 つに集約されます。それは、「財務・会計分析」、「マーケティング戦略」、「組織力」です。この3 つの観点に着目し、戦略を練り、施策を実行することで、課題が解決するだけでなく企業価値の向上が実現できるということを身を持って経験してきました。
どれも企業価値を高めるうえで欠かすことはできない要素ですが、今回は「財務・会計分析」について解説していきます。
「数字」に基づいた戦略的な意思決定
中小製造業では、製造技術に力はあるものの、管理会計に課題を抱えているために利益を出せていない企業が多く見受けられます。私たちがお会いする経営者にも、自社の製品がそれぞれいくらの利益を生み出しているかを把握できていない方は多いです。しかし、製造コストを見える化し利益を出すための管理会計は、戦略的な意思決定のために必要不可欠です。
たとえば、得意先から急ぎの追加注文があった場合を考えてみましょう。追加注文に対して、従業員を残業させて自社で対応するか、あるいは他社に外注するか、どのように決定されているでしょうか。
品質、コスト、納期(QCD)など多面的に検討する必要はありますが、大事なことは「数字」を根拠として最適解を選択できているかどうかです。「昔からの慣習で、急ぎの追加注文はいつも外注しているから」など、合理的な根拠がないまま意思決定をしている場合は危険信号が出ています。
管理会計だけではなく、企業価値の高い会社は「財務・会計分析」に長けている会社がほとんどです。それは「数字」に基づいた意思決定により、経営効率を格段に高められているからです。
価格転嫁の交渉が苦手な会社は「営業」ではなく「数字」に弱い!?
経営者からのご相談で「自社製品の価格転嫁ができず、利益を出せない」というのはよく聞く話です。ここでは原価分析のスキルが活きてきます。昨今、原材料費や光熱費の高騰もあり、従来の取引価格では思うような利益を出せない企業が増えています。外注先からは価格転嫁を迫られ、得意先には価格転嫁を要請せざるを得ない状況に、ストレスを抱えている経営者も多いように感じます。
このような状況で、大手企業も原材料価格の上昇分のうち適性範囲内で価格転嫁を認めるという報道も見聞きするようになりました。しかし、価格転嫁の要請をしようにも、裏づけとなる「数字」の根拠や事実が明示できない状況での交渉は非常に難航します。たとえば、次のA 社とB 社の価格転嫁要請に対して、大手メーカーの調達担当はどのように感じるか考えてみてください。
A 社「昨今の原材料費高騰が理由で製造原価が上がっています。そのため、今後の取引価格は一律20%アップでお願いしたいのですが…」
B 社「御社に納品しているこの製品ですが、材料のキロ単価が○○円で、この製品では△△グラム使用します。電力費などエネルギー諸費用は3カ月後には◎◎%上昇する可能性があります。人件費は…」
いかがでしょう。B 社の説明の方が、調達担当にとっては納得感のある説明のように感じられると思います。取引先の調達担当も、こちらの要望を無下に退けたいわけではありません。「数字」をもとにした妥当性を求めているだけなのです。
上場企業でも高まるCFO の存在感
「財務・会計分析」の重要性は、上場企業の経営トップにCFO(最高財務責任者)経験者が就く例が相次いでいることからも読み取れます。ソニーグループやルネサスエレクトロニクス、NEC といった日本を代表する大企業の現在の社長はCFO 経験者です。それは、技術革新の目まぐるしい現在の経営環境において、M&A を含めた事業ポートフォリオ構築の重要性が増しており、その意思決定ができるのはほかならぬCFO だからです。
CFO に求められる役割は、各事業部門の損益を俯瞰的に把握し、非効率な事業から将来有望な事業への経営資源の再配分になります。資本効率を改善し、事業ポートフォリオを最適化するプロセスは、財務・会計の知見に秀でたCFO が最も手腕を発揮しやすいところなのです。現に、先ほど挙げた企業の時価総額は代表就任以降、数倍に上がっています。
まとめ ~これから自社の進むべき方向性は~
企業価値の向上において、「財務・会計分析」は基本中の基本です。「財務・会計分析」は単にお金の流れを見える化し、余計なコストを削減しましょうというだけの話ではないことをおわかりいただけたでしょうか。根拠のある価格交渉に踏み込むこともできますし、現場で起きている異常事態を手遅れになる前に収束させることもできます。実現性の高い事業計画を作成して金融機関へ自社の将来性を伝えられれば、融資を受けて新たな設備投資も可能となるでしょう。
これからの自社の進むべき方向性を指し示してくれるのが「財務・会計分析」なのです。経営は、戦略的な意思決定の連続だと考えます。そこには裏づけとなる「数字」の根拠が伴わなければなりません。これからの時代、このスキルは経営者にとって重要な資質となることは間違いありません。これを機に、どうすれば全社的にこの体制を構築できるのかを一度考えてみてはいかがでしょうか。
次回は、企業価値向上のための「マーケティング戦略」について解説していきます。