プレス技術 連載「世界のなかの日本、日本のなかの世界」
2026.07.31
第20回 運転席と後部座席の間で
帝京大学 平田 好
ひらた よしみ:日本語教育センター センター長。早稲田大学卒業後、1995 年からベトナムを皮切りに世界各国で日本語教育に携わる。2021 年に帝京大学共通教育センター教授に就任し、2022 年から現職。修士(国際関係学。2000 年早稲田大学)。
「昔はカセットテープというものがあって、音楽や語学教材の音声は、そのテープを再生して聞いていました。必要箇所の頭出しは早送りでキュルキュルという音で判断して止めていました」とか「パソコンはおろかワープロがない時代、卒業論文も手書きで書いて製本して大学に提出しました」と言うと、現代の若者は「キュルキュルでどうしてわかるのですか?」、「論文の一部を書き直したいときはどうしたのですか?」と不思議に思うようです。同様に「空車表示のタクシーをみつけて、手を挙げて車をとめて、どこまで行きたいのか運転手に伝える」という一連の流れが昔話として若者に伝えられる日も近いような気がします。
配車アプリで減った運転手との会話
配車アプリ(GO、S-RIDE、Uber、DiDi、Grabなど)の普及によって、タクシー運転手と言葉を交わす機会が少なくなりました。その国や地域の言語が話せなくても、迎えに来た車両のナンバープレートを確認して乗り込み、自分の名前を運転手に伝えれば、黙っていても目指す場所に連れて行ってくれます。アプリ経由で支払いも済むのでお金のやりとりもなく、目的地に到着すれば降りるだけです。便利になったものです。しかし、ロボットによる自動運転タクシーではありません。運転する人間が乗っているのですから、もう少し会話があってもよいと思っている方もいるのではないでしょうか。
筆者は、国内でも海外でもタクシーに乗るときには、運転手さんの様子を見てコミュニケーションがとれるようであれば話しかけるようにしています。あたりさわりない天気の話のときもあれば、地域のおいしいものの情報を聞き出すこともあります。
出身地以外で働く人と話す機会に
移民大国であるカナダにいたときには、運転手さんの出身地や移民した理由を聞くこともありました。アフリカのある国から留学して博士号取得を目指していたけれども、諸事情により研究生活に終止符を打ってタクシー運転手になった方と話したことがありました。毎日24 時間ストレスを感じて論文を書く日々から脱して、運転手として仕事に集中する時間が明確になり、ゆとりができたそうです。そして家族とともに幸せに過ごせる今に満足していると笑顔で話してくれました。
東京で働くタクシー運転手の中にも、日本以外で生まれ育った方がいます。先日、乗車した直後に運転手さんが話す日本語のアクセントのわずかな違いに気づきました。その方は文法、語彙、発音ともにほぼ完璧な日本語を話していました。多くの日本人は見逃すかもしれない微妙なアクセントの違いですが、中国語を母語とする方に見られるものでした。
しばらく世間話をした後に、「失礼ですが、もしかしたら中国のご出身でしょうか」と尋ねたところ、これまでの人生の一部を伺うことになりました。筆者なりに気を遣って会話したものの、いろいろと聞き出してしまったと思い、車から降りるときに詫びました。すると反対に運転手さんか__ら「とんでもないです。お話できてよかったです。ありがとうございました。なかなか、お客さんとお話をする機会はないですから」と微笑まれました。
配車アプリでは、運転手も乗客も互いの情報がある程度わかります。その安心感があるからこそ、初対面であっても人生の一部を語ることができたのかもしれません。一方で、配車アプリのない時代には、言語的な制約から目的地にたどりつくことに困難をもつ人もいました。
「伝わらない苦労」も異文化体験
北京に駐在していたとき、会食のために「三里屯」を目指してタクシーに乗り込んだことがあります。三里屯は北京市の中心部で、バーやレストランが多数あり、ファッションやトレンドの発信地とも言える地域です。
カタカナ表記で「サンリトン」、中国語発音でSān lǐ tún(サン・リー・トゥン)です。決して難しい発音ではなく、外国人が行く場所としても珍しいところではありません。しかし、目的地を何度言っても通じません。運転手は無愛想、そしてぶっきらぼうに「哈?(hā?)」と言うばかりです。やむなく、「三里屯」と紙に書いて伝えたのですが、目的地の名前すら通じなかったことに、少なからず落ち込みました。
ちなみに、中国語の「哈?(hā?)」には、特に強い悪意はなく、単純に聞き取れなかったので聞き返しただけなのでしょうが、当時の筆者が傷ついたことは確かです。
またベトナム語でも、カタカナで書いた通りに発音しても通じないことが多くあります。ホーチミン市で仕事をしていたとき、日本国総領事館に勤務している知人がいました。日本から派遣されているスタッフの一人で、彼女はタクシーで勤務先になかなか到着できないと嘆いていました。
現在は、ディエンビエンフー通りにある総領事館ですが、2000 年代はNguyễn Huệ(グエンフエ)通りに所在していました。この冒頭の「Ng(グ)」が難しいのです。日本語のガ行のような破裂音ではなくて、鼻に抜ける「ガ行鼻濁音」に近い音です。昭和時代の東京語には「ガ行鼻濁音」が残っていたので、筆者にとってはそれほど難しい発音ではなかったのですが、若い方にはなかなか難しい発音だったようです。
便利な時代だからこそ失いたくないもの
配車アプリの普及によって、「目的地にたどりつけない」という不安は大きく減りました。その意味では、外国語が苦手な人にとって、現在はずっと優しい時代になったのでしょう。便利になった半面、遠慮なく聞き返される経験もなくなり、なんとか伝えようとする時間も少なくなりました。聞き返されて落ち込んだ経験も、紙に漢字を書いて伝えたことも、今では懐かしい異文化体験です。
それでも、運転席と後部座席の間には、まだ人と人との会話が残っています。目的地までの短い時間に交わされる言葉から、その国や地域の社会が見えてくることもあります。便利な時代になったからこそ、目的地までの短い時間に交わされる言葉を、これからも大切にしたいと思っています。