型技術 連載「モノづくりの未来を照らす高専突撃レポート」
2025.06.27
第11回 「自主性」は誰もがもっているもの それを引き出すための教育制度
フリーアナウンサー 藤田 真奈
ふじた まな:大阪府出身。元とちぎテレビアナウンサー。関西学院大学卒業後、金融業界の企業に就職。その後転職してアナウンサーに。とちテレニュース9(とちぎテレビ)、アクセント!(栃木放送)、BerryGood Jazz(Radio Berry)、軽井沢ラジオ大学モノづくり学部(FM軽井沢)などに出演中。
Instagram:mana.fujita
「自主性」を「どう引き出すか」呉高専独自の取組み
広島県の南西部に位置し、政令指定都市である広島市から車でおよそ30 分の場所に位置する呉市。豊かな自然と歴史的建造物に囲まれた地域に、呉工業高等専門学校(以下、呉高専)はあります。美しい瀬戸内海を望むキャンパスで学んだ学生たちは、高度な専門技術者として世界に羽ばたいています。
呉高専が3 年前から特に力を入れて取り組んでいるのが、「インキュベーションワーク」という教育プログラムです(図1)。これは、学生が主体となって自ら企画したプロジェクトを実際に実行するというもので、単にアイデアを出すだけでなく、チームを組んで組織を立ち上げ、計画を立て、実行するまでの一連の流れを経験できるというプログラムです。
図1 インキュベーションワークの様子(写真提供:呉高専)
「学生の主体性をどうしたら引き出せるかな?」と考えたことが、インキュベーションワーク立ち上げのきっかけだったと振り返るのは、地域実践教育センター長を務める林和彦教授です。
よく「主体性のある学生を育てる」という言葉を聞きますが、主体性はもともと皆がもっているもの。その内なる主体性を発揮させるためにはどうすればよいか。「やらせる」のではなく、何をしたいのかを見つけて「やりたい」と言える環境を整えることが大切なのではないかと考え、この教育プログラムに行き着いたそうです。ちなみに、インキュベーションは直訳すると「孵化」という意味。まさに隠しもっていた能力を育み大きく羽ばたかせる、という意味を込めてネーミングされています。
学生の自主性を育む「インキュベーションワーク」とは?
では、具体的にどのようなことをしているのでしょうか。初めに行うのは「プロジェクトテーマの設定」です。学生自身が興味のある分野や社会課題など、テーマは何でもよいのだそう(例えば過去には、カキ産業の活性化、水族館の魅力向上、呉市の魅力発信など、地域課題に寄り添ったテーマを掲げる学生もいたようです)。
次にチームを組んでいくのですが、特徴的なのは、学年や学科の違う学生同士がグループを組むこともできるということです。学びのレベルが違う学年がチームとなって取り組むため、多様な視点からプロジェクトを進めることができるのだと言います。また、上級生が下級生に指導をする機会も増えるので、教えながら学びが深まり、成長につながるのだとか。
ここまで来たら、あとはプロジェクトの目標を明確にして「活動計画」を立て、実際に調査を行ったり製品を開発したりと具体的な活動に移していきます。さらにそこで得た成果を学内や地域に向けて発表する機会も設けています。
こうした活動の中で、学生たちはさまざまな問題に直面し、その都度メンバーで話し合い、解決策を探っていきます。そうしたプロセスを繰り返すことで、問題解決能力、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力などを養うことができるほか、チームワークの大切さも学ぶことができるのだとか。また、仮にプロジェクトによって地域課題が解決に向かったとしたら、社会の一員として地域に貢献できたという誇りや自信も生まれるのだと言います。
モノづくりの構想を具現化するための施設も
低学年のうちから誰もがモノづくりのできる環境が整っているという呉高専。しかし以前は少し違ったのだとか。実際に呉高専で学んでいた卒業生にお話をうかがったところ、「先生の研究室にしかない機械や上級生しか使えない機械などもあり、かつては思い通りに機械を使えないことも多かった」と言います。そんな環境を改善しようと生まれ、現在活用されているのが「インキュベーションスクウェア」と呼ばれる施設です(図2)。
図2 インキュベーションスクウェア(写真提供:呉高専)
施設内には3D データをもとに立体物をつくり出せる3D プリンタ、アクリル板や木材などを切り出せるレーザーカッター、金属やプラスチックなどを削って加工できるCNC 加工機など最先端の加工機が設置されていて、学年や学科に関係なく誰もが利用できるようになっています。これにより、学生が発想したアイデアを具体化することができるのと同時に、さまざまな機械に触れることでモノづくりの楽しさも体感できるという、素晴らしい好循環を生み出すことができます。
さらに素晴らしいのは、施設の管理・運営はすべて学生が行っていて、学生たちが機械の使い方を教えたり、危険が伴う作業には注意喚起をしたりしているということです(図3)。
図3 管理運営をしている学生アシスタントの様子(写真提供:呉高専)
実際に運営に携わっている学生さんにお話をうかがったところ、「自由に機械を使えるのはメリットだが、刃物や回転する機材などは巻き込まれてけがをする危険性もある。何度も自分で利用していると、どこが危険なのかというのがだんだんわかってくるので、自分の経験を踏まえて伝えるようにしている」とのこと。また、「初めて使う1 年生などは一度に多くの危険箇所を覚えるのは難しいと思うので、『わからないことがあったらすぐに声をかけて』と呼びかけている」と答えてくれてました。なんとしっかりした答えなのでしょう…。
また、こうした取組みに、より責任感をもって取り組んでもらいたいと、管理・運営を担う学生たちは「アルバイト制」になっているというのもポイント。対価として学校から給料が支払われています。それもあってか、学生たちはより使いやすい施設にするために自分たちで考え、工夫を重ねていると言うから頼もしい限りです。
お話をうかがっていると、「学生たちが自主的に学習しその知識を共有し合うことで、学内の学生全体の知識や技術の底上げにもつながっているのではないか」と感じました。学生がモノづくりを通して成長できる場所、呉高専のインキュベーションスクウェア。学生たちの無数のアイデアが、この場所からどのような形になって生み出されていくのか、可能性は無限大です。