機械設計 連載「事例から見る摩擦・摩耗の基礎とトラブル解決手法」
2025.10.08
第5回 トライボロジー評価・解析
安藤技術士事務所 安藤 克己
あんどう かつみ: 所長、博士(工学)、技術士(機械、金属、総合技術監理)。1977 年東北大学大学院工学研究科修了、新日本製鐵入社(現日本製鉄)。釜石製鐵所、君津製鐵所、技術開発本部(富津)にて、製鉄設備エンジニアリング、設備長寿命化などの研究開発に従事。2000 年から日鐵テクノリサーチ(現日鉄テクノロジー)にて、材料・トライボロジー、腐食防食技術の試験・分析・評価、研究支援、コンサルティングに従事。2016年安藤技術士事務所開設、技術コンサルタントとして活動中。
課題解決の手段 ludema
トライボロジスト(トライボロジーの研究者および技術者を呼ぶ。日本トライボロジー学会の学会誌の名称でもある)にとり、トライボロジーの課題解決の手段として、“ludema”が常識とされている。木村好次東大・香川大名誉教授が提唱した言葉で、「トライボロジカルな問題を解決する手段は、潤滑剤を変える、摩擦面の設計を変える、材料を変える、の3つしかない。この3つを英語で書けば、潤滑剤=lubricant、設計=design、材料=material、その頭から2 文字ずつとると“ludema”になる。偶然の暗合だが、Ludemaという名前の先生がミシガン大学でトライボロジーを担当していたので、同先生に承諾をもらって“ludema”を宣伝することにした」1)と著書に書かれている。ludema を活用した課題解決の代表的な事例としては、自動車のエンジン、トランスミッション・デフ、ホイールの摩擦損失を削減する種々の開発技術があげられる2)。解決手法として、オイルの低粘度化、表面性状改善・高精度化、表面処理などが列挙されており、ludema による成果といえる。
ludema の事例として、筆者らによる溶融亜鉛中の摩擦摩耗特性の研究例を示す。鋼板の亜鉛めっきを行う連続溶融亜鉛めっき機は、溶融亜鉛中にポットロール、サポートロール、軸受などの浴中機器が配置された構成となっており、溶融亜鉛と反応する鉄系材料の浴中機器は短期間で損耗していた。研究当初、溶融亜鉛中における材料の摩擦摩耗特性が不明であったため、図13)に示す、溶融亜鉛中で試験が可能なピン‒リング方式の摩擦摩耗試験機を製作し、溶融亜鉛中におけるセラミックスなどの摩擦摩耗特性を調べた。
図23)に溶融亜鉛中および大気中における定常状態の摩擦係数の測定結果を示す。図2 から、大気中無潤滑では、摩擦係数μは0.6~0.8 の高い値を示すが、溶融亜鉛中ではμ=0.02~0.125 の低い値を示した。すなわち、溶融亜鉛は良い潤滑剤であり、浴中機器の材料は、溶融亜鉛と反応しない材料系であれば長期耐久性が期待できることが示された。大型機器であるため設計上の課題はあるが、潤滑と材料に関しては、浴中機器の高耐用化開発の方向性が明らかにされた例である。
調査解析手法
トラブル解決のためには、損傷サンプルの調査解析を行い、損傷原因を特定し、再発防止対策を講じることが必要である。損傷調査解析事例として、図3 に、転動面がフレーキング損傷した軸受内輪の調査解析事例を示す。軸受であれば、外輪、内輪、ボール、グリースなど調査サンプルはできるだけ採取し、調査分析することが望ましいが、実際問題としては、損傷サンプルの一部しか得られない場合も多い。採取サンプルから、解析機器に合わせた形状、寸法に切断し、表面試料調製、断面試料調製(樹脂埋込研磨)を行う。
図3(a)は、損傷部位の表面マクロ観察、(b)は表面試料調製、SEM観察、(c)は断面試料調製、光学顕微鏡観察結果の一例を示す。マクロ観察と倍率を拡大したSEM観察で、フレーキング部との境界付近に表面き裂と圧痕があること、断面組織観察から表面および内部き裂があることがわかった。そのほか、圧痕部のEDS元素分析、断面硬さ分析を行い、損傷原因は、硬質異物のかみ込みによる表面および内部き裂発生と推定した事例である。
上記の調査解析手法は、摩耗に限らず、疲労や腐食、変形などの損傷原因調査でも用いられる。トライボロジーの特徴である表面性状解析による事例として、キーとキー溝の摩耗調査の事例を次に示す。摩耗したキーとキー溝部に線状傷が見られたため、摩耗部からサンプルを採取し、3 次元表面性状測定を行い線状傷の原因調査を行った。
図44)に、キー溝とキーの3次元表面性状測定結果として、向かい合う位置の3 次元形状の鳥瞰図、等高線図、断面曲線を示す。図54)に、図4の断面曲線の一方を反転して、摩耗痕プロファイルを重ね合わせた結果を示す。図5 は、縦軸は±50 μm、横軸は10.2 mmと縦軸が600 倍に拡大されていることを考慮すると、数mm程度の異物かみ込みによって線状傷が生じたと推定され、使用中ではなく、キー取外し時に発発生した傷と考えられることを示した事例である。
摩擦摩耗試験による評価
トライボロジーの課題解決のためには、材料組合せ、使用条件(荷重、すべり速度、潤滑など)など実機を反映した、適切な摩擦摩耗試験方法と試験条件を選定し、ラボ試験による評価を行い、解決方法を探索していくことが多い。規格化された摩擦摩耗試験は少ないため、ラボ試験は、汎用的な小型試験機を用いた基礎試験と、実機条件を織り込んだ実機シミュレーション試験に大別できる。筆者は、製鉄設備の長寿命化技術開発において、ラボ試験(基礎試験、必要に応じ実機シミュレーション試験)にて解決策を見いだし、実機試験で評価し、実機化に結び付けてきた。以下にラボ試験における留意点を述べる。
1.試験条件
トライボロジー研究において、図1 に例示するように、摩擦摩耗試験機はオリジナルであることが多く、論文では要点のみ記述されているが、実験方法を確立するまでに、相当の期間を要していることが多い。種々の摩擦摩耗試験機、試験法については、日本トライボロジー学会から良書5)が発行されているので、参照いただきたい。すべりや転がり摩擦摩耗試験では、ボール(ピン、リング)オンディスク回転試験やボール(ピン、リング)オンプレート往復動試験が一般的であり、各種試験機が市販されている。試験機を選定し、試験条件として、接触圧力p(設定値は荷重W)とすべり速度vを変えて試験を行う。p・vは実機条件に近い方が摩耗形態も近くなるので望ましいが、摩擦係数は測定できても、摩耗量は測定できないほど小さくなることもある。ラボ試験では、短時間で摩擦摩耗特性を評価しなければいけないため、試験条件は加速条件とせざるを得ない。p・vを大きくすると、摩擦面温度上昇などにより、実機とは異なる摩耗形態となる可能性が大きくなるので、摩耗面観察と合わせ、比摩耗量で評価し、摩耗形態が実機と大きく異ならない試験条件を見いだすことが試験における要点である。
2.摩耗粉
ディスク回転試験やプレート往復動試験では、摩耗粉が発生し、摩擦面から排出できなくなると、試験片同士の接触が妨げられ、試験結果のばらつき要因となる。このため、摩耗粉が大量に発生する試験は、図64)に示すように、2円筒、円筒‒ブロック試験で行うことが適切である。図6 は、左側の円筒を高周波誘導加熱する高温摩擦摩耗試験の例であり、加熱しなければ常温の摩擦摩耗試験となる。いずれも、摩耗粉は下方に排出されるので、定常状態の摩擦摩耗データが得られやすい。高温摩耗試験では、加熱円筒表面で酸化膜が生成するため、2 円筒、円筒‒ブロック試験とすることが必須である。2 円筒試験では、右側の円筒が試験材であり、スプレー冷却することにより、実機で高温物と接触する材料の転がり‒すべり摩耗の条件を近似できる。円筒‒ブロック試験では、ブロック試験片の摩擦面近傍に熱電対を埋め込むことにより、加熱円筒表面温度(放射温度計で測定)とブロック試験片の表面温度が測定でき、実機で高温物と接触する材料のすべり摩耗の条件を近似できる。
3.試験機の多機能化
バウデン・テイバーの時代から、摩擦摩耗試験機は研究者オリジナルのものが多く、一般的なボールオンディスク試験機でも、試験ニーズにより雰囲気炉などをオプションで取り付けて試験を行っているため、研究開発年数が長くなるにつれて摩擦摩耗試験機の台数は増えてくる傾向にある。近年、モジュールを交換することで、1 台で多様な摺動試験と環境チャンバにより高温、低温、塩水噴霧、不活性ガス中などの特殊環境試験に対応した摩擦試験機が、数社から市販されており、導入している試験研究機関が増えている。図74)に多機能試験機の導入例を示す。試験ニーズから、現在導入しているのは、高速回転(~5000 rpm)に対応した回転モジュールと1000℃高温チャンバ、高速往復(~80 Hz@1 mm)に対応した高速往復動モジュールと500℃高温チャンバ、である。試験機本体はコンパクトにまとまっており、拡張性は大きい。基礎試験だけでなく、温度、雰囲気なども環境チャンバユニットを導入することにより、小規模の実機シミュレーション試験も可能となる。今後の摩擦摩耗試験機の方向を示していると考えられる。
参考文献
1 )木村好次:トライボロジー再論、養賢堂(2013)、p.8
2 )日本トライボロジー学会:トライボロジーロードマップ研究会報告書(第1 報)(2015)
3 )堀切川一男、加藤康司、馬場祥孝、安藤克己:トライボロジー会議予稿集(東京1991‒5)(1991)、p.547
4 )日鉄テクノロジー技術資料、多機能試験機技術資料
5 )日本トライボロジー学会:摩擦・摩耗試験機とその活用、養賢堂(2007)