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工場管理 連載「ちょっと待った! そのDXは失敗します」

2025.03.18

最終回 社員の行動が変われば組織の成果が変わる、行動デザインの本質

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ダイテック 山口純治

やまぐち じゅんじ:執行役員 DX 推進本部 本部長
研修講師およびコンサルタント。業務改革、業務の可視化・整理・標準化、システムの導入・運用を支援し、企業のDX 推進や目標達成を伴走型で支援。
 前回、社員を巻き込む業務ヒアリングのコツについて紹介しました。社員の心を開く働きかけを心がけながら、効果的なヒアリングをすることが、現状を正確に把握する秘訣です。

 社員がとるべき行動、避けるべき行動を明確にし、それを確実に実行するための「行動デザイン」は、ロジックだけではなく、人の感情や心理にまで働きかけます。

これまでの振り返り

 これまでの記事を軽く振り返ってみましょう。DX とは、デジタル技術を駆使して会社全体を刷新することです。アナログ情報をデジタル化することでも、一部の業務をシステム化することでもありません。その目的は、絶えず変化する顧客や社会のニーズに対応して自社を変化させ、競争力を保つことです。しかし、多くの企業はDX を推進する際に最新技術やシステムの導入に焦点を当てがちです。最新技術やシステムを導入することは、手段であって目的ではありません。大切なのは、その手段が組織全体のビジョンや戦略的目標にどのように貢献するかを理解し、それを念頭に置いた上で手段を検討することです。ですから、ビジョンや戦略的目標がなければ何も始まりません。DX の中心はデータやシステムではなく業務といっても過言ではありません。つまり社員の行動が変わることが重要なのです。社員の行動を変えるためには、業務プロセスの変革が必須です。

 そのために効果を発揮するのが「行動デザイン」のアプローチです。行動デザインとは、社員がとるべき行動、避けるべき行動を明確にし、社員が確実に実行できるように設計(デザイン)することを意味します。「行動デザイン」は、ビジョン達成の手段であり、組織全体の価値創出に寄与する方法論です。DX の成功には、人の行動の変化が不可欠であり、そのための道具としてデジタル技術やシステムが存在するのです。

 DX 推進におけるマネジメントの問題は、過度な効率化や部門最適主義にあります。効率化を過度に追求すると業務が細分化され、部門間の連携が困難になります。また、部門間の連携が困難になると、全社横断型のプロジェクトの推進が難しくなります。これはピラミッド型組織において特に顕著であり、各部門が自部門の目標達成度合いによって評価されるため、自分たちの目標達成と計画遂行にフォーカスするためです。

 その結果、部門最適が習慣化され、全体最適を目指すDX の推進を妨げる要因となります。したがって、評価指標を含めたマネジメントの見直しが必須となります。

属人化を加速させて会社の標準をレベルアップしよう

 「年配の熟練社員のノウハウを可視化し、属人化を解消したい」という相談が当社によく寄せられます。年配の熟練社員の定年退職の時期が近くなってから危機感を覚え、あわててブラックボックス化した熟練社員の知識やスキルを他の社員に引き継ごうとしてもうまくいかないことが多いのが現状です。多くの場合、熟練社員のノウハウは企業の大きな強みとなっていますが、それを引き出すのは非常に骨の折れる作業となることが多いです。当社はカウンセリングのようなアプローチを用いて、面談しながら業務のカン・コツなどの情報を引き出し、言語化し、すり合せを重ねることで、ノウハウの可視化を支援します。実際の業務を観察しながら、質問を投げかけることも重要です。

 多くの企業が、「属人化」から「標準化」への移行を目指しています。しかし、当社は「熟練社員、つまり『匠』のノウハウこそが企業の強みである」と考えており、匠のノウハウをいかに再利用可能な組織のノウハウに変換するかに加え、匠のノウハウをさらに磨きあげる、つまり属人化をさらに追求する仕組みづくりが必要だと考えています。

 図1 は、一般的に考えられている標準化です。Before の状態では、社員のスキルレベルにバラつきがあり、After の状態で全社員のスキルレベルが平準化されています。しかし、これでは熟練社員であるA 氏とE 氏のノウハウが会社から失われてしまいます。
図1 一般的な標準化の考え

図1 一般的な標準化の考え

 そこで当社は、熟練社員のノウハウを標準に合わせて下げるのではなく、逆にさらに尖らせることを推奨しています。図2 を見てください。

 熟練社員のノウハウをできる限り引き出すことが理想ですが、現実として100%引き出すことは不可能です。ですから、たとえば140 のスキルの内、100 を引き出して全社標準に適用させます。そして、熟練社員は新しい挑戦と試行錯誤を繰り返し、スキルレベルを(たとえば170 まで)高めます。属人化を加速するわけです。そして、170 のスキルのうち、たとえば130 を全社標準の引上げのために活用します。このような手法を用いて、会社の財産である熟練社員の知識や技術を会社の標準レベルを高めるために活用します。そのためには、熟練社員にはさまざまな挑戦ができる環境を整備する必要があります。もちろん、会社の成長の要である彼/ 彼女たちへの報酬についても考慮が必要でしょう。
図2 熟練社員のノウハウをさらに尖らせる標準化

図2 熟練社員のノウハウをさらに尖らせる標準化

社員のスキルと会社の標準をアップデートし続けよう

 IT ソリューションを導入しても運用がうまくいっていない、コンサルティングファームに依頼してDX を推進したが、計画どおりに現場が動かない。そのような状況になっていませんか? 第6 回(2024 年6 月号)の記事では、社員のスキルと会社標準(業務ルール)を継続的にアップデートするための「行動デザイン」アプローチについて解説しました。会社の変革において最も重要なのは、社員の行動が変わることです。そのためには、社員のスキルと業務ルールが連動してアップデートされ続ける必要があります。これは、絶えず変化することで、変化に強い組織へと進化することを意味します。組織の文化は、社員の行動の習慣化によって醸成されます。組織文化を変えることは、社員の行動習慣を変えることに他なりません。組織文化の変革には、「行動デザイン」アプローチが有効です。

 そして、「匠」のノウハウだけでなく、全社員の知識とスキルを継続的に吸い上げ、それを教育や会社標準(業務ルール)に反映させる仕組みを構築することが、成長し続ける変化に強い組織を実現する鍵となります。

 DX を推進する際には、システム導入に先立って業務プロセスを見直すことが重要です。社員が持つ暗黙知、現場の知恵こそが組織の成長のカギであり、その知的資産を効果的に活用することが、成功への道を切り開きます。本連載が皆さまの組織変革に少しでもお役に立てれば幸いです。

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