よしだ しゅういちろう:代表取締役社長。東京工業大学工学部卒業後、Fraunhofer Instituteでのインターンを経て、同大大学院修士課程修了。繊維強化プラスチック関連の技術指導や支援を企業に行いながら専門性鍛錬を行う一方、技術者に特化した育成事業を法人向けに展開。自らの10 年以上にわたる研究開発と量産ライン立上げ、国内外企業連携によるプロジェクト推進の経験を踏まえ、繊維、機械、化学などの企業の研究開発現場での技術者育成の指導、支援に尽力。福井大学非常勤講師。
若手技術者戦力化のワンポイント
「新人技術者の“知っている”ことが実務には使えない」とき、「すべてを教えずに、期限を決めて調べさせ、説明させる」ことを実践する
はじめに
今回も前回の連載1)と同様、若手技術者の中で入社間もない新人技術者を取り上げる。新人技術者は企業にとって、技術力向上の源泉となる大変貴重な存在だ。個々人の性格的な部分が大きいが、比較的早い段階での成長が見込める新人技術者の多くがする発言に、「私はそれを知っています」というものがある。主として技術的な“知識”に関するやり取りを想定すると、この発言の意図が理解できるだろう。このような返答は、新人技術者の指導にあたるリーダーや管理職にとって心強いものであり、基礎知識があるのであればいろいろな仕事を任せられるのではないか、という期待も膨らむ。
結果、期待通りに業務を推進できる新人技術者もいるかもしれないが、恐らくかなりまれだ。多くの場合において、リーダーや管理職は“期待外れ”という印象を持つに違いない。このようなミスマッチは新人技術者とリーダーや管理職との間に、不必要な摩擦を引き起こすきっかけとなることが多いため、避けるべき事態といえる。しかし、どのような対策をすればいいのだろうか。
今回は、知っていると発言する新人技術者に対し、リーダーや管理職がどのような対策を講じるべきかについて述べる。
若手技術者戦力化のワンポイント
「新人技術者の“知っている”ことが実務には使えない」とき、「すべてを教えずに、期限を決めて調べさせ、説明させる」ことの実践を推奨する。企業組織において“知っている”の意味を、新人技術者に理解させることが、技術者育成の観点からリーダーや管理職に求められる。
若手技術者とリーダーや管理職の“知っている”には大きな開きがある
企業での技術的な実務経験を有するリーダーや管理職にとって、知っているというのはどういう状態だろうか。恐らく、過去の実務経験を土台として、このような結果が得られた、このようなことが起こったといった、実情をからめた具体的な話をできることだと考える。
それに対し、新人技術者の知っているというのは、
・その技術(または用語)の名前を知っている
・少し触ったことがある
・本、新聞、ネット記事で読んだことがある
・人から聞いたことがある
というレベルであることが多い。実務経験がほとんどないことを考えれば致し方ないといえるが、この時点で、“知っている”という単語のニュアンスが、新人技術者とリーダーや管理職の間で大きく開いていることがわかるだろう。まず、リーダーや管理職はこの“開き”を認識することが、本記事の冒頭で触れた摩擦を回避する第一歩となる。
“知っている”は若手技術者にとって知識止まりだが、リーダーや管理職は知恵を想定している
すでに述べた“開き”について、もう少し考えたい。新人技術者は教育を受け、そこから間もなくして企業に入社している。
知識というのは“知っている”という“状態”を示したものである。そして、教育を受けるという段階で求められるのは知識量だ。頭の中に知識の“量”を多く持つことが、教育段階で求められるのを考えれば当然である。知識量を求める教育は、暗記型教育という表現で批判されることも多いが、筆者の実感として暗記は技術者育成の観点でも必要であると考えている。暗記型教育と対比される形で触れられる思考型教育に関する言及であっても、結局のところ知識量が土台にないと思考できないことを暗に認めている。よって、知っていることを知識と結びつける新人技術者の思考は当然であり、それは間違っていない。この辺りの詳細は筆者が執筆している情報を参照してほしい2)。
一方で、リーダーや管理職は“知識止まりの知っている”にはあまり価値を感じていないはずだ。知っていることを用いてどのように実務を推進し、結果を得るのかが最重要と認識していることが背景にあると考える。このように、知っていることを応用し、実践的な行動まで結びつけられる知見のことを、筆者は知識と区別して“知恵”と呼んでいる。リーダーや管理職は、実務経験の少ない新人技術者が、恐らく何もできないという前提を理解はしている。しかしながら、新人技術者が知っていると発言したことについて、意識せずとも少なからず知恵を期待している可能性があるのだ(図1)。このような小さな期待、ならびにそれが実現されなかった小さな失望の積み重ねが、リーダーや管理職の“ある発言”につながってしまう。
図1 新人技術者の“知っている”は知識止まりで、実践的な行動を伴う知恵まで到達していない
「学校で何を学んできたのだ」という言葉は新人技術者を現実逃避に向かわせることも
リーダーや管理職の“ある発言”とは、「学校で何を学んできたのだ」というものだ。本音でいうよりも、親しみを込めた冗談のニュアンスが入っていることも多い。この発言の心理的背景は、学生気分から抜け出してほしいという願いにある。リーダーや管理職は、「新人だから仕方ないだろう。ただ、実務に活かせない“知っている”は価値がないので、実務に落とし込めるよう、これから実務経験を積むことで、知識を知恵に昇華してほしい」ということを期待している。そのためにも、仕事に積極的に取り組む社会人としての力強い一歩を踏み出してほしいだけだ。
このようなリーダーや管理職の期待と裏腹に、新人技術者の“ある発言”に対する受け取り方は異なるようだ。特に自尊心の低い新人技術者は、人格否定をされたような気持ちになる可能性が高い。この気持ちが強くなりすぎると、「自分が会社に入ってやりたかったのはこういう仕事ではなかった」という現実逃避が始まる。これは新人技術者のモチベーション低下はもちろん、最悪の場合“離職”という決断に至ってしまうこともある。
“教えてもらう”から、“調べて説明する”に姿勢を変換させる
新人技術者たちを現実逃避に向かわせないため、リーダーや管理職は何をすべきか。それは“教えてもらう”から“調べて説明する”ことの必要性を、新人技術者に理解させることだ。すでに述べたとおり、新人技術者は入社前まで学生である。最近まで教育を受ける側だった新人技術者たちは、「会社に入ってもいろいろ教えてもらえる」と考えているようだ。この考え方を改めさせ、能動的な取組みの重要性を理解させることが必要となる。このような話をすると、「会社は学校ではないのだ。気持ちを切り替えろ」といった、一昔前の体育会系の発言をするリーダーや管理職もいる。これがすべて間違いではないが、言葉で伝えるよりも体感させる方が効果的だ。
“一部教える”+“期限付き”+“説明させる”で、技術調査から始める
新人技術者に能動的な取組みを教える際、“技術調査”から始めると良い。技術調査として、技術的な用語の意味や技術理論、または最新技術などが新人技術者に対する調査の題材となり得る候補である。この調査において留意すべきは、
・一部教える(すべては教えない)
・ 期限付き(厳しめに設定し、遅れは許容しない)
・ 説明させる(インプットだけでなくアウトプットさせる)
という3点だ。それぞれの狙いを述べる。
“一部教える”は「能動的調査能力」の向上だ。すべて教えてしまうと、それは受け身で終わる。しかし、導入部分の一部を教えられたうえで全貌を理解しようとすれば、自分で調べなくてはいけない。自分が動かなければ情報は手に入らないため、半強制的に能動的行動が求められる。導入部分である一部を教えるのは、調べ方さえわからない新人技術者に丸投げすると、思考停止で動きを止めることでスタートするまでに時間がかかることを避けるのを目的としている。初動で何もできないことにより、能動的に調べることを苦痛と感じてしまうと、新人技術者の成長速度が鈍化してしまうのだ。
“期限付き”は時間軸に対する意識を、新人技術者に持たせることに狙いがある(図2)。企業に勤める従業員にとって、一日の中で仕事ができる時間には限りがある。ワークライフバランスというスローガンで労働時間の短縮化が叫ばれる昨今にあって、長時間労働はやりにくい時代背景が、その厳しさに拍車をかけている。このような時代において、時間軸に対する意識を高めることは必須といえる。リーダーや管理職が何かを調べさせるにあたって設定する期限は、少し厳しめ(短め)が良い。はじめの頃は調べきれないことがあっても問題はない。何度か繰り返すうち、限られた時間枠で可能な最善の質の情報をまとめる重要さを、新人技術者に理解させることがポイントとなる。このような時間軸という緊張感を持った調査は、新人技術者に当事者意識を植え付けるという効果が高い。
図2 時間軸を強く意識したうえで技術調査を行うことは、新人技術者の当事者意識醸成に有効
“説明させる”は、新人技術者の知識を知恵に昇華させる必須の行動だ。調べるというのはあくまでインプットのみ。調べた情報がどのように新人技術者の中で理解されたのかは、当の本人しかわからない。この状態では知識という状態を上回ることは困難だ。ここで調べた内容を説明させるとなると、状況は大きく変わる。リーダーや管理職はもちろん、技術チームのほかの技術者に対して説明するためには、聴き手の理解を前提とした情報の整理が必要となる。これこそ、技術者の普遍的スキルの中で最重要となる、論理的思考力の鍛錬そのものだ。インプットした情報をわかりやすくアウトプットすることは、「知識を知恵として活用するにあたっての必須条件」である。知識を知恵として活用するには、知識が自らの頭の中で整理された状態にあり、実務上で必要なときに、必要な形で引き出せなくてはならないからだ。
これら3 つのポイントを強く意識した状態で新人技術者に技術調査を行わせることは、業務に対する能動的取組み姿勢の理解と、知識を知恵に昇華させる重要な練習となる。
まとめ
“知っている”という言葉は、専門性至上主義を掲げる技術者にとって自己肯定感を高める言葉の一つだ。しかしその言葉が、単に知っている知識のことなのか、実践的な行動を伴う知恵なのかには大きな違いがある。新人技術者は実務経験が少なく、知恵を有することはほとんど期待できない。しかしながら、それがわかっていたとしても、リーダーや管理職は、新人技術者の“知っている”が知識止まりであることを課題に感じ、実務経験を積み、知識を知恵に昇華させることを期待し、何を学んできたのかといった旨の言葉をかけてしまう。それが新人技術者の現実逃避の心理を助長することでモチベーションを下げ、場合によっては離職につながるというリスクをリーダーや管理職も理解しておく必要がある。
この現実逃避を避けるには、教えてもらうという受け身姿勢の新人技術者を能動的にさせることが一案だ。一部教えたうえで、厳しめの時間軸で技術情報調査を行わせ、それを技術チームのメンバーに説明させるのがいいだろう。一部教えることで初動をやりやすくし、時間軸を設定することで当事者意識を芽生えさせる。そして、インプットしたことを説明というアウトプットすることで、知識を知恵として変換するための前段階となる自分の頭の整理ができるようになるのだ。
技術調査という業務経験を通じ、能動的取組み姿勢の理解に加え、知識を知恵に変換させるスキルを習得させる技術者育成戦略が、これからのリーダーや管理職に求められる。
参考文献
1) 吉田州一郎:第5 回 若手技術者が指導する新人技術者への指導時の禁止行為、機械設計、Vol.68、No.13(2023)
2) 技術者育成研究所:“これからの技術者に必須の思考型教育とは”https://www.engineer-development.jp/column-2/memorizationeducation-method(参照2023-12-7)