プレス技術 連載「世界のなかの日本、日本のなかの世界」
2025.11.20
第9回 「生涯学び続ける」という姿勢の習得
帝京大学 平田 好
ひらた よしみ:外国語学部長 兼 日本語教育センター長。早稲田大学卒業後、1995 年からベトナムを皮切りに世界各国で日本語教育に携わる。2021 年より帝京大学教授。2022 年より日本語教育センター長、2025 年より現職。修士(国際関係学、2000 年早稲田大学)。
現在、多くの大学の教室にはカードリーダーが設置されています。授業開始前後に学生証をタッチすることで、入退室時刻がシステムに反映されます。教員による出席確認という手間がかかる作業が自動化されていて、遅刻や早退も分単位で記録されます。教職員が学生の出席状況を瞬時に把握できるだけでなく、保護者用サイトから子女の出席状況が確認できるシステムを導入している大学も少なくないようです。
「代返」、「代筆」、「ピ逃げ」
筆者が大学生であった時代には、授業をサボっても、「代返」(教員が出席確認のために名前を呼んだときに代わりの学生が返事をする)や「代筆」(出席簿に代わりの学生が署名する)という「ワザ」でかわすことが可能でした。しかし、現在はそのような抜け道はなく、出席情報の透明性が守られ、公平さも担保されていると言えます。
なかには「ピ逃げ」(カードリーダーにタッチ、つまり「ピッ」しただけで教室から逃げる)をする学生もいると聞きます。大教室にはカードリーダーが複数あり、教員の目が届かないところで「ピ逃げ」をしている学生もいるのかもしれませんが、実態はよくわかりません。
ちなみに筆者が担当する留学生対象の日本語科目では「ピ逃げ」ができません。留学生の名前の大半は、日本人の名前よりも覚えにくいこともあり、1 回目の授業で紙の名札を各学生に作成させます。名札は教員が預かり、授業のたびに出席者に渡します。その名札を毎回、机の上に置かせています。受け取られていない名札の学生は欠席と明確にわかります。ほかにも、授業開始直後に小テストを行ったり、終了直前にリフレクション・ペーパーを書かせたり、学習効果を上げると同時に「ピ逃げ」の抑止を行っている教員は、筆者だけではないようです。
なお、出席率は問わず、講義に出席しようとしなかろうと、学習目標に到達していれば単位を認定するという教員もいます。例えば、課題レポートや期末試験で合格点をとればよいということです。これもまた、1 つの見識でしょう。
ただし、筆者が担当する日本語科目では、授業への出席率は高い方がよいと考えています。履修登録したからには必ず出席してほしいものです。なぜならば、「日本語」は、日本語科目以外でも学習できますが、「日本語を学び続けるストラテジー(戦略)」を、日本語科目の授業内で習得してもらいたいからです。
日本語教員にできることは何か
留学生の多くは、出身国または日本の日本語学校や塾で1 ~ 2 年間以上の日本語学習をした後に大学に入学してきます。日本でなんとか生活できる日本語を身につけていても、大学教育で日本人学生と同様に講義を聞いたり、文章を書いたり、発表したりできる日本語運用力をもって入学してくる留学生は少ないと言わざるを得ません。
そこで、筆者が勤務する大学では、レポートや口頭発表ができる日本語へのレベルアップを目標として、人文社会科学系の学部1 年次と2 年次の留学生を対象に日本語科目を必修にしています。しかし、90 分授業が週2 回にすぎません。その程度の時間でレベルアップできるほど言語学習の道はやさしいものではないでしょう。そして必修日本語科目を履修している間も、日本人学生と同様に、各自の専攻に応じた科目や基礎科目の履修による学びは進行しています。
日本語科目で教員が留学生に教えられることは、「日本語」ではなくて、「自律的に日本語を学び続けるストラテジー」ではないでしょうか。
日本語の学びは生涯終わらない
留学生の多くは、一生、日本語学習者であり続けなくてはなりません。仕事や生活のあらゆる場面で、発音やアクセントが自然で流暢に話せ、首尾一貫して自然な表現で文章が書けるようになる道はたいへん長いものです。日本語母語話者であっても、日本語表現には迷いはつきものであり、ときに知らない語彙もあり、文法的に正用か誤用か迷うこともあります。ましてや、日本語を第2言語、第3 言語とする者は、生涯にわたって日本語学習活動を続けることになります。
日本での大学生活は、その長い道のりの初めにしかすぎません。そこで、「自律的に日本語を学び続けるストラテジー」を身につけるために、授業には必ず出席してほしいと、毎学期の第1 回の授業で学生に伝えています。もちろん、人間ですから病気や怪我で欠席せざるをえないときもあるでしょう。そのときには、できれば事前にメールで知らせるように、とも伝えています。
しかし、無断で欠席する学生は現れます。できる限り、翌週の授業前後で「○○さん、先週、休みましたよね?どうしましたか?」と声をかけるようにしています。尋ねられても、理由も言わずに照れ笑いする者、口ごもる者もいます。「電車が遅れました」と言う者や、「前の晩に呑みすぎて寝坊しました」と正直に答える者もいます。
スマホの電源切れで欠席?
先日、これまでに聞いたことがない理由を言う学生が出現しました。
「学校に行く気満々だったんスけど、朝起きたらスマホのバッテリーがゼロだったんスよ」という1 年生。高校時代から日本に留学しているだけあってか、いまどきの若者言葉です。
「はぁ~?あなた自身はバッテリー切れじゃなかったでしょ!」と言ったものの、学生本人は悪びれるどころか、おもしろいことを言ったかのように笑っています。
確かに、就寝中にスマホをワイヤレス充電器で充電させたと思っていたら、置く場所が少しずれていて充電できていなかったという経験は、筆者にもあります。モバイル通学定期券を使っていて現金をもっていない場合、バスや電車に乗ることはできません。でもモバイルバッテリーで急速充電するという方法もあります。物心ついたときからスマホがある世代は、当然、そのような対策も知っているでしょう。本当は、遅刻するような時刻に起きて、スマホは電源切れであるし、授業は休んでしまおう、と思ったのかもしれません。
「遅刻してでも出席したい」と思われる魅力的な授業ではなかったと反省するべきでしょうか。そして、スマホとともに生きている世代にとっての「自律的に日本語を学び続けるストラテジー」が日々変化している現実にも、教員は敏感でなければなりません。筆者自身の学びも生涯続いていきます。