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型技術 連載「中国の金型業界のリアル」

2025.10.14

第2回 加工機販売からソリューション提案企業への躍進

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杭州谷口精工模具有限公司 小方暁子

おがた あきこ:董事長、OISHIエンジニアリング㈱代表取締役 神奈川県川崎市出身。留学経験後、日本と海外の文化や交流に興味をもち、旅行専門卸業勤務を経て、中小企業向け業務システム会社を立ち上げ。中国浙江省・杭州市にて業界経験ゼロから金型メーカーを事業承継。日本では金型商社事業と工業・農業系地方創生・海外ビジネス交流事業も手がける。

精密部品を実際に加工する「加工機展示場」

 読者の皆さんは、ここ数年で「新しく金型屋を始めました!」という話を日本で聞いたことがありますか? 2021 年、コロナ禍真っ只中だった時期に、加工機メーカーの代理店として何度か当社に来ていた方から、「蘇州で部品加工事業を始めました!」と連絡をいただきました。加工機メーカーの代理店として上海で2015 年に起業し、華東地区の代理販売成績は常にトップクラスを維持していた蘇州知匠自動化製造有限公司は、蘇州にあった倉庫をリノベーションして加工機展示場および精密部品加工を始めました。現在は部品加工にとどまらず、設備導入から自動化製造ラインの設計、治具や金型の製作など製造現場のソリューションを提供する企業へと成長し、今年7 月には南京に新たな工場をオープンさせるなど、本年度の年商は15 億円を超える勢いです。

中国金型生産集積地の変化

 中国の金型生産集積地は、深圳・東莞などが属する広東省のある華南エリア、寧波・台州などが属する浙江省や昆山・蘇州が属する江蘇省、上海近郊など華東エリアが有名です(図1)。しかし、ここ10 年ほどで黄石(湖北省)、鄭州(河南省)、瀋陽(遼寧省)、安徽省、山東省なども集積地として名前が挙がるようになりました。「金型城」とも呼ばれる金型生産集積地は、自動車産業・加工機メーカーなどが内陸部に向かって発展するのに伴い、華南・華東エリアから華東北部・華中・東北部などへ広がり、今では中国全土に約80カ所あると言われています。
図1 中国の華南・華東・華中・華北・東北部(出典:中国まるごと百科事典 https://www.allchinainfo.com/)

図1 中国の華南・華東・華中・華北・東北部(出典:中国まるごと百科事典 https://www.allchinainfo.com/)

加工機販売で得たのは「技術と信頼」

 工場がある江蘇省蘇州市呉江区付近は、金型製作や部品加工を手がける会社が乱立し、日本や台湾など外資企業も数多く進出している激戦区です。

 「この加工機でこのように加工すれば、この精度の加工ができる」と、リアルに見せることで加工機の選択をより明確にするとともに、技術スタッフのレベル向上もできると考え、まずは部品加工の価格を少しだけ抑えて受注を開始しました。加工機メーカーや顧客との接点を増やし、実績という「信用」に、将来ともに歩んでいきたいと思わせる「信頼」を積み上げる関係性を築くことに重点を置き、それを強みに変えていきます。

 例えば、取り扱う加工機は自分が実際に使って納得したメーカーの加工機のみ(図2)。深く理解している三菱電機の形彫・ワイヤ放電加工機を主力商品として、FUJI の高精度旋盤、最近中国で注目されている山東豪邁集団(Himile Mechanical Science and Technology Shandong)の5 軸マシニングセンタなど、自ら加工機メーカーの工場へ足を運んで性能を理解するのはもちろん、背景にある物語まで理解を深め、加工機メーカーと密な関係を築いていきます。
図2 旧型から新型まで豊富なラインナップ。中古機として販売することもある

図2 旧型から新型まで豊富なラインナップ。中古機として販売することもある

 加工機展示場は自ら利用し加工することで、加工機個々の特徴をつかみ、自然と顧客と同じ目線で対話できるようになる環境が整っています。自社と顧客という2 つのリアルな現場の生の声を、加工機メーカーと顧客双方にフィードバックするという、ただの販売にとどまらないUX(ユーザー体験)が加工機メーカーと顧客のどちらも惹きつけているのです。

 顧客との接点が増えると、顧客の要望が深く広くなっていきます。加工機を導入したいと言われて訪問すると、実は自動化生産ラインの立上げ計画があると相談されます。生産ラインの自動化設備や工場内配置など広範囲にわたる案件になったときは、加工機メーカー代理販売の強みを活かして、事例の問合せを積極的に行いながら協力会社と提携して取り組みます。金型生産集積地の激戦区だからこそ、高水準でパートナー探し・人探しができると、どこまでも前向きです。

 社員の平均年齢は約30 歳、好奇心旺盛で学びが早い若い社員たちに、技術を深く追求するか、サービスエンジニアとして外に出ていくか、適正を見ながら本人の意向も参考にして素早く判断し、配置換えを行います。社員数30 名程度の、中国では「小さい」と言われる企業ながらも、規模にあった社内制度づくりや人が育つ環境づくりへも余念がありません。

「遠心力と求心力」のバランスがとれた企業づくり

 中国の金型業界では、1960~70 年代生まれの経営者は技術出身が多く、現在40 歳前後の「80 後」と呼ばれる80 年代生まれの経営者は営業出身者が多いと感じています。社会が急速に発展し国内外の情報に触れる機会が増えた年代であり、伝統的な考え方と、新しい考え方の両方が理解できる年代だからこそ、新しい価値を生み出さなければ生き残れないことが本能でわかっているのでしょう。

 新工場をオープンさせたことで1 日の移動距離が500 km 以上になるときもあり、人材育成と効率アップが課題と言います。「『現場に精通した明確な選択を導くソリューション提供と交流から生まれるつながり』を社外に向かっていく遠心力とするなら、『加工技術と社員のレベルアップで会社の価値創造』は、社内に充満する求心力。遠心力と求心力のバランスがとれていれば相乗効果で成長できる」と笑いながら話す張兆鑫社長(図3)。ガス抜き入れ子の商品情報から金型のビジネスモデル、趣味の水泳まで、お茶を入れながら次々に話題を提供してくれる彼の遠心力に、私もすっかり魅せられてしまいました。
図3 張兆鑫社長

図3 張兆鑫社長

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