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機械設計 連載「事例から見る摩擦・摩耗の基礎とトラブル解決手法」

2025.08.01

第2回 摩擦

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安藤技術士事務所 安藤 克己

あんどう かつみ: 所長、博士(工学)、技術士(機械、金属、総合技術監理)。1977 年東北大学大学院工学研究科修了、新日本製鐵入社(現日本製鉄)。釜石製鐵所、君津製鐵所、技術開発本部(富津)にて、製鉄設備エンジニアリング、設備長寿命化などの研究開発に従事。2000 年から日鐵テクノリサーチ(現日鉄テクノロジー)にて、材料・トライボロジー、腐食防食技術の試験・分析・評価、研究支援、コンサルティングに従事。2016年安藤技術士事務所開設、技術コンサルタントとして活動中。

摩擦の法則

 すべり摩擦の基本法則は、アモントン(1699)-クーロン(1785)の法則と知られている。()は論文発表年で、後世に下記のようにまとめられたものである。法則と呼ばれているが、乾燥摩擦における経験則である。

 ①摩擦力は接触面に加えられる垂直荷重に比例する
 ②摩擦力は見かけの接触面積には無関係である
 ③摩擦力はすべり速度には無関係である
 ④静摩擦力は動摩擦力より大きい

 法則①、②はほぼ成立し、法則③は低すべり速度や高すべり速度領域では成立しないことが実験的に示されている1)。法則①から、摩擦係数μF/WF:摩擦力、W:垂直荷重)が定義される。法則④は高分子材料のように粘弾性特性を示す材料では成立せず1)、金属材料同士でも試験条件により成立しないこともある。

 図1 に、筆者による、すべり速度を変えた、鋼球(直径10 mm)と平滑鋼板の摩擦試験結果例を示す。荷重9.8 N、すべり距離10 mmの一方向すべり摩擦試験である。すべり速度1 mm/s ではピークは見られず、静摩擦係数μs=0.11(初期摩擦区間の最大値)、動摩擦係数μd=0.15(定常摩擦区間の平均値)であるのに対し、すべり速度10 mm/sでは明瞭なピークが見られ、静摩擦係数μs=0.21、動摩擦係数μd=0.13となる。
図1 鋼球と平滑鋼板の摩擦試験結果例(荷重9.8 N、すべり距離10 mm、すべり速度1 mm/sおよび10 mm/s)

図1 鋼球と平滑鋼板の摩擦試験結果例(荷重9.8 N、すべり距離10 mm、すべり速度1 mm/sおよび10 mm/s)

 この差異は、接触点における局所すべりの影響によるものと考えられ、本事例のように、静摩擦係数は正確には求められないことが多く、数点の測定データから演算するため、試験ごとのばらつきも大きい。トラブル対策などで、静摩擦係数を測定する場合は、試験条件の検討が必要である。動摩擦係数は、多点の平均値であるため、試験条件によるばらつきは比較的小さい。

 本事例は、球と平面の摩擦試験(第1 回図5 参照)であるが、摩擦試験としては、図2に示す平面と平面の摩擦試験は広く行われており、紙及び板紙(JIS P8147:2010)、プラスチック-フィルム及びシート(JIS K7125:1999)、などの規格がある。いずれも軟質材や粘弾性体同士または相手材を金属体とした平面と平面の摩擦試験であり、静摩擦係数、動摩擦係数を測定する規格化された試験方法である。
図2  平面と平面の摩擦試験(一方向すべり)

図2  平面と平面の摩擦試験(一方向すべり)

 一方、金属同士の平面と平面の摩擦試験は規格がない。これは、平面同士の接触すべりでは、弾性接触圧力が接触端で最大となるため、図2 に例示するように、端部に摩擦痕が生じ、均一接触とならないためである。ピンと平面の摩擦試験でも同様のことが起こる。対策としては、端部の角を丸める、接触面全体をやや凸にする(クラウニング)、などの方法はあるが、一方向すべりのみでは面接触状態は得られないので、繰返し往復すべりにより、徐々に接触面積が拡大していくような試験条件の工夫が必要である。往復すべり摩擦試験では、動摩擦係数の平均値をすべり摩擦係数とすることが一般的である。

摩擦の機構

 摩擦の機構は、アモントン、クーロンらによる、表面粗さによる突起のかみあいを原因とする凹凸説が長い間信じられてきたが、現在では、バウデンとテイバーによる摩擦の凝着説2)が、少なくとも金属については正しいことが示されている。

 摩擦の凝着説では、摩擦力F= 凝着項(adhesion)+掘起し項(ploughing)=FaFp、で求められる。凝着項は、凝着部をせん断する力で、凝着項FaArs=(W/pms である。ここに、W:荷重、Ar:真実接触面積、s:凝着部のせん断強さ、pm:軟らかい方の塑性流動圧力(=押込み硬さ)である。図3 1)に示すように、掘起し項は、移動する前方にある物体を押しのける力で、掘起し項FpAp′、である。ここに、A′:前方の投影面積、p′≒pm、である。
図3 摩擦の掘起し項

図3 摩擦の掘起し項

 一般の機械加工面(硬質材/硬質材)では、FpFa であることから、FFaArs=(W/pms=(s/pmWμF/Ws/pm=凝着部のせん断強さ/軟らかい物体の塑性流動圧力、となる。s pmの関係は材料により変わるので、金属同士の摩擦係数は、試験条件により、0から無限大(焼付きにより固着した場合)の範囲で変化する。

 一方、スパイク靴と地面、スタッドレスタイヤ面と雪面の関係のように、相手材が軟らかい場合は、掘起し項が主となり、摩擦力が発生する。プラスチックなどの粘弾性体においても、摩擦痕が深い場合は、掘起し項は無視できないので、摩擦試験結果の考察には、摩擦痕の観察結果も加えることがのぞましい。

摩擦係数と表面粗さ

 摩擦係数におよぼす表面粗さの影響については、ばらつきは大きいが、表面粗さRrms(二乗平均平方根粗さ)0.5~1 μmを境に、表面粗さが大きくなるほど摩擦係数が高くなる領域(一般的な機械加工面~粗面)と、表面粗さが小さくなるほど摩擦係数が高くなる領域(平滑研磨面~鏡面)があることが知られており1)、摩擦の凝着説が正しいことが示されている。

 図4 に、試作した鋼板-ロール摩擦摩耗試験機を用いて、平滑~粗面ロール(CrめっきRa=0.4~4.9 μm、WC 溶射Ra=0.5~2.9 μm) と平滑鋼板(SUS304、Ra=0.2 μm)の表面粗さと摩擦係数の関係を調べた例3)を示す。図4 から、Cr めっきロールの摩擦係数は表面粗さによらずほぼ一定であるのに対し、WC溶射ロールの摩擦係数は表面粗さとともに増加している。表面粗さが大きいほど摩擦係数が高くなる、とは必ずしもいえないことがわかる。
図4 摩擦係数と表面粗さ、3次元表面形状の関係

図4 摩擦係数と表面粗さ、3次元表面形状の関係

 摩擦係数に差異が出る理由は、3 次元表面形状による接触解析から、Crめっきは突起のみで鋼板と接触しているのに対し、WC溶射は微細な突起のあるうねり面で接触していることが示されている。図4から、Ra=0.4~1 μmの平滑ロールは、鋼板と安定した接触状態が得られにくく、摩擦係数のばらつきが大きいこともわかる。

表面粗さの変化と摩擦係数

 摩擦摩耗試験において、マイルド摩耗条件では、摩耗面の表面粗さは一般に低下していくことが多い。実機ロールでは、経験的に粗面ロール表面が摩耗するとすべりやすくなるとされてきたが、表面粗さの変化に伴い摩擦係数がどのように変化するかは不明であった。そのため、筆者は、鋼板による粗面ロールの摩擦摩耗試験を行いながら、同一摩擦箇所の3 次元表面形状を一定すべり距離ごとに測定するロール摩耗面のその場観察システムを開発し、平滑鋼板(Ra=0.2 μm)による粗面ロール(炭素鋼、Ra=3.3 μm)の摩擦摩耗試験を行った4)

 試験結果を図5 に示す。同図から、すべり距離の増加とともに摩擦係数は徐々に増加し一定値に近づく傾向を示すこと、ロール表面形状はすべり距離の増加とともに突起先端が摩耗し平坦化していくことがわかった。これらの知見は、高摩擦かつ低摩耗となる粗面ロールの表面形状最適化の重要な指針となった。粗面ロールに限らず、高摩擦かつ低摩耗を実現するためには、材料の耐摩耗性だけでなく、表面性状が重要であることは、その後の多くの実用化事例からも示されている。
図5 すべり距離と摩擦係数、3次元表面性状の関係

図5 すべり距離と摩擦係数、3次元表面性状の関係

参考文献
1)山本雄二、兼田禎宏: トライボロジー第2 版、オーム社(2010)、pp. 39-42
2)原典は、曽田範宗訳、バウデン・テイバー:固体の摩擦と潤滑、丸善(1961)
3)安藤克己:トライボロジスト、Vol. 48、No. 9(2003)、pp.723-724
4)安藤克己、加藤康司:トライボロジスト、Vol. 44、No. 11(1999)、p. 888

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