工場管理 連載「キラリと光る技術をM&Aでつなぐ」
2025.11.13
第8回 M&A経験者との対談~新栄ホールディングス~
スピカコンサルティング 藤川 祐喜
ふじかわ ゆうき:執行役員 製造業界支援部。大阪府出身。大阪府立大学大学院工学研究科修了後、2010年に新卒でキーエンスに入社。その後、日本M&Aセンターへ入社し、業界再編部において製造業専門チームを立上げ。2023年スピカコンサルティングに参画
https://spicon.co.jp/
これまで製造業の企業価値を高めるノウハウやM&A の注意点などをお伝えしてまいりました。今回はM&A を活用して企業価値を高めている新栄ホールディングスの中村社長との対談企画をお送りします。日本の中小製造業が置かれている現状、そして、企業価値を高めるためのM&A 活用法についてお伺いしたいと思います。
新栄ホールディングスがM&A を推進する狙い
中村「新栄ホールディングス(東京都中央区)は、新栄工業(千葉市花見川区)、アポロ工業(埼玉県吉川市)、飯能精密工業(埼玉県飯能市)の3 社を傘下に置く持株会社です。
新栄ホールディングスがM&A を推進した理由は、グループの3 社がお互いの強みや弱みを補完することによって、各社の経営課題を解決できる1 つの企業体をつくろうとしたからです。どうしてもM&A という言葉を聞くと、どこか搾取されるようなイメージを持たれる方も少なくないように感じます。しかし、私たちのグループが実施しているM&A や企業間連携は、それとはまったく異なるものです。今の日本の中小製造業に必要なのは、このような形のM&A だと強く感じています」
藤川「M&A には、買収する側や譲渡する側といった上下の関係性ではなく、グループとして1つの企業体となる姿勢が重要です。近年は、事業環境の変化が目まぐるしく、自社のステージをもう一段階上げようにも単独では乗り越えられないケースも増加してきました。それらの経営課題を解決する手法としてM&A が活用されています。
中村社長がおっしゃられるように、M&A の最大のメリットは、各社が相互に強みや弱みを補完できるという点にあります。複数社の経営リソースを集約させることで、対応できる範囲を格段に向上させることが可能になります」
共存共栄型M&A
中村「1979 年創業の新栄工業は、電材支持金具などの建築金物を主として、中物~大物のプレス加工を得意としています。新栄工業は、アポロ工業を譲り受けた2019 年当時、自社でも金型の内製化を検討していましたが、より高い技術レベルを求めてM&A を決断しました。アポロ工業はプレス金型技術に長けており、譲受により金型技術の強化を見込むことができました。一方で、アポロ工業は技術面では突出したものを持っていましたが、労務やコンプライアンスといった組織面においては大きな課題を抱えていました。その課題は、新栄工業で培った経営管理力で少しずつですが克服することができています。
2022 年には同じく金属プレス加工を手掛ける飯能精密工業のM&A に踏み切りました。飯能精密工業は医療部品などニッチで精密な形状の加工が得意で多くの顧客を抱えていましたが、創業者がつくった借入が大きく、金融機関への信用力に課題がありました。そこで、新栄工業とアポロ工業の与信をもとに、グループファイナンスを活用して借入を一本化し、飯能精密工業の財務安定化を図るべく行動を起こしました。
どの会社も1 社単独では解消できない課題を抱えていました。しかし、M&A はパズルのピースがはまるように、お互いの弱みをそれぞれの強みで補い、新たな一手を打ち出せる可能性があります。こうして、得意領域の異なるプレス加工3 社連合ができあがったのです」
藤川「各社の顧客層が重なっていないこともグループとして得意先が分散され、シナジー(相乗効果)が出せたポイントだと思います。中小製造業には特定顧客に売上が偏ってしまっている会社が少なくありません。M&A を通して、特定顧客の景況感に業績を左右されにくい持続可能な組織体になれたように感じます」
成長戦略へのヒント
中村「当然ですが、M&A は良いことばかりではありません。企業文化の異なる会社が、お互いを尊重しながら1 つのグループになるわけですから、統合には大きな労力や時間がかかります。しかし、中小製造業にとって、自社の課題や弱みを自分たちだけで解決することは難しい環境になりつつあります。その要因は、人材の問題、組織の問題、資金的な問題など多岐にわたるでしょう。自社にそれらの経営課題を解決する文化がなかったり、そもそも指導できる人材がいなかったりといった理由から、素晴らしい技術はあるのに成長が滞っている会社があまりにも多いように感じます」
藤川「経営環境が目まぐるしく変化する現代では、自社の技術が今後も継続的な需要を確保できるとも限りません。だからこそ、自社の置かれている状況を冷静かつ客観的に分析し、自社の技術が今後も市場の需要に応えられるか見極め、戦略を立てておくことが重要です。中村社長のお話にもありましたが、自社の強みや弱みは定期的に棚卸しておくことをお勧めします」
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1 つのグループとして、ヒト・モノ・カネといった経営資源を最適化し、それぞれの強みを持ち寄って成長している新栄ホールディングスの共存共栄型M&A 戦略には、日本の中小製造業の今後の戦い方のヒントがあるように感じられます。業界の先行きを予測し、自社の強みと課題を整理し、さらなる成長戦略を考えることは企業の存続と価値向上において不可欠です。近い将来、経営環境はより不確実になっていきます。自社だけでなく、地域の創生や雇用の創出といった広い視野で会社経営を考える方にこそ、1 つの手法としてM&A を検討いただきたいと思います。