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型技術 連載「巻頭インタビュー」

2026.09.30

常識破りの金型転用で新ビジネス 多様性を力に変えて環境経営を進める―備前発条

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備前発条㈱ 代表取締役社長
山根教代氏

Interviewer
九州工業大学 大学院情報工学研究院 教授
楢原弘之氏

 ばね加工技術を基盤に自動車シート部品の開発から一貫生産で独自の強みを築いている備前発条(岡山市東区)。女性や外国人、障害のある人材を戦力として積極的に採用する一方で、金型転用という新たな発想で新規ビジネスにもチャレンジする。SDGsの推進と事業成長を両立させながら、新たな価値創出に挑戦する同社の歩みと展望について山根教代社長に話を聞いた。
山根教代氏(左)と楢原弘之氏(右)
楢原
 本日はよろしくお願いします。まずは御社の概要についてお話いただけますでしょうか。

山根
 当社は1949 年に祖父が山根スプリング製作所として岡山県総社市で創業したのが始まりです。名前の通りばねの製造から始まったのですが、現在はばね加工の技術を活かしてヘッドレストやアームレストなどの自動車シート部品の製造を主に行っています。これらは国産のSUV やミニバンなどで広く採用いただいています。また、シート関連以外ではエンジンマウントやトルクロットなどの防振金具も手がけています。

 生産拠点はここ岡山市の本社工場と福岡県豊前市の九州工場、そしてタイ工場の3拠点です。一貫生産を行っているのが特徴で、製品開発からプレス加工、溶接、塗装、組立て、検査とすべて自社内で行っています。カチオン電着塗装のラインを保有していて、これがあることで一貫生産が可能になり、非常に競争力のある提案ができるようになりました。

楢原
 山根様は現在3代目を務めておられるのですね。入社からこれまでの経緯についてもお聞かせください。

山根
 私は地元のいわゆる進学校に通っていたのですが、同級生が皆有名大学へ進学する中で、私はそうした進路の先に本当に自分のやりたいことがあるのかがわからなくて、結局大学を受験せずに卒業しました。そうして家を出て、旅に出たりいろいろな仕事をしたりしつつ、最終的に岡山県に戻って税理士事務所で働き始めました。そこで初めて、「税務を追求したい、勉強したい」という目標が見つかったのです。

 そうして5 年ほど過ぎた頃、母から突然電話があって、私の兄が急逝したことを知りました。中小企業の長男で、すでに後継ぎとして入社して父のもとで仕事を覚え始めていたときでした。父が私に「会社に戻ってきてほしい」と言うので、税務への未練はありましたが、私は3 人きょうだいの真ん中の長女。自由に生きてきた分、やはりここは戻るべきだと考えて、当社に入社しました。

 私が入社してしばらくした頃に、父が倒れました。もともとの激務に兄のことでの心労が重なったせいだと思います。幸い父は一命をとりとめましたが、そのことがきっかけで私は「代表をやらせてください」と父に話し、3 代目の社長に就くことになりました。それが2018 年のことです。振り返ると、兄が亡くなってから社長就任まで怒涛の日々でした。

楢原
 非常に大変な経験をされてきたのですね。その中で社長に就任されたのは大きな決断でしたね。

山根
 会社に戻ってとても驚いたのが、現場の荒廃ぶりでした。エンジニア出身の父はエネルギッシュで大手自動車シートメーカーとの取引も父の代で開拓したのですが、そこに社内の管理が追い付いていませんでした。象徴的だったのが金型です。工場敷地内の相当な面積に補給品の金型が山のようにあふれていました。お客様の金型なので本来はしっかり養生して保管しなければならなかったのですが、表面は赤錆だらけで置き方もばらばら、周辺の地面からは雑草が生えていました。社員の誇りは傷ついており、お客様からいただく仕事に対する知識も全体的に足りていないようにも感じました。そんな状態だったので品質が安定せず、お客様に迷惑をかけることも少なくありませんでした。

楢原
 経営や製造の経験がない中でそのような現場を立て直していくには、自身のマインドを切り替えたり、いろいろな人の協力を得たりすることが必要だったと思います。

山根
 製造の部分では、私の入社の際に引っ張ってきた技術系出身の夫に助けてもらっています。社内体制の立て直しについては、やはり管理のための知識・技能が圧倒的に不足していると感じたので、外から人材を引っ張ってくることを相当行いました。管理職の方を含めた人の入れ替えや、大規模な工場レイアウト変更などかなり独断的に進めてきたと思います。それでも信じてついてきてくれる方々に助けていただきながら、一緒に再構築を推し進めてきました。そのかいあって、今は品質も安定していて、お客様から品質について表彰いただけるほどになりました。それに連動して売上げも右肩上がりで伸びています。

多様性とは「しなやかに生きる力」

楢原
 御社のホームページで、ダイバーシティ経営を実践されていることを知りました。現在の雇用状況はいかがですか。

山根
 当社の従業員数が約230名で、このうち女性が40%と半数近くを占めています。外国人は直接雇用の正社員や高度外国人材、技能実習制度で来ている方もいて、比率としては20%超。障害者雇用率も6.0%ほどで、民間企業の法定雇用率2.7 %を超えています。非常に多様な人材が活躍してくれています。
現場では女性や外国人が数多く働いている

現場では女性や外国人が数多く働いている

楢原
 業界で比較しても、女性社員の比率の高さが際立っていますね。以前から女性は多かったのですか。

山根
 父の代では女性は数えるほどしかいませんでした。女性が増え始めたのはこの3、4 年です。多くは中途採用ですが、社員から家族や友達を紹介いただくことも多くなり、少しずつ増えていったという感じです。それに合わせて社内環境の整備も進めました。正直、私は細やかな配慮があまりできないタイプなので、そうしたことが得意な社員をダイバーシティ推進係に任命して、皆さんの意見を吸い上げながら、例えばロッカーやトイレ、駐輪場などの整備を行っていきました。育児休暇や看護休暇などの各種制度も整えて、働きやすい環境をつくっていったことも女性が増えた要因だと思います。

楢原
 御社のホームページで表明している人権方針は、ベトナム語、インドネシア語、フィリピン語、中国語でも併記されていますね。外国人の方にとっては、強い安心感につながると思います。こうした情報発信の仕方には何かきっかけがあったのですか。

山根
 特に何かきっかけがあったというわけではないのですが、私自身が「多様性の力」というものを信じていて、いろいろなものが融合することでイノベーションも起こるし、企業としての生き残りにもつながっていくのではないかという思いがあります。

楢原
 言語の壁や宗教・文化の違いなどもあると思いますが、どのように対応されていますか。

山根
 宗教の違いで大きく困ることはありません。例えば当社のインドネシア人社員は全員女性で、ほとんどがイスラム教徒。健康診断のときに女性医師に来てもらったり、社内のお弁当に豚肉を使わないようにしたり、お祈りの部屋を用意したりということはありますが、そのあたりは先ほど述べたダイバーシティ推進係がきめ細かく対応してくれています。

 言葉については、日本語の勉強のための支援を行っています。モチベーションの向上もその一つで、日本語検定に合格したら手当をつけますし、社内で表彰も行います。外国人の方たちは人前で褒められるのがものすごくうれしいようで、そうした表彰制度を活用しながらモチベーションを高めてもらっています。

 また、当社では入社して半年ほど、外国人担当の日本人社員と日本語で交換日記をやりとりしてもらう取組みも行っています。一度に10 名くらい入社するので担当者は大変ですが、外国人の方も最初は結構つらいようで「やりたくない」という人も出てきます。ただ、そこは「自分のためだから」とあえて厳しくしています。交換日記には慣れない日本での生活面の困りごとや仕事で感じたことなどを書いてくれるので、そうした意見の吸い上げにもつながっています。

楢原
 障害者雇用率も高いですね。このあたりも意識して採用を進めているのでしょうか。

山根
 やはり意識しています。いろいろと勉強する中で、障害のある方が就業の機会を失っているという社会課題があることを知り、その課題解決のためにも積極的に受け入れていきたいという思いがあります。一方で、障害の特性によっては単純作業を規則的に続ける能力の高い方、非常に高い集中力を発揮できる方がいることもわかってきました。そういった方に現場を助けてもらいたいという期待ももっています。ありがたいことに、当社の取組みが評価されて、2026 年4月に障害者雇用における優良企業を認定する「もにす認定」を受けることができました。

楢原
 障害のある方を完全に「戦力」として捉えているのですね。

山根
 戦力ですね。障害とは少し違うかもしれませんが、若い年代にも多い引きこもりの方の中にも潜在能力を秘めている人がいると考えています。厚生労働省主体で引きこもりの方などの就労支援を手がける「地域若者サポートステーション」という施設が岡山市にもあるのですが、3 年ほど前に使命感みたいなものに駆られて飛び込み営業のような形でそこを訪れて、「会社として彼らの背中を押すことができたら活躍の場が広げられる」と訴えたんです。そうすると、そこからたくさんの人が工場見学に来てくれるようになって、能力のある方々の雇用に結びつきました。

娘の言葉がきっかけでSDGs をスタート

楢原
 これまでのダイバーシティ経営の話にも関連しますが、SDGsに熱心に取り組まれているのですね。

山根
 きっかけは2022年、当時小学2年生だった娘からの素朴な問いかけでした。学校で環境問題の授業を受けた娘が「自分が大きくなったとき、地球って大丈夫なの?」と尋ねてきたのです。私はとっさに「大丈夫」と答えられませんでした。自分としては今頑張っているけれど、それが子供のための未来には必ずしもつながっていないと感じたのです。一方で、その少し前の2020年に米Apple社が脱炭素調達の方針を打ち出していて、企業として危機感を覚えていたこともありました。それらが重なって、脱炭素を目指すSDGsの取組みを始めました。

楢原
 具体的にどのような活動をされているのですか。

山根
 当社は、2050 年までに使用電力を100%再生可能エネルギーにすることを目標に掲げた「再エネ100宣言RE Action」に2023年から参加しています。その中で、社用車をBEV化する、太陽光発電設備を導入する、CO2フリー電力を購入するといったことを行っています。また、工場の緑地化にも注力していて敷地内25 %以上の緑地化を目標に、「せっかくやるなら楽しくやろう」ということで約80 種の草花を植えて近隣の方にも楽しんでもらおうという活動を行っています。

 生産性を高めたり不良を減らしたりすることもCO2削減に強くつながるので、生産性向上活動を推進して、「製品の付加価値が上がるだけでなくCO2もこれだけ減らせます」ということを見える化しています。SDGsは取り組むだけではなくて外部に発信することを心がけているので、講演の依頼などの問合せも多いです。

楢原
 話には聞きますが実践するとなるとなかなか大変だと思います。素晴らしい取組みですね。

金型転用で自社ブランド品を開発

楢原
 2025年、取引先のシートメーカーと自動車メーカーに直談判して、自動車部品向けの保管金型を転用して自社ブランド製品を開発・発売したことが話題になりました。その経緯についてお教えください。

山根
 私が入社した際に、金型の保管状況をどうにかしないといけないと考えたのが出発点です。特に補給品の金型はひどいときは数年に1 回しか使う機会がない。世の中で言われる金型保管問題に関連して発注者側に適正なコストを請求することはもちろん大事ですが、コストだけではなくて「資源としてものすごくもったいない!」と感じたのです。業界ルールとしては補給品の金型ではそのお客様の製品しかつくれないことになっていますが、眠っている金型を別のお客様向けの製品に転用するという発想は非常に合理的に思えたし、「これを提案しない手はない、むしろするべきだ」と考えました。

 当社のSDGs方針と併せて、金型の転用によってCO2の削減効果がどれだけ出るかという資料も作成してお客様に提案しようとしましたが、社内外から猛反対にあいました。「自動車産業のことをわかっていない。絶対にやめた方がいい」と。でも、これは当社にとってもお客様にとっても良い提案のはずだという信念で、皆の反対を振り切って提案に行きました。その結果、無事承認をいただけたということです。

楢原
 SDGs の概念が広まった時代だからこそうまくいったというのもあるのでしょうね。先代のときだったら難しかったかもしれない。

山根
 要因として時代は大きかったと思います。金型の転用で生まれたのは「PRESIDENTITY」というブランド名のチェアです。モータスポーツ向けシートで日本トップメーカーのブリッド(愛知県東海市)とコラボして開発しました。この商品は100%当社のブランドとして取り扱いをさせてもらっています。ブリッドの高瀬嶺生社長には、当社ブランドにすることに反対されるかと思っていたのですが、「おもしろいからぜひ売ってごらん」と背中を押していただきました。問合せも多くいただいていて徐々に売れ始めているので、今後もしっかり売っていきたいですね。
シートメーカーとコラボして開発したチェア(写真提供:備前発条)

シートメーカーとコラボして開発したチェア(写真提供:備前発条)

楢原
 では最後に今後の展望についてお教えください。

山根
 脱炭素の推進を中心に据えて、経済成長と環境保護を両立させるグリーントランスフォーメーションを徹底的に追求していきたいです。また、当社は、中小企業庁らが進める「100 億宣言」を行っていて2040 年に売上100 億円を目指すことを目標にしているので、売上もしっかり伸ばしていきたいと考えています。これらの持続的成長を通して、子供たちの未来に向けた責任のある企業活動を行っていきます。

楢原
 環境問題に正面から取り組んでいるからこそ、企業としての大きな成長も目指せるのですね。本日はありがとうございました。
山根教代(やまね みちよ)
1998 年 岡山城東高等学校 普通科 卒業
2015 年 備前発条㈱ 入社
2018 年 同社 代表取締役社長

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