工場管理 連載「ちょっと待った! そのDXは失敗します」
2025.02.10
第7回 行動デザインで変革を実現するために“業務の見える化”の難しさを理解しよう
ダイテック 山口純治
やまぐち じゅんじ:執行役員 DX 推進本部 本部長
研修講師およびコンサルタント。業務改革、業務の可視化・整理・標準化、システムの導入・運用を支援し、企業のDX 推進や目標達成を伴走型で支援。
前回、社員のスキルと業務ルールをアップデートし続ける仕組みを社内に構築することを目指した「行動デザイン」アプローチについて説明しました。行動デザインは、企業変革を遂行するためのアプローチとして有効な手段です。
業務遂行に必要なスキルを社員に習得させ、業務遂行に必要な手順やルールを明確にすることで、結果の再現性を高める、つまり、誰でも同じアウトプットをだせるようにするという取組みです。もちろん、業務手順などのルールが明確であっても、スキル不足の社員が業務を行えば、期待するアウトプットをだせない可能性が高まります。したがって、まず、業務ルールと業務遂行に必要なスキルの可視化が必要になります。
行動デザインの重要性を考える
モノづくり企業の変革においては、調達、製造、物流、販売におけるモノの流れを最適化する「サプライチェーン」マネジメントを徹底することで、効率化とBCP の対応をしてきました。近年では、設計、生産準備、製造、保守など、すべての工程で製品情報を連続して管理する「エンジニアリングチェーン」マネジメントの実現が求められるようになりました。3 次元設計データとBOM をエンジニアリングチェーンで管理できるようになると、データ上での解析や検証作業がよりリアルに近い形で行えるようになり、デジタルツインの実現が可能になります。
一方、サプライチェーンもエンジニアリングチェーンも、各現場でタイムリーかつ正確にデータが登録され、処理され、活用されなければ、そのマネジメント効果を発揮することができません。これらを確実にするのが、価値創造プロセスにおける、すべての工程の業務の流れを最適化する「行動デザイン」マネジメントとなります。行動デザインマネジメントでは、それぞれの業務の流れを可視化しコントロールします。正しい業務の方法やルールを明確にし、確実に遂行され、また継続的に改善されるようにマネジメントします。
これまで筆者は、大がかりなシステム投資をしたにもかかわらず、現場の業務が混乱し、正しくシステムやデータを活用できずに失敗した例をいくつも見てきました。単にシステムを導入するだけでなく、それを効果的に運用するための適切な業務プロセスが整備され、社員教育と動機づけがなされ、確実に実行されるようにマネジメントされなければいけません。システムによって全社がつながったとしても、業務が分断されていたらうまくいきません。価値創造プロセスにおける、すべての業務がつながるように設計しておかなければ、高額なシステム投資がムダに終わる可能性があり、大きな損失となります。部門横断型の業務プロセスの整備、つまり行動デザインマネジメントが必要になってくるのです。「業務」の流れを全体最適で整備することが、「モノ」と「情報」の流れを円滑にし、企業の成長を支援するのです。
業務プロセスの整備を甘く見てはいけない
行動デザインの中でも、「業務プロセスの可視化と整備」は極めて重要な要素を占めます。既存の業務を可視化し、分析し、改善する取組みです。
しかし、業務の流れやコツをわかりやすく説明できる社員はほとんどいません。社員たちは業務遂行のプロであり、説明の専門家ではないからです。たとえば、「ペットボトルの水をグラスに注ぐ」という作業を説明してみてください。
①ペットボトルのふたを開ける
②ペットボトルを傾けてグラスに水を注ぐ
③ペットボトルのふたを閉める
ザックリいえばこのような感じになるのではないでしょうか。しかし、実際に行っていることを細かい粒度で観察していくと次のようになります。
①ペットボトルを見る(まず、ペットボトルの位置と距離を確認するはずです)
②ペットボトルに利き手と反対の手を伸ばす
③ペットボトルをつかむ
④ペットボトルを引き寄せる
⑤利き手でキャップをつかむ(利き手の方が、力が入ります)
⑥キャップを時計と反対回りに回して開ける
⑦キャップをテーブルに置く(どの位置に置くかを指定しても良いでしょう)
⑧利き手でペットボトルをつかむ
⑨ペットボトルを上げる
⑩利き手と反対の手でコップをつかむ
⑪コップを引き寄せる
⑫ペットボトルをコップの上に移動させる
⑬ペットボトルの口を下にして傾ける
⑭水が少しずつ出てくる角度で止める
⑮コップとペットボトルを交互に見る
⑯コップの八分目くらいまで水が入ったら、ペットボトルを垂直に戻す
⑰利き手と反対の手をコップから離す
⑱ペットボトルをテーブルの上に置く
⑲ペットボトルから手を離す
⑳利き手でキャップをつかむ
㉑利き手と反対の手でペットボトルをつかむ
㉒キャップをペットボトルの口まで移動する
㉓キャップをペットボトルの口にかぶせる
㉔キャップを指でつかむ
㉕キャップを回して閉める
㉖キャップから手を離す
㉗ペットボトルから手を離す
いかがでしょうか。熟練社員であれば粒度の粗い指示でも正しい行動がとれるでしょう。しかし新入社員であればどうでしょう。人は業務に慣れてくると無意識に正しい行動をとることができるようになります。そして無意識の行動ですから、1つひとつの行動を言語化して説明することができなくなるのです。多くの人は、自分が言語化できる情報を自分の視点から伝えますが、それがほかの人にとってわかりにくくなることがよくあります。説明が上手な人は、相手のレベルに合わせた粒度で説明することができます。
熟練社員と呼ばれる人のほとんどが、図1 の「4.意識しないでできる」という領域にいます。「名選手名コーチにあらず」というように、業務遂行能力と説明や指導する能力は別物なのです。ですから、単なるヒアリングだけでは正確な業務の洗い出しが困難です。
不正確な情報を土台に現状を分析するのは極めて危険です。検討や意思決定の土台が不正確であれば、あらゆる意思決定が信頼性のないものになりかねません。次回は業務プロセスの整備のポイントを説明します。